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水底に差す光を求めて【ヨルシカライブレポ・考察】

「3月11日グランキューブ大阪、ヨルシカです」

そんな2人の声と共に「月光」は幕を開けた。

物語構成は至ってシンプルだ。音楽を辞めるまでを詩と手紙に書き溜めた青年、その詩と手紙に導かれ追憶の旅に出るエルマ。

青年の「過去」とエルマの「現在」が複雑に交差し、やがて混ざり合う一瞬。

今回も、美しくも苦しい物語で私が感じたことを書き連ねていこうと思う。

※以下、ネタバレ有り

過去と現在をたゆたう

本公演のセットリストには大きな特徴がある。

1.夕凪、某、花惑い(エルマ)
2.八月、某、月明かり(だから僕は音楽を辞めた)
【朗読パート】
3.藍二乗(だから僕は音楽を辞めた)
4.神様のダンス(エルマ)
5.夜紛い(だから僕は音楽を辞めた)
【朗読パート】
6.雨とカプチーノ(エルマ)
7.六月は雨上がりの街を書く(だから僕は音楽を辞めた)
8.雨晴るる(エルマ)
【朗読パート】
9.踊ろうぜ(だから僕は音楽を辞めた)
10.歩く(エルマ)
11.心に穴が空いた(エルマ)
【朗読パート】
12.パレード(だから僕は音楽を辞めた)
13.海底、月明かり(エルマ)
14.憂一乗(エルマ)
15.ノーチラス(エルマ)
【朗読パート】
16.だから僕は音楽を辞めた(だから僕は音楽を辞めた)

アルバム「だから僕は音楽を辞めた」「エルマ」の楽曲が交互に演奏されていき、次第に「エルマ」の割合が増えていく。

エルマは青年が生きた過去に、体温を感じるほど近くで接している。その距離感の近さが感じ取られる。

物語後半、エルマは青年の跡をなぞり、その思考を噛み砕き、自分ごとに昇華していく。青年はエルマが持つアイデンティティの一部となり、エルマは「エルマ自身の創作」に辿り着く。

最後の朗読で、青年はある言葉を放つ。

「全部、走馬灯だったんだ。」

走馬灯は「昔の記憶がよみがえる現象」を指す。この一言から、青年が音楽をやめてしまった実感とそこに広がる哀愁を強く感じた。

その後、勢いよく流れ出す「だから僕は音楽をやめた」。

この曲は、青年の終わりとエルマの始まりの地点である。
異なる時間軸を歩む二人の物語が、唯一交差する場所。

音楽が鳴り止み、月光は幕を閉じる。

ヨルシカに惹かれる

今回ライブに参戦し、改めてヨルシカの「在り方」を実感した。

「売れる」アーティストの大半は、その人の存在自体がコンテンツだ。自分自身がコンテンツ化すれば、極めるべき部分は自らの魅せ方になる。

彼/彼女は華やかな衣装を身にまとい、キレキレのダンスを踊り、MVで俳優顔負けの演技をする。

一方ヨルシカは自分自身をコンテンツ化しない。ヨルシカのコンテンツは「ヨルシカ」という概念そのものである。n-bunaさん、suisさんは2人はヨルシカの構成要素に過ぎず、それゆえ決して表に出ない。

徹底した「ヨルシカ」主義。

しかし裏方に徹する彼らのおかげで、私たちの元には聖域に近いコンテンツが届く。誰にも真似できない圧倒的な世界が目の前に広がる。キリスト教にとっての聖書のような、確固たる存在がそこにはある。

コンテンツの置き位置について、どちらが優れているかを唱えるのは野暮だ。

ただ私はヨルシカの職人的な気質に、どうしようもなく惹かれてしまう。表の道を選択できる実力を持つのに、あえて媒介にとどまる2人を畏怖の念を抱く。

物語は海底で始まり、終わる

「月光」のプロローグとエピローグは深い海底だ。

海底を表すものとは?
それは創作の苦悩ではないだろうか。

無限に広がる海を漂うような不安感、期待や関心で息ができなくなる閉塞感。何かを生み出すのは簡単じゃない。それは広い海で必死にもがくことだからだ。n-bunaさんも創作という名の海に飲み込まれた経験があるのかもしれない。

エピローグの終わり、スクリーンには月光が映し出される。

やっとの思いで海面に辿り着く。
顔を上げると、頭上には月が輝く。

その柔らかな光を見るためだけに、人々は創造を続けてきたのかもしれない。

月光が伝えたかったこと、私なりの解釈

私は青年から生み出すことへの苦悩を、エルマから生み出すことへの飽くなき探求心を感じ取った。

音楽を作ることは苦しい、しかし苦しいだけではない。

生み出されたものが誰かの手に届き、誰かを突き動かし、そこから新たな物語が生まれる。ちょうど青年とエルマのように。

そんな創造の連鎖をヨルシカは描きたかったのではないだろうか。人間は日々、何かを生み出し続けている。苦しみを伴うことがあっても、生み出された美しさは、激情は、魂は誰かにきっと受け継がれていく。

創造し続ける。そんなヨルシカの決意を感じ取ったライブだった。

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