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【#1】いつも窓際の席で。

窓際族だった僕。逃げるように転職&移住した先で、行きつけの喫茶店が出来る。世に珍しい、一見さんお断りの喫茶店。
ここでは、その喫茶店の常連客の、ある学校の先生のお話を、窓際族目線(?)で紹介します。学校で日々奮闘している先生方の、心のゆとりに、少しでも繋がれば嬉しいです。

■登場人物
僕・・・元・窓際族
マスター・・・行きつけの喫茶店のマスター
アカンちゃん・・・学校の先生。先生歴は、おそらく5〜6年。


ここは、一見さんお断りの喫茶店。

この喫茶店には、コーヒーが飲めないのに、コーヒーへのこだわりが強いマスターと、個性豊かな老若男女が集う。

扉を開けると、いつも通り、カウンターにマスターが座っていた。

僕「こんにちは。」(人差し指を立てて、「一人」をアピールする)

マスター「お、こんにちは。お好きな席どうぞ。」

そう言われて、僕がいつも座るのは、窓際の席だった。
窓際族だった僕には、この席が一番落ち着くのだ。

マスター「今日は、どうする?」

僕「じゃあ、いつもは飲まないブラジル(産のコーヒー)で。」

今日は、4月に入って最初の日曜日。

四季の中でも、春が好きな人は多いと思うし、僕もその一人。

何か新しいことをしたくなる、そんな気分に駆られて、僕はいつもとは違う、コーヒーを注文した。

新学期が始まった学校の先生、アカンちゃん。

カランカランと、扉が開いて、一人の女性が入ってきた。

女性の名前は知らないが、僕は彼女のことを「アカンちゃん」と呼んでいる。

よく「もうアカン」と嘆いているからだ。ただそれだけの理由。
アカンちゃんは、いつもここに来ては、マスターに愚痴を聞いてもらっている。今日もまた新たな愚痴を聞いてもらいに、来たようだった。

アカンちゃんはカウンターに座り、早速メニュー表を開く。

アカンちゃんは、カフェオレを注文して、カバンから一冊の本を取り出した。

アカンちゃん「はぁ、もうアカン。ちょっとマスター、聞いてくださいよ。」

マスター「今日はどうしたの?なんか、疲れてそうだね。」

アカンちゃん「そうなんですよ。先週から新学期が始まったんですけどね・・・もう、アカン。」

アカンちゃんの話をまとめると、こんな感じだ。

彼女は、大学卒業後、先生として働き始めて5〜6年目。今年度からは、いよいよ下っ端の領域を脱し、一気に学年主任の座にまで出世した。しかし、仕事が多いことで有名な教育業界。ご多分に漏れず、アカンちゃんの職場もかなり忙しいらしい。通常業務に加えて、今はコロナ禍という非常事態。それだけで嵐のような毎日なのに、一緒に働く同僚の先生が、あまりにも仕事が出来ず、業務のしわ寄せが来ているという。

アカンちゃん「・・・という感じで、先週はほんまアカン。もう、つっっかれましたわ!」

マスター「いやぁ、それは大変だったね。お疲れさま。はい、カフェオレ。」

アカンちゃん「新学期が始まったばかりですけど、明日から学校に行きたくないですぅ(涙)アカン、またネガティブなことを言ってもうた。」

話を聞いていると、アカンちゃんは、人一倍責任感が強い人のようだ。毎日朝早くから学校へ行き、生徒の英作文の添削や、生徒との交換日誌の返事を書いている。夜も、遅くまで個別指導や、翌日の授業の準備までしているみたい。

それだけではない。学校の広報も、入試担当も、生徒指導もしているという。僕の仕事上、先生の仕事がいかに大変かは、わかってはいたつもりだけど、実際に聞くと、「そりゃ、大変だわ」という感想を持つ。

アカンちゃんの愚痴は、まだまだ続く。

僕は、愚痴を吐いてはダメとは思わない。愚痴を吐ける人なら、スッキリするまで吐けば良いと思う。ただ、世の中には愚痴を吐けない人もいる。元・窓際族の僕もその一人。そもそも窓際族には、愚痴を聞いてもらえるほどのオープンな関係の相手がいないのだ。だから愚痴は、自分の中に留めておく。僕のような人からすると、気持ちよく愚痴を吐ける人は羨ましい存在である。

僕は、アカンちゃんへ羨望の眼差しを向けつつ、まだほんのり暖かいコーヒーを一口飲んだ。いつまでも、人の話を盗み聞きしてては悪いと思い、カバンからAirpodsとiphone13proを取り出し、最近ハマっているBGMを聞き始める。

ふと気づくと、アカンちゃんが何やら楽しげに話している。

その時ばかりは、愚痴ではなく、生徒の話をしていた。

アカンちゃん「私、以前、新しい服を着て出勤したことがあったんです。その服、自分では気に入っていたから、誰か気づくかなと思って期待していたんですよ。でも、忙しい先生たちは誰も気づいてくれなくて。やっぱり誰も気づかないかぁと思っていた時に、一人だけ気づいてくれた生徒がいたんです。その子、いつもはヤンチャばかりしていて、手が焼ける生徒なのに、"あれ、先生なんか今日はいつもと違いますね"って。その子から言ってもらえると思ってなくて、意外すぎる反応に、まずびっくりしたけど、嬉しかったんです。優しいところあるんだなぁって。」

愚痴の次は、生徒との楽しい話、嬉しい話が尽きない。

アカンちゃん「新チームになってから一度も勝ったことがない野球部の生徒たちの、グラウンドで、なんとか一勝目指して頑張っている姿を見て、誇らしく感じました。最初の頃は、また負けたのかよ〜なんて言って、笑ってたんですけどね。」

一度話し出したら話題が尽きない人だ。なんて忙しない人なんだろう。

きっと、アカンちゃんは先生という仕事が好きなんだろう。

職場の愚痴を話している時も、アカンちゃんは落ち込むことはあっても、「まあ、いっか」と言って諦めているところを、僕は見たことも、聴いたこともなかった。

人は、好きだからこそ、本気だからこそ、愚痴だって言いたくなる時もあるのかもしれない。

毎日先生として、生徒のために本気で働く。嫌なことや、上手くいかないことがあったら泣きたくなる思いに駆られて、マスターに愚痴を聞いてもらう。スッキリしたら、また1週間先生として、本気で働く。

アカンちゃんは、そうやって毎日を一生懸命に生きている。

アカンちゃん、すごいなぁ。

アカンちゃん「マスター、今日も話を聴いてくれて、ありがとうございます。明日は頑張って、仕事行こうと思います。」

アカンちゃんは、今日もスッキリしたような顔で、店を出て行った。

僕はコーヒーを飲み終えて、窓の外を見た。

今年も桜が綺麗に咲いていた。

「桜の木のそばで」
撮影日:2022/4/6 場所:岐阜県

#思い込みが変わったこと


皆さんのお近くに、学校に行けずに悩んでいる方がいたら、ぜひ、この記事を読んでいただけると嬉しいです。

拙文ですが、自己紹介もさせていただいています。よかったら、ご覧ください!

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