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【#2】いつも窓際の席で。

窓際族だった僕。逃げるように転職&移住した先で、行きつけの喫茶店が出来る。世に珍しい、一見さんお断りの喫茶店。ここでは、喫茶店の常連客で、ある学校の先生のお話を、窓際族目線(?)で紹介します。日々学校で奮闘されている先生方の、心のゆとりに、少しでも繋がれば嬉しいです。

■登場人物
僕・・・元・窓際族
マスター・・・行きつけの喫茶店のマスター
アカンちゃん・・・学校の先生。口癖は「もうアカン」


ここは、一見さんお断りの喫茶店。

この喫茶店には、コーヒーが飲めないのに、コーヒーへのこだわりが強いマスターと、社会的立場や背景も異なる多様な老若男女が集う。

今日僕が注文したのは、インドネシア産のコーヒー。優しい味が多いこの喫茶店の中では、一番深みのあるコーヒーだ。酸味が控えめで、濃厚な口あたりがする点が特徴。

僕はいつも通り窓際の席に座り、iphone13proでGoogleフォトを開いた。

3年前の写真がレコメンドされる。

3年前の今日。僕はミャンマーという国のヤンゴンという街にいた。もう3年も経ったのか。

僕にとってミャンマーという国は、最低で最高の愛すべき国である。

ミャンマーでは、毎年この時期になると「ティンジャン(水掛け祭り)」というお祭りが行われる。日本の正月のような時期で、新年をお祝いする行事である。

赴任した初年度に、ティンジャンを経験した。

街を歩いているだけで、知らない人から水をかけられる。思いっきり。軽トラの荷台に若者たち目掛けて、皆がホースで水を掛ける。思いっきり。

ティンジャンの様子。今年は行われていないらしい。

ヤバい国に来てしまったと、鈍感な僕もさすがにそう感じた。

しかし人は、水を掛けるとやり返したくなるものだ。

僕もホースを手に取り、知らない人たちに水を掛けまくった。子どもの時、夏休みにプールで遊んだように、僕は無我夢中になって水をかけまくった。子どもの頃を思い出したかのように楽しかった。

そのミャンマーでは今、国軍がクーデターを起こし、いまだに紛争状態が続いている。毎日どこかで民間人が血を流し、尊い命が失われているらしい。

もっと自分に実力と実績があれば、今もまだミャンマーのために働いていたかもしれない。僕は不本意ではあったが、力不足のため日本への帰国を余儀なされたのだった。

一緒に働いていたミャンマー人たちは元気なのだろうか。毎朝、路上で朝食のモヒンガーを作ってくれたミャンマー人のおじさんは生きているのだろうか。毎週末通った喫茶店の店主も、ガールズバーの女の子たちも、朝食屋のお兄ちゃんたちも、みんな、なんとか無事であってくれ。

そう祈ることしか、僕にはできない。

さて、前置きが長くなったが、ここでゆっくり過ごしていると、必ず現れる女性がいる。

そう、第一話でも登場した「アカンちゃん」だ。

彼女の口癖は、「もうアカン」
だから、僕は勝手に彼女のことをアカンちゃんと呼んでいる。

カランカランと扉が開いた。
やっぱり冴えない顔をしたアカンちゃんだ。

さあ、今日はどんな愚痴を話しますか。僕は内心、ワクワクしていた。性格の悪い僕の一面である。

マスター「こんにちは。今日はどうする?」

アカンちゃん「今日は姫(ミルクティー)で。はあ、やっぱアカン。」

マスター「今日はどうしたの?そんなアカンアカン言ってたら、幸せが逃げちゃうよ。」

アカンちゃん「そうは言っても、毎日が嵐のように過ぎていくんですもん。」

学校という場所には、1日の労働時間の中で、喜怒哀楽の全てを体験できるような場所のようだ。アカンちゃんの話を聞いているといつもそう思うのだ。

窓際族として、会社にいっても人との関わりを避けていた僕からすれば、数時間いただけで疲れてしまいそうな環境だ。まぁでも、僕よりもだいぶ人間らしい時間を過しているように思う。やっぱりアカンちゃんの環境が僕には羨ましく見えるのだ。

今日も、アカンちゃんの愚痴は止まるところを知らない。

僕は、途中まで聞いたら、いつものようにAirpodsとiphone13proをカバンから取り出し、音楽を聴き始める。

どうでもいいが、星野源さんの『桜の森』のこの映像が、めちゃくちゃカッコ良くて、ハマっている。でも妻に勧めたら、その曲下ネタの歌だよって言っていた…さすが、星野源さん。笑

一曲聴き終えると、アカンちゃんは楽しげに話していた。

アカンちゃん「そういえば、うちのクラスで流行っている本があるんです。」

そう言って、カバンから取り出したのは、『あずかりやさん』というタイトルの本だ。本の背表紙には、図書館のタグがついている。

一日百円で何でもあずかってくれる不思議な商店を舞台に、「あずけもの」に隠された秘密が交差する。切なくも心あたたまる物語。

https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8000899.html

アカンちゃん「先日、クラス行事でビブリオバトルをしたんです。読書はする、宿題はやらない男子生徒が、この本を紹介したら、みんな興味を示して、次の休み時間には図書館に借りに行っていました。この本が流行るクラスってどんなクラスなんだろうって考えたとき、優しい生徒が多いと思ったんです。それが担任としてすごく嬉しくて。」

後日、僕はこの本を購入して読んでみた。

確かにアカンちゃんが言う通り、これが流行るクラスは優しい心を持った人たちが多いのだろうと思う。だがそれ以上に、いったいこの本をクラスに広めた男子生徒は、一日100円で何を預けようと思ったかが気になった。親には見せられない点数が書かれたテスト用紙?それとも、届かぬ恋心を綴ったラブレター?

そんなことを考えると、自然と笑みがこぼれてしまった。

僕はこの本を読んで、自分の近くには、もしかすると事情が異なる人間同士が、隣り合わせで生きているのかもしれないと思い、その多様な人間社会に感動した。誰しも、その人にしかない人生ドラマを持っているとしたら、色んな人からお話を聞いてみたいものだ。

ある時から、人との関わることに恐怖心を抱いていた僕。この本を読んで、少しばかりその恐怖心が和らいだ気がした。

今日は、アカンちゃんに本を紹介してもらったおかげで、僕自身が救われた気分になった。まあ、アカンちゃんは僕に紹介してくれたわけではないけれど。

それでもアカンちゃん、ありがとう。

そう心の中で呟いて、僕はまだほんのり暖かいコーヒーを飲み干した。

窓の外を見ると、先週まで綺麗に咲いていた桜は散り、新緑の春に変わっている。

さあ、これからが本番だ。前向きに進もう。


皆さんのお近くに、学校に行けずに悩んでいる方がいたら、ぜひ、この記事を読んでいただけると嬉しいです。

拙文ですが、自己紹介もさせていただいています。よかったら、ご覧ください!

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