三日間の箱庭(22)浜比嘉青雲(2)
前話までのあらすじ
浜比嘉青雲は三日間を繰り返す現象を研究する理論物理学のエキスパートを集めたコミュニティの一員だった。
研究に明け暮れる青雲のもとに、これまで命を落とす運命だった姪の麻理子が助かり、しかも結婚するという知らせが届く。
青雲はふたりの結婚式と披露宴のセッティングを頼まれる。
幸せなふたりの風景。
沖縄の披露宴が始まる。
■浜比嘉青雲(2)
5月28日、午後6時、6月を控えた沖縄の夕暮れは遅い。日の入りは午後7時過ぎ。うっすらと赤みを増していく空を受けて、麻理子の白いウェディングドレスも薄い朱に染まっていた。
麻理子の右手には尚巴が寄り添い、海をバックにふたりは佇む。
リゾートホテル・百之伽藍の専属カメラマンとコーディネーターがふたりに声を掛ける。
「麻理子さん、こちらを向いて、少し太陽がまぶしいですけど。尚巴さん、麻理子さんの手をとって、麻理子さんの横顔を見つめる感じで・・・そうそう!いいですねぇ!」
そう言っている間にもシャッター音は鳴り続け、ふたりのベストショットを探っていく。
コーディネーターは感慨深げに二人を見つめる。
百之伽藍でのウェディングは久しぶりだった。この現象が始まって最初の頃は結婚式を挙げるカップルもいたが、最近はない。だからこそか、百之伽藍のスタッフにも力が入っている。
披露宴のオファーが入ったのは今日の昼前だ。そこで聞いたふたりの馴れ初めは驚愕だった。この現象が始まって今日の朝まで、新婦はビルから落ち続けていた。それを新郎が助けたのだという。
“このウェディングには全力を注ぐ!いいかね、最高のサービスを!百之伽藍の誇りに掛けて!このウェディングを記憶に残すんだ!”
ホテルの総支配人はそう言った。もちろん無料だ。どうせあと二日ちょっと過ぎれば全てが元通りになるのだから。しかし、元通りにならないものもある。コーディネーターは言葉に力を込めた。
「また時間が戻ったとしても、おふたりのこの時間、この記憶は永遠です。どうぞ最高の笑顔を私どもにも分けていただきたい。あなた方を永遠に忘れないように」
最初はぎこちなかった尚巴と麻理子も、衣装合わせから撮影に至るわずかな間にすっかり打ち解けていた。寄り添うふたりの姿は、夕焼けのビーチによく映えた。
百之伽藍に着いたのは午後4時過ぎだが、おおまかな段取りは全て麻理子の叔父の青雲とその妻の榛名が整えていた。だからマイクロバスを降りてすぐ、新郎新婦は別室に通され、衣装合わせからビーチでのウェディングフォトに臨んでいる。
ふたり以外の親族一同は結婚式会場にいて、すでに親族紹介を終えている。ふたりが戻ればすぐに結婚式、そして披露宴となる。
披露宴会場には急遽連絡を受けた新郎新婦の友人らが沖縄中から集まり、さながら巨大な同窓会か合コンの様相だった。
沖縄の披露宴では開会前から乾杯が始まるのが普通だが、この披露宴は彼らにとっても特別だった。特に麻理子の同級生や友人たちは、この知らせに驚き、そして喜んだ。
そんな中に、麻理子のチームメンバーは座っていた。
「ねぇ、もうみんなビールとか飲んでるけど、いいのかなぁ。ほら、あっちでも、こっちでも」
伊藤は辺りを見回しながら佐久間に話し掛けた。
「ん?うん、なんかね、沖縄ではそうなんだって。ほら、ギャルソンがビールを持って回ってるし、あ、こっちに来た」
伊藤たちのテーブルにギャルソンが近づいてくる。トレイには数本のビールが立っていた。
「お飲み物はいかがなさいますか?ビール以外でもお好みのものをどうぞ」
「えっと、じゃ、ビールを」
「あ、ワインってありますか?」
佐久間を制して新田が割り込んだ。
「えぇございます。ではまずビールを、ワインは少々お待ちくださいませ」
「あ、おつまみとかはないんですか?」
新田には遠慮という概念がない。
「はい、通常ですとお飲み物だけなんですが、チーズの盛り合わせくらいなら可能でございます」
「あ、あと、今日の披露宴のお料理って、どんな」
新田の質問は続く。しかしこれは皆気になっていたところだった。
「えぇ、本日は急に入った披露宴なので、通常の披露宴メニューはございません。ですが本日、シェフ一同張り切っておりまして、厨房の食材全てを最良の料理法で最高の一皿に仕上げる、と申しておりました。ですから私も何が出るのか全く把握していないのです。とにかく、楽しみになさってください」
新田の口元が緩む。いや、全員の口元が緩んでいた。
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5月28日、午後7時半、披露宴会場。
「この良き日にお集まりの皆様、わたくし、本日の披露宴の司会を務めさせていただきます、久高まりんと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
会場に拍手が巻き起こった。久高まりんは沖縄で知らない人はいない有名タレントだった。拍手と指笛の中、久高まりんは新郎新婦の結婚を報告する。
「まず、喜屋武尚巴さまと久高麻理子さまのご結婚が滞りなく済みましたことを、皆様にご報告いたします。お気づきでしょう、新婦のお名前はわたくしと、とてもよく似ておりました。それが今は喜屋武麻理子さま。未だ独身のわたくしの少し残念な気持ち、お分かりでしょうか?」
会場は更に大きな歓声に包まれる。
「皆様ご承知のとおり、この世界は3日間を繰り返しています。わたくしも、ほんの先ほどこのお話をいただきました。ですからこの披露宴も、もうぶっつけ本番打ち合わせなし!私の司会もどんどんエスカレートするからさ!みんな付いてきてね!!」
テレビやラジオで見聞きする久高まりんそのままの声と笑顔。更に大きくなる歓声。
「では!新郎新婦のご入場です!!」
会場の照明が落とされ、レーザー光線が飛び交う中、中央の扉が開き、尚巴と麻理子が入場してきた。少し緊張の面持ちのふたりだが、盛り上がる会場の雰囲気にすっかり安心したように笑みを浮かべ、深々とお辞儀して会場を進む。
「さぁ!披露宴を開会します!!乾杯の音頭も友人挨拶も余興もなにもかも決まっていません!乾杯の音頭!やりたいひとー!!」
久高まりんの呼び掛けに応え、10数名が手を上げた。
「じゃ!新郎新婦が席に付くまでに、じゃんけん大会!始め!!」
お祭り騒ぎの披露宴が、始まった。
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5月28日、午後10時、披露宴はまだ終わりが見えなかった。
百之伽藍のプライドを掛けた披露宴。料理はすべてシェフ一同の手になるもので、出来上がった順にテーブルに並ぶ。熱いものは熱く、冷たいものは冷たいまま。テーブルごとに料理の種類が違うため、各テーブルでシェアが始まり、それが親交を深め、更に盛り上がりを呼ぶ。
「すごい、すごい披露宴だね」
佐久間は隣に座る伊藤に声を掛けた。
「ホント、沖縄の披露宴はすごいって聞いたことあるけど、これはもっとすごいのよね、きっと」
「そうだよね、みんな今日この話を聞いて集まってる人ばっかりだから、親族はもちろんだけど、友達の盛り上がりがすごいよね」
「やっぱり、チーフが生きてるって事が大きいのよね」
「うん、だってそうだよね。死んだと思って諦めてた友達が、今ウェディングドレスを着て笑ってる。これで盛り上がらない訳がないよな」
そう話す佐久間の耳元に、グラスを持った手が突き出された。
「えっと、麻理子の同僚の方たちですよね!麻理子の友人の宇那志由美っていいます」
「え?うなし、さん?」
「はい!うなしゆみです、ゆーみーって呼んでください!」
「え、えっと、ゆーみー?」
「はい!佐久間さん、ですね!麻理子を助けていただいて、ありがとうございます!!」
名前はテーブルのカードを見たのだろう。それぞれが自分で書いたカードだ。
由美の声に釣られたのか、麻理子の友人と尚巴の友人も集まってきた。手に手にビールとグラスを持っている。
「ゆーみー!なんね?尚巴と麻理子さんの同僚ね?尚巴がお世話になってます!!えっと、佐久間さん、伊藤さん?それに新田さん?」
尚巴と麻理子の友人たちはすでに打ち解け、まるで同級生の雰囲気だ。その輪に佐久間たち3人も取り込まれ、佐久間は麻理子の友人たち女性陣が繰り出すお酌攻撃に少々酔ってしまっていた。
ふと横を見ると、伊藤も新田も尚巴の友人たちに囲まれて、やはり少々酔っている。ふたりとも尚巴の昔話で盛り上がる男性陣に囲まれてまんざらでもなさそうだ。
「ちょっと、すみません」
佐久間は女性陣に断りを入れてすっと立ち上がり、伊藤の横に立つと肩に手を置いた。
伊藤は少し驚いた表情で佐久間の顔を見上げる。
「尚巴さんの友人の皆さん、伊藤って、かわいいでしょ?」
佐久間は意を決した。
「ぼく!伊藤が好きです!ずっと前から好きだったんです!!」
尚巴の友人たちは少しぽかんとしていたが、ひとりが我に返ったように叫んだ。
「いいね、佐久間さん、男だね!めでたい!お祝いしよう!!」
他の友人たちも続く。
「はっさみよー!伊藤さん気に入ったのにさ!でも!おめでとう!!」
「しにくやしい!もう佐久間さん、飲ます!!」
そんな声を聞いている伊藤の瞳はまん丸だ。
「伊藤彩さん、乾杯、してくれる?」
伊藤は一度だけうなずいて、グラスを手に取った。
この3日間の最初の日、もうひとつのカップルが生まれた。
その後、新田がモテにモテたのは言うまでもない。
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「さぁ皆さん!私はこんなに盛り上がる披露宴は初めてよ!でもさ、やっぱり絶対必要なお約束って、あるよね~?」
久高まりんが披露宴会場を煽る。
「それは、なにかな~?」
会場から裸踊りやらカチャーシーやら賑やかしの余興の声が上がる。
「ちっがうさ!それもうやったし!カチャーシーは最後だし!新婦友人代表挨拶も泣けたでしょ?新郎友人代表はいまいちだったけどさ!」
久高まりんの司会は容赦ない。
「披露宴のお約束、それは、新婦の手紙です!!」
即座に声が上がる。
「新郎の手紙わや!」
「新郎はね、最後の挨拶よ!」
新郎新婦の両親が壇上に上がり、尚巴と麻理子がその前に進む。もちろん、その手には何も持っていない。
麻理子が両親に語り掛けた。子供の頃のこと、公務員の父の転勤であちこち行ったけど、それは楽しい思い出であること、空手に出会って良かったという思い、そして、この3日間の繰り返しで数え切れない悲しみを与えてしまったこと。
「お父さん、お母さん、また明後日に私はビルから飛び降りてるの。でもね、私の旦那様が助けてくれるのよ?これからずっと。だからね、私は今、幸せを感じてるの。本当にごめんなさい。そして、ありがとう。大好きなお父さん、お母さん」
長政は天井の照明を見上げ、麻理子の顔を見ることができない。昌子はただ涙が流れるまま、ハンカチを鼻に当て、何度も何度もうなずいている。
久高まりんはその様子をしっかりと確かめ、声を上げた。
「感動をありがとう!麻理子!では続いて、新郎の挨拶です!」
尚巴も涙をこらえていたが、久高まりんの言葉に押され、胸を張って客席に向かった。
「列席していただいた皆様、ありがとうございます。来てくれたみんな、ありがとう。麻理子の話で十分だから、俺は長くは話しません。とにかく、おとう、おかあ、これが俺の嫁、尊敬できる人柄で頭がいい、空手をやってるから夫婦喧嘩はちょっとこわい、そして明後日すぎたら、また天から降ってくる。でも、お義父さん、お義母さん、心配はいりません。俺が、俺の嫁を助けます。これからもずっと、ずっと。なぁ!みんなっ!!」
尚巴が拳を天に突き上げる。
「おぉー!!」
「は、はい!!」
「ほぇ、ほいっ!!」
佐久間と伊藤、そして新田も、その拳を天に突き上げた。
満場の拍手が、尚巴と麻理子と、麻理子のチームを包んだ。
久高まりんが声を上げる。
「尚巴ありがとう!それでは皆様!カチャーシーカチャーシー、カチャーシー!!」
披露宴会場に唐船どーいが高らかに流れ、誰もが踊り、そして酔いしれた。喜屋武尚巴と麻理子の、長い長い1日が終わろうとしていた。
・
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つづく。
予告
長い長い喜屋武尚巴と麻理子の5月28日は終わった。
それはふたりを囲む人々も同様だった。
幸せを掴んだふたりを見つめ、青雲は自分の研究に関して、あることをふたりに伝える。
青雲が語るそれは、国家機密だった。
おことわり
本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
字数約14万字、単行本1冊分です。
SF小説 三日間の箱庭
*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。
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