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三日間の箱庭(26)藤間綾子(3)

前話までのあらすじ
 世界の科学者集団、BSC。その日本ユニットの3人、竹山、藤間、浜比嘉はこれまでの研究結果を整理するうち、浜比嘉の一言をきっかけとしてこれまで考えられてこなかった仮説を立てる。
 そのインスピレーションを爆発させたのは、東大の藤間綾子教授だった。
 彼らは、三日間のタイムリープの謎を解き明かす。

 残る謎は、なぜ意識と記憶だけ継続しているのか?に絞られた。


■藤間綾子(3)
 宇宙全体がワームホールに呑まれる。そして約3日間のタイムトラベル。
 このアイディアを元に計算を始めてもう10サイクル。感覚的には約1ヶ月が過ぎた。

 私のこのアイディアは新しい理論を求めていた研究者たちにインスピレーションを与えたらしく、1サイクル毎に発表される私たちの報告は世界中の研究者に検証され、認められ、そして新たな研究ユニットを集めていた。
 研究は飛躍的に進んだ。もちろん、世界中から集まる理論、計算をまとめ、中心的に活動するのは私たちのユニットだ。

 そして私たちはついに、ある結論に辿りついた。“その現象”の正体と、それを回避する方法に関するものだ。

 キーワードは“ワームホール”、“3日間”、“その現象に必要なエネルギー量”、そして“トンネル効果”と“量子ゆらぎ”。
 しかし難問も残っていた。それは、なぜ意識や記憶だけが継続するのか、という問題だった。

「う~ん、確かに時間は戻っている。物理的な現象は戻った瞬間から3日間、常に何も変わりはない。我々が何をしようと、3日経てば強制的に戻される。物理的に戻るから我々も歳をとらない。死んだものすら生き返る。しかしなぜ、記憶や意識だけは時間的に連続なのか」

 竹山教授が唸った。

「脳も物理的な物質だからな。これが3日前に戻るなら意識もすべてリセットされるはずだ。つまり記憶など残らない」

 浜比嘉教授も続いた。

 意識は脳の電気信号が生み出す産物だ。そして意識の蓄積である記憶は脳の中にある。これは脳の新皮質や旧皮質の研究からも明らかになっている。今考えていることには新皮質が関与し、そして記憶され、旧皮質には生物としての記憶と言える本能が記憶されている。物理的な物質としての脳が3日戻れば、記憶も3日前までのものしかないはずなのだ。だとすれば本来、時間が戻っていることに誰も気づかない。まるで迷っていることすら気づかない特上の迷路で永遠に堂々巡りだ。しかも迷路の出口は、ない。

「あ~分からん!!これがオカルトならアカシックレコードに書き込まれてなんとかかんとかって、説明にもならん説明でいいんだはずよ!」
 浜比嘉教授の言葉尻に沖縄の方言が混ざっている。不謹慎だけど、ちょっと面白いわ。
「アカシックレコードなんて、浜比嘉さん、オカルトマニアなんですか?」
 私はちょっとおどけて聞いてみた。
「ん?いやいや分からんぞ?この世には、科学で説明できない摩訶不思議な出来事があるぅ~ってな!大体今がそうじゃないか?」
 浜比嘉教授は私の質問におどけて答え、がははと笑った。私は浜比嘉教授の豪快な笑い声につられて笑顔になっていた。それに確かにそうだ。今まさに、私たちが直面しているのがその、摩訶不思議な出来事じゃないか。

-こんなとき、この人の言うことは意外と確信を突いているのよね。

 そう思ったとき、私の頭の中で再び閃くものがあった。
 意識と記憶は時間的に連続している。では、引き継がれる意識と記憶はどこに保存されてるの?アカシックレコードに?物理的には説明できないものに?

 昔の哲学者はこう言っている。
 “我思う、故に我あり”
 自分が意識するからこそ自分がある証明なのだ、ということだ。だから自分が死ねば意識も消滅するというのは哲学的に理解されている概念だ。ところが人類は民族宗教に関係なく、虫の知らせだの死後の世界だの生まれ変わりだの、そしてアカシックレコードだのっていう伝承を持っている。なぜ?
 もし意識が脳内ではなく、別の次元との情報のやりとりだったとしたら、どう?
 人類の歴史の中、誰かがなにかの理由で別の次元を覗くことがあって、それが伝承や迷信の元だったとしたら?
 私たちが解明しつつある“この現象”は紛れもなく物理現象だ。でも同時に全人類が、ううん、全宇宙の知的生命体が直面する、おそらく初めての現象だ。
 死んで消滅すると思われていた意識や記憶が、別の次元との情報交換によるものだとしたら、3日間の時間を飛び越えて継承される可能性は、ある?
 この世界ではほとんどの人類が死後の世界を経験した。それはただの暗黒だった。だから死後の世界は存在しないと皆が思った。でも、それこそが間違いだとしたら?

-死後の世界は別の次元にある。そしてそこに、全てが保存されているとしたら、意識とは、記憶とは、なに?

「竹山教授、浜比嘉さん、ちょっと聞いてもらえますか?」
「どうした?藤間君」
 竹山教授が応える。
「なんだ?またインスピレーションだかアイディアだかが爆発したか?」
 浜比嘉教授は興味津々だ。

 私は今、宇宙全体ワームホールと同じくらいの馬鹿げたアイディアを、もう一度話そうとしていた。

 理論上はこうだ。
 私たちはもちろん、この物理世界に存在する全ての物質は、重力に支配されている。重力とは、突き詰めれば質量そのもので、宇宙のエネルギーそのものとも言える。
 そしてもうひとつ絶対的なのは、光の速度だ。光には重さ、質量がない。だから宇宙の支配者たる重力の影響を受けない。光速がこの物理世界の最高速である理由だ。
 重力そのものの力はとても弱い。重力同様なじみの深い電磁気力とは比べ物にならないくらいに。物理世界を支配する力なのに、なぜそれほど重力は弱いのか?
 その理由は、この宇宙がブレーンだという理論で説明できる。宇宙は多次元時空に浮かぶブレーン、つまり薄い膜の集まりだという考えだ。
 それぞれのブレーンは次元が違うから物質のやりとりはできない。しかし、重力だけがブレーン間を伝播できる。つまり重力は多次元のブレーンを行き来するから、ひとつのブレーン上では弱い。

 ここだ。重力は“多次元宇宙を構成する多次元のブレーンの間を行き来できる”んだ。では、私たちの意識はどうだろう?

 脳内に生まれ、蓄積されていると思われている“この意識”は、重力に支配されてる?支配されていないとすれば、宇宙の絶対速度である光と同様ではないか?
 では光のような特殊性が、意識にもあるのでは?

 私は頭の中でアイディアを整理して、ふたりに話し始めた。

「いいですか?私たちの意識も重力と同様、ブレーンを超えるのではないか?それどころか、私たちの意識が存在するためのブレーンが存在しているのでは?だからこの現象を超えて、私たちの意識は継続している」
「いやそれは・・・」

 竹山教授は何か言いかけてやめた。
 浜比嘉教授の口はポカンと開いている。

「いや、うん、そうか、否定できない。いやそれどころか理論上可能だ。量子コンピュータの動作理論でも同じような理論が提唱されている」
 しばらく間を置いて、竹山教授がこのアイディアを受け入れた。
「がはは!また面白れぇことを!!」
 浜比嘉教授はもう完全に同意だ。
「それなら意識連続の謎も解ける!それによ、多次元のブレーンがこのエネルギー現象で衝突してたらどうよ?この次元だけで計算してたエネルギー量の問題も解けるさぁ!!」
 浜比嘉教授の口がまた悪くなっていた。方言まで混ざっている。

 異なる二人の表情を見ながら、私は苦笑するしかなかった。


 意識連続の謎は、ブレーン宇宙論と重力論の応用で解ける。

 最初のアイディア同様、このアイディアも世界中の研究者によって検証され計算されつくした。

 “宇宙全体を呑むワームホール”そして“意識と重力とブレーン宇宙の関係”
 この二つのインスピレーションは、世界中の頭脳の方向性を変えた。
 そして更に多くの3日間の後、世界のユニットの中心で研究を進めた私たちは、ついに誰も考えつかなかった理論に辿りついた。

「いよいよですな、藤間さん」
 浜比嘉教授がモニターの中から声を掛けてきた。
「はい、いよいよです。でも、これからですよ?浜比嘉さんの力が本当に発揮されるのは」
「分かってますとも!今日、ようやく我々の研究結果と4日目への希望を世界に表明できる。これで私の姪っ子たちも・・」
 浜比嘉教授の声が詰まった。彼の姪は時間が戻った瞬間に亡くなってしまうのだ。絶望的と思われた彼女の運命だが、彼女は同僚に助けられ、そして結婚し、4日目を切望している。そんな話を聞いたのは、何回か前の3日間だった。
 “姪が、姪っ子が助かってその、け、結婚するって!もう研究結果もほとんどできてるだろ?だからさ、今回の計算は不参加で!!”
 顔を真っ赤にしてそう言う浜比嘉教授の顔、今でも思い出される。
「そう、姪っ子さんたちのためにもあなたの力が、能力が必要なんです。やりましょう!」
「おう!!まかせろ!」

 この3日間の初日、私たちBSCは“その現象の正体”を世界に発表する。それにはこの迷路に囚われた理由と、迷路を抜け出す方法も含まれている。

 今日は“世界が揺らぐ日”だわ。


つづく

予告
 三日間のタイムリープの謎を解明したBSCの藤間らは、この5月28日、世界に向けてその成果を発表する。それは、タイムリープの原因と共に、タイムリープから脱する方法も含まれていた。
 世界が注目する中、藤間はこの計画の最重要人物としてある人物の名を上げる。それは、大きな波紋を呼ぶことになる。
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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