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三日間の箱庭(15)セカイガオワルヒ(6)

前話までのあらすじ
 繰り返す三日間は世界を核戦争の地獄に巻き込んだ。その中で独裁者への裁きを訴える来斗。クロスライトのメッセージを受け取ったのは、最初に核戦争を始めた国の、独裁者の側近たちだった。
 拘束され、裁きを受ける独裁者たち。そして最後の核戦争は、最後の独裁者と世界の闘いとなり、そして終わった。
 また訪れる5月28日、7度目のその日、クロスライトのメッセージを受け取り、それに従った者たちによって、核戦争は防がれた。
 喜びに震える世界に、ライトクロスのメッセージが響く。

 人と人の殺し合いが国と国との全面核戦争に発展する、それは予言でも予知でもない、必然で確信だったと。
 そしてその死のループは断ち切ることができるのだということ。
 自身の経験と考えを世界に発信する来斗。

 来斗はさらに、世界の人々の生き方を説く。三日間の繰り返しという不毛の未来を、人はどう生きればいいのか?

■セカイガオワルヒ(6)
 黒主家のリビングから世界に向けた来斗のメッセージが配信された。

「ライト様、お疲れ様でした。少しお休みください」
 そう言うさくらに、来斗は少しはにかんで見せた。
「さくらさん、僕は大丈夫ですよ?それよりさくらさんの方が疲れたんじゃないですか?僕が台本にないことを突然言い出すから」

 小鉢が割り込む。
「いや、さくらちゃん良かったよ。ライト様の話にばっちり乗ってた。台本通りよりよっぽど伝わったよ!ライト様、よっぽどさくらちゃん、神木のことを信頼されてるようで」
「え?小鉢さんのことも信頼してますよ?もう」
 来斗は少しおどけて見せた。
「あっはっは!参ったなぁ、もう」
 小鉢は更に大げさにおどけて見せた。
 来斗は笑顔で続ける。
「ただ、さくらさんのことは一番最初の時、”リポーターうるさい!”って怒鳴っちゃった手前申し訳なくて。それにあのときの動画を世に出してくれたの、さくらさんでしょ?」
「あ、そんなこと、いや、はいぃ」
 しどろもどろのさくらを置いて、小鉢が続ける。
「で、少し休憩しますが、次に何をお話しされますか?」
 来斗は少し考えて、言った。
「はい、次の話は、今、すぐにやって欲しいことにしましょう」
 小鉢とさくらは顔を見合わせた。
「よっぽど台本がお嫌いなんですね」
 さくらが言った。
「はい、まぁ」
 来斗はにっこりと笑った。


「世界の皆様、クロスライト様のお話です」
 1時間後、世界のネットに再び来斗が降臨した。

「先ほどのライト様のお話に世界中から反響がありました。それに対するお話はサイト上でお伝えすることにしています。それではライト様、お願いします」
 来斗はさくらに向かって軽く会釈し、カメラを向いた。
「皆さんは今、世界の様々な場所で、そして時間に、この映像をご覧になっていることでしょう。もう核ミサイルは飛んできてませんよね?」

 来斗は少し砕けた口調で話し始め、すぐ声に力を込めた。

「では皆さん、世界中で今この瞬間、泣いている人たちがいれば、僕の代わりに助けてくださいませんか!」
「今、戦争をしている兵士の皆さん、あなたたちです!あなたたちこそが次の英雄です!僕には何も出来ないのだから!」

「もう核ミサイルは飛んできません。核戦争を止めた英雄たちのように、あなたも英雄になるんです!目の前の敵はもう敵ではありません」
「あなたの目の前に傷ついた子供はいませんか?あなたが傷つけてしまった敵はいませんか?家族を失って、泣いている人たちはいませんか?そんな人たちを、あなたが救ってください!」
「もしかしたら、今回のあなたは反撃を受けて殺されるかもしれない。でもすぐに時間は戻る!もう知っているでしょう?死のループを断ち切るんです!あなたの目の前の!」

 来斗は切々と訴えた。時間が戻る瞬間まで、何年にも渡る、あるいは千年にも渡る戦争をしている国々は、世界中にあったのだ。

 そして来斗が次に訴えたのは、世界のソーシャルワーカーだった。

「次に、各国の警察、消防、国を支えるために働いている皆さん、そして医療に携わる皆さん、心ある方々にお願いします。この3日間、その力を、皆さんの力を、泣いている人たちの笑顔のために使ってもらえませんか?」
「そのためなら、国も越えましょう。人種も、言葉も、全てを越えて、あなたたちの力を使って下さい。そして世界中の皆さん、そうした行動に賞賛と支援をお願いします」
「この3日間を、幸せに過ごしましょう。誰も泣かない、飢えない世界が始まったのです」

「教育者の皆さんにもお願いします。今、全ての人類にとって学習がなによりも大事なんです。理由は簡単です。この3日間で覚えたことは、次の3日間に持って行ける唯一のものなのですから」
 さくらは大きくうなずいている。
「ライト様、つまり、この3日間は決して無駄な時間ではない、ということですね?」
「そうです。この3日間を死のループにするのは愚行。でもその愚行を犯さないのであれば、人類はその知性を永遠に向上させるチャンスを得たのかもしれません」
「しかしライト様、たった3日間の繰り返しなのですから、ライト様のお考えを理解せず、無法を働くものも多いのでは?」
 来斗もうなずいた。
「そのとおりです。世界のほとんどの皆さんは、この3日間を幸せに暮らし、永遠の安寧を得たいと思うはず。でも、そうではない人も間違いなくいるでしょう」

「ところでさくらさんは、なぜ人を殺してはいけないのだと思いますか?」
 来斗は唐突に問いかけた。
「は、はい、それは法律で決まっているとか、でも、戦争なら殺せと言われます。矛盾ですね」
 さくらの瞳は色々な答えを探すように細かく動いた。
「ふふふ、困ってしまいますよね、そんな当たり前のことを、と」
 来斗は微笑みながら続けた。
「なぜ人を殺してはいけないのか?その答えは、人間が集団で生きる生物だから、です」
 さくらは意外な顔で来斗を見つめる。
「すみません。分かりにくいですよね。人は集団で生きる生物、だから人にはそれぞれ役割があって、集団の中で役立っている。それに、学習してその知識と能力を高めることができる、地球で唯一の生物です」
「そ、そうですね」
 さくらはまだ腑に落ちていない。
「人間はそうして高めた知識と能力を、次の世代に引き継いで文明を作ってきました。長い時間を使って、人類全て、ひとりひとりが、です」
 来斗はさくらの目を見ながら語る。
「そんな人間の可能性を、誰かが勝手に断ち切っていいはずはない」
 さくらの瞳が輝いた。
「ライト様、分かりました!人が人を殺してはならない、それは人間という生物の本能そのものなんですね!!」
「そうです。人が人を殺す、その行為はまさに、集団で生きる人類全体の生存を危うくするものなんです」

「そして今、世界中の皆さんに大事なことをお伝えします!」

 来斗の言葉に再び力が宿る。
「この3日間、いえ、これからの3日間、人を殺す人、悪いことをする人、たった3日間の幸せを壊す人、厳罰を受けてください。そうです皆さん、そのような人に厳罰を与えましょう」
 来斗は言い放った。
「それが、クロスライトの裁きです!!」
 少し力を抜いて、続ける。
「そして許しましょう。次の3日間で」
「4日目はないんです!それなら、幸せの3日間を作りましょう。僕と一緒に!!」
「僕は、皆さんと共に歩む幸せを望みます」
「ではまたお会いしましょう、次の3日間の最初の日に」
「僕の名前は、クロスライト」

 撮影を終え、立ち上がる来斗に小鉢が駆け寄る。
「ライト様、すごいですよ!もう!!わたしゃ感激しました!人を殺しちゃいけない理由なんて、おまわりさんが捕まえに来るからって言ってたお袋を引っぱたいてやりたいですよ!」
「あはは、小鉢さんだめですよ?お母さんを叩いたら、お母さん泣いちゃうでしょ?」
「いやいやライト様、うちのお袋なんか引っぱたいたって泣いたりするもんですか、逆に俺がやられちゃう」
「だから小鉢さん、そういうことが駄目なんですって」
 さくらが笑いながら受ける。
「小鉢さんと小鉢さんのお母さんって、仲がいいんですね」
 来斗の言葉に、リビングは柔らかな空気に包まれた。

「それよりライト様、すごいことになってます」
 同時翻訳をしていたしほりが、PCの画面を見つめながら来斗に呼びかけた。
「日本はもちろんなんですけど、世界中からものすごい数の反響です。質問も多くて、このメンバーじゃチェックできません。中には各国の政府機関や各宗教団体の代表からのものもあるようです。早急に対処しないと」
 来斗は少し考えて小鉢に向き直った。
「小鉢さん、これ、コメントを整理する人たちが必要ですね。それと、その人たちはAIに詳しい人がいいと思います。僕の話とコメントを結びつけて分析してもらえるような」
「あぁ、もちろんですとも!この小鉢のコネクションを使って、テレビニッポンの総力で、超強力チームを編成します!!番組の制作会社にはいるんすよ、優秀なのが!このプロジェクトに関われるんなら、みんな喜んで集まります!」
 小鉢は一気にまくしたて、小室AP始め数名のスタッフに指示を出した。そして来斗に向き直ると少し申し訳なさそうな顔で言った。
「それでライト様、このコメントとかに対するお答えとか、ライト様のコメントとか、これまでの経過とか番組にしたいんですが、いいですか?」
 小鉢の提案は来斗にとっても良いものだった。日本を代表するメディアがバックに付いてくれる。これほど強力なものはない。
「もちろんですよ小鉢さん。小鉢さんが言うなら僕もお願いしたいです。いえ、全面的に小鉢さんにお願いします」
「うっひょー!ありがとうございます!!やたっ!オレ、エースPになります!!」

 小鉢は文字通り飛び上がって喜んだ。


つづく


予告
 来斗の世界に向けたメッセージは、世界中で大きな反響を呼んでいた。
 小鉢は緊急特別番組をプロデュースし、来斗のメッセージを世界に届けるべく動く。番組には超大物司会者を当てるが、その冒頭、思わぬ事態に直面する。
 ネット動画を超え、大メディアを味方に付けるライトクロス。
 彼は神になるのか?

 セカイガオワルヒ編、最終話。


おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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