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三日間の箱庭(16)セカイガオワルヒ(最終話)

前話までのあらすじ
 世界核大戦のループを断ち切ったライトクロスのメッセージ。
 そして来斗は、世界に向けて新たな生き方を提示する。それは、世界中の泣いている人々、傷ついた人々を助けよう。戦争をなくし、共に幸せな三日間を生きようという考えだった。

 -この3日間を幸せに、それを侵すものに裁きを、そして許そう。
 -この3日間を幸せに、泣いている子供、傷ついた人たちを救おう。
 -この3日間を幸せに、4日目は、ない。

 更に、その経験や学習だけが、次の三日間に持って行けるのだということ、そして、それを絶つ行為こそが最も重い罪だということを訴えた。
 ライトクロスのメッセージに共感する世界。
 そしてテレビニッポンプロデューサーの小鉢は、来斗のメッセージを更に広めるべく、特別番組をプロデュースする。

 黒主来斗、黒主正平編から続く、黒主来斗と彼に関わる人々の物語、最終話。


■セカイガオワルヒ(7)
 ついに世界核大戦を回避した5月28日。

 この日の夜、テレビニッポンは緊急特別番組として、世界中から集まった反響や質問への答え、そして、来斗の呼び掛けに応じて傷ついた人々を助けた兵士たちのエピソード、助けられた人々のエピソードを放送する。
 番組には名だたる学者や各分野のコメンテーター、更に日本政府の要人も参加することになった。

 そして放送直前、番組プロデューサーを務める小鉢は興奮を隠しきれない様子で番組MCに指示を出す。
「ライブ放送まで後1分!世界にも同時配信するからそのつもりで、それに森田ちゃん!ライト様は台本守らないからさ、よろしくね!」
「はぁ~い、オッケーでぇ~す」

-な~にが森田ちゃん、だよ。小鉢のヤツ態度でかいなぁ。それにライト様って、なに?

 森田正和もりたまさかずのMCは超一流と名高い。この番組は最初の三日間から始まる長大な内容のため、決まっていたのは大まかな進行順だけでほとんどがぶっつけ本番だった。それに中継で出演する黒主来斗が台本に沿わない話をすることも想定しなければならない。しかし森田自身も台本を守らないことで有名なので、黒主来斗には打ってつけだとこの番組のMCを任されている。それだけに小鉢のような普通のプロデューサーに指名されたことと、ただの子供の相手をさせられることに不満もあった。

-まぁ素人の子供だ、アドリブでちょいちょいといじって、後はVとナレでまとめりゃいいんでしょ?

 小鉢のカウントダウンが始まる。それに合わせてディレクターが指を折る。3本、2本、1本。

「きんきゅーとくばん!!ライトクロスのしんじつぅー!!」
 そこからの数時間は、森田のMC史始まって以来の特別な時間となった。

 まず番組では、最初の三日間に起こった黒主来斗殺害事件が再現VTRを交えて紹介された。もちろん犯人の情報は伏せられている。あくまで黒主来斗という人物の成り立ちを説明するためのものだったからだ。しかし放送と同時に犯人たち4人の個人情報が続々とネットに晒され、それぞれへの殺害予告や実際にそれぞれの家の画像をアップして襲撃者を募る者まで現れた。
 森田はコメンテーターにそのような行為を諫める発言を求め、森田自身もカメラに向かって自制を呼び掛けて必死にその流れを止めようとしたが、無駄だった。

「おばっちゃん!どうすんのこれ!もう収拾付かないよ?襲撃始まっちゃうよ?俺もう無理だよ!」
 児童心理学の専門家が発言している間、森田は小鉢に番組の中断を求めた。しかし小鉢は冷静だった。
 ”森田ちゃん落ち着いてよ。今しゃべってる心理学者の話切っちゃっていいからさ、ライト様いくよ?カメラ来たらすぐ、ライト様降臨です!って、ヨロシク!!”
 インカムから聞こえる小鉢の声は余裕しゃくしゃくだ。

-ヨロシク!っておい!小鉢!くそっ!!

 森田は心の中で毒づいたが、ここは小鉢に従うしかない。
「先生!子供の心理状態によっては集団的な暴力に走ることがある!よぉ~く分かりました!ここで緊急です!黒主来斗様の降臨です」
 画面にオンラインで繋がった来斗が映し出されると、すぐにネットの反応が変わった。
 それまで多かった日本語のコメントを外国語のコメントが覆う。

-なんだよこれ、あんだけあった日本語コメントがもうポツポツだよ

 日本語のコメントも相変わらず多いのだが、世界中の言語で送られてくるコメントに埋もれてしまったのだ。

-これがライトクロスの力、か。

 森田は来斗の影響力に舌を巻きながらも平静を装った。
「えっと黒主くん?いや、黒主来斗様、ここまで最初の三日間の出来事をお伝えしてきたんですけども~」

 来斗は森田を無視し、その発言を遮って視聴者を一喝した。

「僕を殺した人たちはもう裁きを受けた!僕自身が裁いて、もう許したんだ!それをまた襲撃など、やめなさい!!」
 一呼吸置いて来斗は続ける。
「もしそれでもやろうとするならば、僕が許した彼らをまた殺すというのなら、次はあなた自身が裁かれる。あなたのそばにいる、その愚行を、死のループを、僕の代わりに止める人たちに!」

 番組の分析チームは続々と集まるコメントをAIで分析し、危険なコメントをはじき出していた。

「小鉢P、襲撃だの殺害だのっていう日本語コメント、ほぼ消えました!!」
“森田ちゃん聞いた?もう安心だよ?じゃちょっとだけライト様と話してよ”
 インカムから小鉢の声が聞こえたが、森田の関心はもう黒主来斗にしか向いていない。

-おいおい一発かよ!やばい、やばいよこの子供、黒主来斗、いや、様づけで呼ぶんだったな。

「え~黒主来斗様、最初の三日間の話だけでこの反響です。どう思いますか?」
「はい、世界中の人たちが殺し合う未来を僕は望んでいません。ですからこの番組が進んで、また同じようなことになるかもしれませんけど、そのときは森田さん、今僕が言ったことを代弁してください。お願いします」
 森田には思わぬ申し出だった。

-俺を、超一流芸能人、芸能界の大御所と言われて久しいこの俺を、自分のスポークスマンにするつもりか?
-おもしろいじゃないの、どうせ閉ざされた三日間、思いっきりやらせてもらおう。

 森田の芸能人魂が、エンターテインメントが騒ぎ出す。
「え~ぇいいですよ?私なんかで良ければ、喜んであなたのスピーカーをさせてもらいましょ」
 来斗は図らずも、優秀なタレントを味方につけることに成功した。

 番組はその後、核戦争による世界の滅亡、そして復活、黒主来斗がライトクロスと呼ばれ、核戦争を終わらせ、人々に救済を与える存在として世界に影響を及ぼしていることに触れ、多岐にわたる分析を加えて終盤を迎えていた。来斗はそのコーナーごとに姿を見せ、それぞれの場面で世界に伝えるべき事を語った。
 その時々に、森田が絶妙なMCで来斗を引き立てる。しかしなによりも各分野の専門家や政治家とのやり取りにも臆さず、自身に起こったこととその考えを包み隠さず語る来斗の姿は、世界中の反響を呼んだ。
 森田のインカムに小鉢の声が響く。

 “森田ちゃん、コメントの中にさ、宗教団体からの誘いが多くなってんのよ。世界中のだよ?最後の方でさ、ライト様を繋ぐから、その辺掘り下げてくんない?”

 森田は小さくうなずいた。
「ここで黒主来斗様に繋ぎます。ライト様!!」
「はい」
 画面に来斗が映し出された。
「番組へのコメントに世界中の宗教団体からコメントがあるそうなんですよ。どうもライト様を自分の宗教団体に勧誘したいような、そこんとこいかがです?」

 来斗はしばし考えて語り出した。

「僕は、クロスライトは皆さんが信じている神や宗教を否定しません。信じることは生きていくのに必要ですから。それどころか皆さんにはこれまで以上に信じる宗教、神を信仰して欲しいと思います。だから、僕がどこかの宗教団体に属することはありませんし、僕自身が教祖や神になることもありません」
「それはライト様自身が宗教を起こす訳ではない、ということですか?」
「はい、僕はただの人間ですから。予言なんかも出来はしませんし。でも、僕の考えを理解して協調してもらえるのなら、こんなに嬉しいことはないんです」
「そうすると、どの宗教の人でも、ライト様の考えに協調してもらえるのならそれでいい、と?」
「そのとおりです」
「じゃあライト様、ライト様の考えの、どのあたりに特に協調してもらいたいんですか?」
「そうですね、この3日間が全てなのだから、皆が幸せになりましょう、というところですね」
「う~ん、幸せとは、具体的にはどうですか?」
「たった3日間ですが、この間に経験したことや学んだことは次の3日間に引き継がれるんです。だから、皆がそれを平等に得られること。満ち足りた3日間を続けて、そして精神的に成長していく、そういうことだと思います」
「しかし、たった3日間でも食べ物や水や、インフラを維持する人たちが必要でしょ?その人たちは幸せなんでしょうかね?」
「はい、自分の役割を全うして世界の安定に貢献する。僕はそういう人たちがもっとも尊い存在だと思っています」
「世界の役に立ってるっていう、自己肯定感で幸せ、ですか?」
「そのとおりです。そんな人たちのおかげで何不自由ない3日間を送ることができるとすれば、どんな賞賛の言葉を投げかけても足りないと、僕は思います」
 森田は高揚感で震えていた。
 今、自分と黒主来斗のやり取りを世界中が見ている。そして自分は、今後この子供を支える一人になる。世界中に賞賛されながら。

-おんもしれ、小鉢がこの子に入れ込む気持ちが分かったよ。

「では最後の質問にします。ライト様、その3日間を幸せに過ごす権利を侵せば、どのようになるのでしょう?」
「はい、これはもう皆さんお分かりでしょう。世界を焼き尽くした独裁者たちは、これからも時間が戻るたびに拘束されるでしょう。拘束しなくても何も出来ないでしょうが、それでもまだ許されていません。同じように、今この瞬間、誰かが誰かの命を奪うならば、その誰かは即座に厳罰を受けるべきです。それは僕の考えに協調してくれている人たちによって」
「幸せに過ごす権利を侵すことが、何よりも重い罪だ、ということですね?」
「はい、そのとおりです」
「この3日間の幸せこそ、全てだと?」
「そうです。4日目は、ないのですから」
 森田は深く息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
「ありがとうございました、クロスライト様。では、次の3日間でまたお会いしましょう!!」
「はい、森田さん、お会いできて良かった」

 森田の長いキャリアに残る数時間は、終わった。

 それからも続く3日間、テレビニッポンは1日目の朝と3日目の夜、時間が戻る瞬間まで、クロスライトの番組を独占的に放送する。

 プロデューサーはもちろん小鉢拓実、MCは常に森田正和だった。

 各メディアで世界中に同時配信されるその番組によって、来斗は熱狂的な支持を得て、数ある宗教の教義にもその考え方が浸透していった。

 来斗の考えに共感した者たちは、時間が戻った瞬間、即座に世界的組織を立ち上げる。そこには世界中から情報と物資と人材が集まる。そして3日間、彼らはライトクロスの意思に沿った行動に徹するのだ。
 その組織は、いつしかこう呼ばれるようになっていた。

 -Closs of Lights Movement-
 略してCLM。そして通称は“クラム”。

 果てしない3日間の中で、来斗は神になっていった。

 それは来斗の意思では、なかったが。


■セカイガオワルヒ編、終わり。


予告
 繰り返す三日間、その始まりの瞬間にビルの屋上を蹴る女性がいた。
 パワハラに悩み、良き同僚に恵まれながらも最悪の選択をしてしまった女性。久高麻理子。
 何百回と死を繰り返す彼女だったが、ある思いが芽生える。
 新章、久高麻理子編は1話のみ。そしてそこから彼女を取り巻く人々の物語が幕を開ける。


おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。



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