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三日間の箱庭(11)セカイガオワルヒ(2)

前話までのあらすじ
 繰り返す三日間に翻弄される黒主家の家族。
 家族にとって幸せな三日間を望む父、正平。だが、息子の来斗は自身が殺された経験から学び、殺し、殺される死のループを絶つべく世界に動画でメッセージを送る。
 その動画メッセージを受け取ったテレビ局プロデューサー、小鉢拓実は私欲のためこれを私物化したが、その動画は何者かによって世界に配信された。AD板野しほりの犯行と睨んだ小鉢は板野の実家に乗り込むが、その頭上に核爆弾が炸裂する。
 世界核大戦、それは、クロスライトが予言したとおりの出来事だった。



■セカイガオワルヒ(2)
 北K国、首都。
 3回目の5月29日、午前10時。大規模核攻撃の前。
 豪華な装飾に彩られた広い会議場に、総書記以下閣僚が集合していた。
「チャン科学担当!」
「は!将軍様」
「この現象の原因はまだ掴めないのか?」
 総書記の言葉は静かなプレッシャーを含んでいる。
「は、はぁ、未だその原因は分かりません。なぜか約3日間で時間が戻ってしまうのですが」
「そんなことはもう分かっている!私は原因と対策を聞いているのだ!!」
「は!申し訳ありません」

-そんな、たった数日の研究でこんな現象の原因が分かるか!それに対策だと?アメリカだって無理だ!!そんなことも分からんのか、この三代目のボンボンが!!

 チャン科学相は心の中で毒づいた。
「シン警衛担当!」
「は、はい!将軍様」
「民衆の様子はどうなっているのか?」
「は、2回目の3日間では我が国全土で個人的な殺し合いが始まり、治安部隊も投入しましたが、治安部隊の中でやはり殺し合いが始まり、収拾は不可能な状態となりました」
「あの最後の日には私の公邸にまで人民が押し寄せた。あの者たちはどうした」
「はい、先ほど申しましたとおり、治安部隊も機能しませんでしたので非常に危険な状態にはなりましたが、将軍様親衛隊の手によって全て鎮圧しております」
「そうか」
「そして3回目の今、人民は個人的な殺し合いをやめ、数百人単位での蜂起を計画しているようです。また、そのような集団は数十確認されております」
「数百人が数十?それは確かか?」
「はい、人民に紛れている党の間諜による報告です。間違いはないかと」
「これは防げるのか?」
「い、いえ、なんとも」
 総書記は苦虫を噛み潰したような表情で、小刻みに体を揺すっている。

「チョ外務担当!C亜国は!主席はどう対処している?」
「はい、C亜国は我が国よりも悪い状況です。2回目ですぐに国民が騒ぎ出し、大規模な反体制デモに発展。抑圧されていた少数民族も大規模デモを敢行し、治安部隊と衝突。政府は戒厳令を発して軍を投入し、反体制デモを中心に鎮圧。しかし南部港湾都市で更に大きなデモが発生、C亜国本土でも軍の投入に反感した国民が蜂起、党対国民という、前代未聞の内戦状態となりました。内戦と申しましても、ほぼ軍による虐殺です」

 総書記は目を瞑って聞いている。

「3回目の今回は、虐殺された国民たちがより計画的、統率的に行動し、2日目の今日、一気に国家を転覆する勢いです」

「だから」
「だから?」
「だからっ!主席はどう対処しているのか!と聞いているのだ!!」
 チョ外務担当は身をすくめた。
「はい、主席の意向は我々にも伝わっておりません。ただC亜国外務省筋によると、国家転覆という危機的状況に、外国からの介入も報告されていると、そこで、外国勢力に対する全面報復攻撃が予想される、とのことで」
「外国の介入?外国勢力?」
「はい、我が国ではネットの情報が拡散することはありませんし、C亜国でも情報統制はなされているのですが、C亜国国内で、あるいは世界中で拡散されている映像があると、それは巧妙な外国勢のプロパガンダではないかと言われております」
「どんなものだ?」
「はい、こちらに」

 それは、黒主来斗の動画だった。

「これは、日本人か」
「はい、これは本日早朝に配信されておりまして、世界中に拡散しています。C亜国でも規制をかいくぐりながら拡散していると。民衆はこの子供の訴えに共感して、裁きを与えるのだ、裁きがなければ許しはないのだ、と」
「この内容、我が国の言語に吹き替えされているのか?」
「はい、すでに各国語バージョンがございます」
 総書記はその内容に慄然とした。殺し合い、死のループ、そして裁きと許し。我が国で裁かれるのはいったい誰だ?人民を苦しめたものか?人民の心に燃える憎悪は誰に向かう?

「この子供が人民を扇動し、国家転覆まで成し遂げる、と?」
「はい、その国家動乱に乗じて外国が介入してくるのだ、という考えです」

 総書記は考えた。我が国では国外の情報を徹底して規制している。この映像が拡散するはずはない。だがそれでも暴動は起こった。もし、我が国でもこの映像が規制をくぐって拡散し始めているとしたら、今回の人民の、計画的で統率がとれた行動も腑に落ちる。そしてC亜国は我が国よりも悪い状況だ。主席の政権は倒れる。それが外国の陰謀で?
 C亜国が倒れれば我が国も、我が国もだ。我が国が倒れる?違う、私が倒される!人民に、外国に、もしかしたらここにも間諜がいるかもしれない。

-私が、死ぬ?殺される?
-だめだ、だめだ、だめだだめだだめだ!!

「ライトクロス」
 総書記は黒主来斗の英語表記を口にした。

「先に、殺す」

 総書記は、全面的な核攻撃を指示した。

 日本に対しての。


 北K国の独裁者の暴発は、C亜国、R帝国の独裁者にも火をつけた。C亜国はもちろん、R帝国国内も同様の状況に陥っていたのだ。

 R帝国大統領は、北K国暴発の一報を知るとすぐ、全面核戦争の指示を出した。
「西側がすぐ報復する。我々もやる!徹底的だ、徹底的に!」
「アメリカ本土にICBM、EUには巡航、短、中、全ての核戦力で即時圧倒、重爆撃機用意!あれを出せ!世界最大、最強の核、ツァーリボンバ!」
「ICBMのトドメに、ワシントンに落とす!R帝国だけは残る、残るぞ!!」
 世界の頂点に君臨する自らの姿を、R帝国大統領は思い描いていた。

 C亜国主席も決断した。
「周辺各国に核ミサイルの雨を降らせよ。党を攻撃している国民には、通常兵器で思い知らせよ」
 C亜国の主席は、自国民にも攻撃を仕掛けた。

 北K国の暴発をきっかけとして、東京を始めとする主要都市は火の海となり、更にC亜国、R帝国の核ミサイルによって、日本は壊滅した。
 自衛隊による迎撃も一部ミサイルの撃墜に止まり失敗、核戦力を持たない在日米軍も反撃かなわず壊滅、アメリカ本土、世界各国の基地に展開している部隊、太平洋艦隊が応戦した。
 次に、EU、イギリス、インドも参戦し、R帝国、C亜国、北K国を徹底的に叩いた。

 世界核大戦、それは3回目の5月29日に起こり、30日に終わった。
 その日は地球人類、最初の滅亡の日となった。


 4回目の5月28日、テレビニッポン。
「うぉっ!!」
 午前3時20分過ぎ。小鉢は局の編集室で目覚めた。
 ディレクターチェアでふんぞり返っていた小鉢は、衝撃で後ろにひっくり返った。
「あったったー!!」
 小鉢はしたたか打った腰をさすりながら起き上がり、すぐにインターホンの受話器を握った。
「おい!集合だ!モーニングブレッド出演者スタッフ全員集合させろ!すぐに!!」
 自分の情報番組のスタッフルームにそう告げると、小鉢は受話器を叩き付けるように置いた。と、思い出したようにもう一度受話器を取り上げて、叫んだ。
「板野!!板野を絶対逃がすな!スタッフルームから出すなよ!!」
 小鉢はもう一度受話器を叩き付けて、スタッフルームに走った。

 モーニングブレッドのスタッフは揃っていた。もちろん板野もいる。小鉢は躊躇せず、板野の前まで進んだ。
「板野」
 板野しほりは俯いて黙っている。そんな板野の前で、小鉢は頭を下げた。
「あぁ、板野、悪かったなぁ、お前の家まで押し掛けて、あんな無茶なことして」
 板野は顔を上げ、精一杯の虚勢を張った。
「そうです!あれはれっきとしたパワハラ行為です!あの取材の後、プロデューサーは私のスマホを奪い取りました。その時決めたんです。私、ここを辞めるって」
「あぁ、そうだったんだな、それで実家にいたのか。本当に悪かったよ。しかしだ、どうやってあの動画、ネットに上げたんだ?」
 小鉢はそのこと自体もう気にしていなかった。もう全て終わったことだ。もう一度始まるのだが。
「だから、私ではありません!!」
 板野は毅然として答えた。
「あぁ?ホントに板野じゃないの?だってさぁ、こむちゃんがさぁ・・」
 小室APは身を縮め、こっそり部屋を出て行こうとしている。
「こぉ~むぅ~ろぉ~~!!」
「あ、すんません!何の証拠もありません!!」
 板野が動画を流出させた。それは何の根拠もない、AP小室の思い込みだった。
「はぁ、板野じゃないのかよぉ、別にもうそれでも良かったんだけどさぁ」
 小鉢のその言葉を聞いて、スタッフたちの後ろで小さく手を上げる人物がいた。
「さくらちゃん?」
 リポーターの神木かみきさくらだった。
「さくらちゃん、あんたなの?流出させた犯人」
 神木さくらは手を上げながらうなずいた。
「どうやってさ、どうやってあの映像を」
 神木さくらは、あの日のことを話し出した。

「わたし、あの日のリポートで黒主来斗に怒鳴られて、ちょっと目が覚めたんです。それからあの子が話すひとつひとつの言葉が全部胸に刺さっちゃって。そして、あの子が言ったんです。僕のこの動画を、すぐに発信しろって、世界に向けて。言葉も翻訳してくれって、私、黒主来斗にお願いされたんですよ」

-お願いって、そういやそんなこと言ってたな。

 小鉢は来斗の言葉を思い出していた。
「そして局に帰ってきたら、しほりちゃんのスマホが取り上げられたって聞いて、私、すぐに編集室に行って、映像をメディアにコピーしたんです。やっちゃいけないことだけど、私、お願いされたから」
「それと、黒主来斗はこうも言いました。また3日後、同じ時間にって。私たち、すぐに行かなきゃならないんじゃ・・」
 小鉢は神木の話を遮って言った。
「そうなんだよ!!また行くんだよ、あいつのとこに!俺は見た。天が裂けるのを、頭上に太陽ができるところを!建物の中にいたお前らは知らないだろうけど」

 その通りだった。ほとんどのスタッフは局の中にいて、その光景を知らない。ただ、地獄をみたのはスタッフたちも同じだった。

「小鉢さん、俺たちは局内にいて最初の攻撃をなんとか凌いだんです。ただ局内でも火災が起こって、電気は非常用が動いたんでなんとかなったんですけど、大怪我したヤツも多くて。でも、辛うじて残ったローカル局ネットワークで各地の情報を集めたヤツもいたんです。さっきまでそいつらの話を聞いてました。でも次の攻撃で局ビルも持たなくて、どうにかビルの外に出られたと思ったら、その後もミサイルが続いて、結局全員が死んだんですよ」
「そうか、そうか、お前らも大変だったんだなぁ。そのあたり、もうちょっと分かるヤツ探して連れて来い、それから行くぞ!万全の取材体制で、次の攻撃はもっと早いはずだ。すぐ行くぞ!」
「あそこにですか」
「決まってる!」

「クロスライト様のところだよ!!」



つづく


予告
 2回目の世界の破滅はもっと早くなる。その思いから黒主家に走るテレビニッポン、小鉢プロデューサーたち。
 自分たちを苦しめたテレビ局取材班を黒主家の面々は受け入れるのか?
 そして来斗が世界に向けた、次のメッセージは?


おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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