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三日間の箱庭(27)藤間綾子(最終話)

前話までのあらすじ
 三日間のタイムリープの謎を解き明かしたBSCの日本ユニット。
 その理論は、東大の藤間綾子教授の閃きによってもたらされた。
 そして藤間ら日本ユニットにより、世界に向けて重大な発表が行われる。
 それは、このタイムリープが起きる理論と、タイムリープから抜け出す方法に関するものだった。

 世界が激震する日は、来た。


■藤間綾子(4)
 5月28日、午後1時に始まったBSCの会見は、もう4時間を過ぎていた。発表された内容に対して集まった記者たちの理解が追いつかず、質問が多すぎるのだ。
 会見は当然世界同時配信、同時通訳だった。

 今もアメリカの記者が食い下がっている。
「プロフェッサータケヤマ、もう一度説明して欲しいんです。私にも、いや世界の人たちが分かるように、どうしてこの3日間は繰り返すのか」
 もう説明するのも4度目だが、この会見は重要だ。世界中の人たちに理解して欲しい。なにしろこれからの世界がどうなるのか、それを左右する内容だからだ。竹山教授が私に目配せしている。途中で代わってくれと言っているようだ。私は軽くうなずいた。

「では、もう一度説明します。ごくごく簡単に申し上げると、我々の地球ではなく、全宇宙が5月30日23時59分59秒から約3日間の過去へ、タイムトラベルをしているのです」
「そこです。タイムスリップとかタイムリープとか言い方はいろいろあると思うのですが?」
「あえてタイムトラベル、時間旅行という言葉を使っているのは、私たち全員の意識や記憶が時間的に連続しているからです。SFや漫画で描かれるタイムトラベルと違うのは、私たちの体などの物理的な物質が3日前の状態に戻るということ、そして宇宙全体が同じ現象に見舞われている、ということでしょう」
「では、宇宙全体が3日間戻ってしまう、その原理とは」
「そこはこの理論を最初に見い出した、藤間教授にお願いしたい」

 私と竹山教授は目を合わせ、お互い軽くうなずいた。

「東京大学の藤間です。竹山教授に代わりまして、ご説明します。この理論は難解で、我々もその構築には多くの時間を使いました。ですから出来る限り簡単に、直感的に分かっていただけるような説明にします」
 アメリカ人記者はうなずきながら聞いている。
「まず、宇宙がひとつではない、ということを理解してください。お互いに認知できないけれども、我々の宇宙以外に、違う物理法則に支配された宇宙が他にもある、ということです」

 私はひとつひとつの文章を区切りながら、分かりやすく話すよう心がけた。

「そしてこの3日間の現象を起こすためには、我々の宇宙全体のエネルギーだけでは足りない、ということ」
「つまりこの3日間の現象は、他の宇宙との干渉によって生じたエネルギー、これまでの物理学では理解できなかったエネルギーによって起こされた、と結論しています」
「では、なぜ他の宇宙と干渉してしまったのでしょうか?」
アメリカ人記者が質問を挟む。
「それは計算の結果、5月28日の午前3時22分42秒から5月30日の午後23時59分59秒まで、この宇宙で“何も起こらなかったから”となりました」
「何も起こらないのに、なぜこの現象が?」
「もっともな疑問です。しかし、この宇宙で約3日間何も起こらないというのは、本来あり得ない、非常識極まりないことなんです。我々の尺度の3日間というのは宇宙の尺度から見れば一瞬のそのまた一瞬にもならない、誤差に等しい時間です。それでもこの宇宙では、そのわずかな時間の中で超巨大エネルギー現象、例えば超新星爆発、ガンマ線バースター、ブラックホールの衝突などが起こっています。我々の宇宙でこのような現象が3日間全く起こらない確率は、限りなくゼロに近いんです。なにしろ宇宙は“見える宇宙”、つまり我々人類が観測できる限界である138億光年の、その遙か彼方まで広がっていますから。すると超巨大エネルギー現象で解放されるはずだったエネルギーが解放されない、つまり溜まっていく時間ができることになります。また、宇宙はダークエネルギーで膨張していることは知られていますけど、常にどこからか供給されるダークエネルギーも溜まっていくことになります。それが臨界を超えてしまい、他の宇宙との干渉の切っ掛けになった。可能性としては非常に低い現象ですが、この宇宙が生まれた切っ掛けである量子論のトンネル効果で説明できます。
 そして臨界を超えたエネルギーを持った我々の宇宙は暴走し、もうひとつの宇宙と干渉する。これも確率は限りなくゼロに近い。それでもトンネル効果はその可能性を排除しません」

「そのトンネル効果では、可能性ゼロということがない?」

「はい、例えばあなた、今椅子に座っていますね。そのあなたが突然椅子をすり抜け、地面をすり抜け、地球の中心に落ちていく。そんなことが起こるとしたら?」
「いやそんなこと、起こるわけがない」
「そうですね、しかし量子論のトンネル効果によるとその可能性がゼロではないのです。起こりえるのです。同じような超低確率な現象がこの宇宙で起こった。その結果生まれたのが」

「宇宙を呑み込むワームホール」

アメリカ人記者が受けた。
「そうです。ふたつの、あるいはそれ以上のブレーン宇宙が干渉し、そのエネルギーによって、これまでの計算では極微の存在でしかなかったワームホールが宇宙を呑み込むほどのマクロサイズになった。そしてそのワームホールの出口が、エネルギーの滞留が始まった5月28日の午前3時22分42秒に繋がった」
「だから毎回同じ時間に戻る、そしてまた何も起こらないから宇宙の衝突が起きてワームホールができて、また同じ時間に、ということですね」
「そのとおりです。この約3日間の間に何も起こらないから、必ずエネルギーが臨界を超える。ということですね」
「だから、我々人類が何らかのエネルギー現象を起こせば、何も起こらない状態ではなくなる、という説明でした」
「そうです。その方法については安全保障上の問題でここでは申し上げられない、ということはご承知ください」

 アメリカ人記者はタブレットを操作しながら眉をひそめる。

「しかし、人類ごときが作れるエネルギー現象が全宇宙に影響を与えるとは、とても思えません」
「おっしゃることはよく理解できます。しかし考えてみてください。太平洋にたったコップ1杯の真水を入れたとしても、間違いなく太平洋は薄まるのですよ?これは疑いようのないことです」
「では、世界のどこでそれが実行されるのか、それはいかがです?」
「いや、これについては申し上げられない」
「それはなぜでしょうか」
「それは我々科学者がお答えする範疇にありません。各国政府の然るべき部署にお問い合わせ願いたい」

アメリカ人記者はさすがに折れたが、質問はまだ続いた。

「では最後に、記憶と意識が継続する理論について、私の理解では、私自身が今考えていることというのは、脳内と別の次元が繋がっていて、その次元に保存されるから、ということでよろしいですか?」
「はい、そのとおりです。とても分かりやすく言っていただきました」
「でもそれはとても受け入れられない。それでは原理的に、テレパシーも可能になる」
「テレパシーが可能かどうかは別問題です。しかし、量子コンピュータはご存じでしょう?量子論の“量子の重ね合わせ”と“量子もつれ”という現象を利用していますが、実は超高速並列演算が可能になる理論はまだ確立していないんです。特に“量子もつれ”については光速を超える情報伝達が予想されています。量子コンピュータの超高速並列演算は、これらの現象が関係して別次元で計算されているとすれば説明が付く、という仮説もあるんです」
「つまり、意識や記憶も量子論の作用だと」
「そう考えていただいていいと思います」

 アメリカ人記者はようやく納得したようだ。いや、これ以上説明を求めても、これ以上簡単にならない、と思ったのか。どちらにしても、この記者のおかげで会見を見ている世界の人たちも、ある程度理解してくれたのだと思いたい。

「最後に!最後にもうひとつだけ」

 これ以上は出てこないけど、もっと理解を深めてくれればそれに越したことはないわ。
「どうぞ」
「この現象を解明するために、あるいはこの現象から抜け出すことができるとすれば、もっとも大事な点は、なんでしょう?」
 この質問は意外だった。しかも、とても簡単だ。
「インスピレーションの展開が必要だったのはもちろんですが、それ以上にこの研究を支えてくれた必要不可欠の存在が、メモリーとして機能してくれた人々の存在です」
「それは、どんな?」
「一般的にサヴァン症候群と呼ばれる瞬間記憶の能力を持つ人たちです。この人たちがいなければ研究自体不可能だったでしょう。そして、これからこの現象を終わらせるにも、この人たちの存在は不可欠です」
「ここに、その能力者は」
「はい、そこに、沖縄科学技術大学の浜比嘉教授です」

「浜比嘉です」

 沖縄からオンラインで参加している浜比嘉教授が、モニターの中で頭を下げた。
「あなたがこのプロジェクトの最重要人物、ということなのですね?」
「いやいや、学問の劇的な進化っていうのはやはり突き抜けたアイディアがもたらすんですよ。その点私は駄目ですね!がっはっは!!」

-相変わらず豪快な人だ。でもそこが頼もしい。
 私は信頼の目線を浜比嘉教授に向けた。

「ではどのような理由で最重要なのでしょうか?」
 アメリカ人記者は容赦なく質問を浴びせる。
「あ~それはですね、先ほど藤間教授が言われたように、私には瞬間記憶の能力があるわけです。すると、このプロジェクトの最終段階で、これまでの計算結果や分析結果に基づいた多数のパラメータを装置に・・」
「あっと、浜比嘉教授!もうその辺で」
 喋りすぎる浜比嘉教授を竹山教授が止めた。
「おっとっと、ですな!!はい、これ以上は安全保障上の理由とかなんとかってヤツで、申し訳ない!!」

 アメリカ人記者も浜比嘉教授のキャラクターには苦笑いの様子だった。
「分かりました。浜比嘉教授、とにかくあなたは最重要だ」

 結局、会見は5時間を超えた。
 この迷路から脱出する。永遠の迷路を壊す。

 その理論を、その方法を、理解できてもできなくても、世界が震えたのは間違いないわ。

 気付けば、私の手も震えていた。


■藤間綾子編、終わり。

予告
 科学者たちのコミュニティ、BSCの会見を見たテレビニッポンのプロデューサー、小鉢は、4日目の可能性に驚愕し、ライトに考えを聞く。
 ライトの考えは意外にも、4日目があるなら受け入れるというものだった。そして緊急特番を組む小鉢と来斗。
 そこで語られるクロスライトのメッセージはどのようなものなのか?
 そして明らかになる、クラムの過激派の存在。
 彼らは何をしようとするのか?

 新章、クラムシェル編、開始。
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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