見出し画像

「写真を撮らないで!」

 私の家は山手線の駅から徒歩圏内だが「繁華街」ではなく、住宅もマンションも団地も建っているような土地柄。決して外国人観光客が目指してくるようなトコロではない。

 我が家のナナメ前には区立の保育園がある。先日の朝、会社に寄らずダイレクトに会合先へ向かうため普段よりずっと遅い時間に家を出たところ、園児のお散歩行列とすれ違った。10人ほどがお揃いの帽子とスモックを着ていて、それはなんとも微笑ましい。

 引率の女性保育士さんがラミネート加工したカードのようなものを胸からぶら下げているのに気がついた。カメラのイラストに大きくバツ印をつけ、「No Photo」的な英語が書いてある。

 なるほど。

 昨今はこんな静かな町にも浮かれた外国人観光客がやってきて「Oh、カワイイデスネ」とばかりに子どもたちの写真を撮るのかもしれない。無断でパシャリパシャリと写真を撮るのはマナー違反だし、なによりSNS全盛のこの時代に子どもたちの写真がネット上にバラまかれるのは危険だ。

 コロナ禍前に佛道仲間と観音霊場を巡拝していた際のことを思い出した。

 先頭の“先達”(引率者)は丸笠姿に錫杖を持っていたうえ、私たちはお遍路さんの白衣を着ていたので、これを目にした外国人に「一緒ニ写真ヲ撮ッテクダサイ!」とお願いされた。フレンドリーにお受けして写真に収まったので、きっと誰かのインスタグラムに載ったんだろうな。旅行客の立場になって考えれば、日本観光の目玉でもある東京の大寺院でこんな白衣の集団に出くわしたら、確かに写真を撮りたくもなるだろう。

 もうひとつ。

 スキューバダイビングブーム真っ最中だった30年ほど前、会社の仲間とヤップ島を訪れた際のこと。

 いまはどうなっているのか知らないが、当時はグアムやサイパンと違って訪れる人も少ない島。石の通貨もまだ使われていると聞いた。上半身裸で腰蓑のような民族衣装を着た人も時折見かける。マイクロバスに乗って島内観光した際に、運転してくれたガイドさんに「あのトラディショナルなスタイルの人と写真を撮りたいです」とお願いした。「さすがに『裸の人』とは言えないよねえ」などと日本語でケラケラと話していたところ、ある民家の前で車が停まった。「ちょっと待っててね」と車を降りたガイドさん、しばらくすると民族衣装を着た20歳ほどの美しい娘さんを連れてきたのである。お嬢さまだという。これには一同で口をアングリ。そこまで頼んだつもりはなくても、結果として可愛い女の子を無理やり裸にしてしまっただけに、「ありがたい」というよりも「申し訳なかった!」という気になったもの。もちろんそれは民族衣装、そんな気分で眺めること自体がイヤらしいのだが。

 旅先で浮かれるのは仕方がない。それどころか、“日常を離れて浮かれるために”私たちはわざわざ時間とカネをかけて観光旅行に出かけるのだ。

 それでも。

 訪れた国では、ローカルの方への敬意を忘れるほど浮かれてしまっていまいか。立ち止まって考えをめぐらせる余裕を持たなくてはいけない。カードをぶら下げた保育士さんを見ながらそんなことを考えていた。
(23/6/9)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?