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羞恥小話 〜人さらいになりかけた話〜

人間、時には過ちを犯してしまう。それが意図的であったにしろなかったにしろ、思い出してはうなだれたりするものだ。

私は悪い人間との交友もなかったため、やんちゃとは程遠い青春時代を送っていた。
当然のように法に触れるような悪行も、盗んだチャリで走り出したことすらない。そもそも何かに逆らったことすら記憶にないほど、中学生までは模範的な学生だったと記憶している(高校生あたりからいたずらは増えたが、自己完結のやつなのでヤンキーほど影響力のないものだった)。

ただ、良い子であれば良い子特有の失敗もある。
忘れもしない、あれは小学4年生の時だ。

私は人さらいになりかけた。

その日は、近所に住む同い年の女の子の家族と私の家族で、自宅から車で30分ほどの場所にあるショッピングモールに遊びに来ていた。
休日の夕方ということもあり、人はそこそこ多い。私と妹、友人とその妹と弟の5人の子どもたちは、母親から『全員揃って行動すること』を条件に自由時間を設けられた。雑貨屋や菓子屋、おもちゃ売り場など、ぞろぞろと移動して興味対象に向かう私たちの様子は、さながらバスツアー客のようだった。
そして、「ここが最終目的地であり、お母さんたちとの待ち合わせ場所ね」と約束されていたゲームセンターエリアに向かった際に事件は起きた。

「あれ?ケンくん(仮名)は?」
私の母が最年少である友人の弟の行方を我々に尋ね、瞬時にバッと辺りを見渡す。嘘だろ、ついさっきのおもちゃ屋さんまで一緒にいたはず……!しかし、そこに彼の姿はなかった。
彼はまだ小学生にすらなっていない幼子だ。迷子ともなれば一大事。私たちは手分けしてケンくんを探し始めた。

ケンくん、一体どこにいるんだ……!?
人一倍優等生意識ゆえの正義感のあった小4の私は自分が絶対見つけるんだと言わんばかりに彼の姿を探す。彼の特徴である『マルコメ君』のように愛らしい坊主頭を頼りに先ほど訪れたおもちゃ屋周辺を捜索していると、前方50m先に小さな坊主頭を発見!背格好といい、間違いないケンくんだ!

私はこちらに背を向けたままの彼に駆け寄り、肩を掴みながら
「ケンくん!みんな探してるよ!帰ろう!」
と移動を促す。しかし、彼はこちらに一切顔を向けず、まだ手元のトミカを弄っている。私は少しムッとする。この子、いくら帰りたくないからって年上の私の注意を聞かないなんて!
「ほらー!帰るよー!」
先ほどよりも強い力で、今度は両脇腹を掴み抱きかかえ、皆のいる方向に向かって体を引く。すると、彼はジタバタと抵抗し、身をよじって私の手から脱出しようとし始めた。
そんなに嫌なことある?ここら辺から不穏な空気を察知し始めた私。あれ、今日ケンくん水色のTシャツだったっけ?坊主も5厘より長かった気が……。

「もちこちゃん、どうしたのー?」
不意に後ろから自分の名を呼ばれ、振り返るとそこにはまさしく先ほどまで血眼になって探していたケンくんの姿があった。てことは、つまりこの子は……。

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そこからの記憶はもうない。
人間、自分の都合の悪い記憶は改ざんしたり、記憶の海から消したりすることもあるという。たぶん、この先はそれはそれは自分にとって不都合なものだったのだろう。だって、知らない子供を抱きかかえた挙句、そのまま自分の方へと引いていこうとしたなんて、悪意がない子どもの行動だとしても恥ずかしすぎる誤ちではないか。
ただ、たまにこうやってあの時掻いたものと同じ、じっとりとした嫌な汗で額を濡らしながら、枕に顔を埋めて『思い出し羞恥』に耐えきれずうめき声をあげるのだ。

太宰さん、私もあなたと同じ『恥の多い生涯』を現在進行形で爆走中のようです。

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