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美術史第13章『東欧の古代〜中世の美術』


スラブ人の起源となったトシュチニェツ文化の分布図
現在のスラブ人の分布図(東スラブ=ロシア・ウクライナ・ベラルーシ人、西スラブ=ポーランド・チェコスロバキア人、南スラブ=セルビア・クロアチア・ボスニア・ブルガリア・マケドニア人)


  東欧一帯に古くから暮らしていたスラブ人はトシュチニェツ文化を基層に持ち、その後継者的な立ち位置のルサチア文化やスキタイ文化とその影響の強いチェルノレス文化、ゲルマン系ヴァンダル族のプシェヴォルスク文化やその影響の強いザルビンツィ文化、イラン系の騎馬民族国家サルマタイとスラブ人が混ざったチェルニャコヴォ文化、ゲルマン系のゴート族のヴィエルバルク文化にスラブ人が混ざったデンプチン文化などを経て形成され、その後、段々と東スラブ、西スラブ、南スラブに分かれていき、6世紀か7世紀頃までは緩やかな纏まりを保っていたが、その後のビザンツやブルガールといった近隣の諸国家との接触の中で分裂していった。

イオニア都市クラゾメナイで発見されたキンメリア人を描いた石棺
広大なスキタイ帝国の領土

 また、東ヨーロッパは基本的に平原地帯であり、紀元前10世紀頃から現ウクライナを中心に多くの中央アジアからやってきたイラン系の騎馬遊牧民が存在しており、紀元前6世紀には元々住んでいたキンメリア人を追放してスキタイ人がこの地を支配し紀元前4世紀まで繁栄、スキタイは強大だったが独自に記録を残さなかったため、ギリシアのヘロドトスの記録など以外に詳細が不明だが、その勢力圏はアナトリア半島やコーカサス山脈、ドナウ川南部まで広がっていたと考えられる。

アキナケスと呼ばれる剣
スキタイのクルガン

 スキタイの文化ではテント小屋で生活し馬が財産とされ、戦闘はギリシアの青銅製の甲冑を着た強力な軽騎兵で戦い、また、ギリシアの植民都市との貿易により経済発達により社会階層が形成されたことで特に上層の貴族のためのクルガン、つまり古墳が多く作られ、そこには副葬品として青銅の大きい釜や底が平らの手捏ね陶器、多様な装飾文様を持つアンフォラ、精巧な宝飾品が発掘され、戦士の古墳からはアキナケスの剣など多くの武器が発掘されている。

トナカイの小像
何かしらの動物の何か
典型的なスキタイ美術の馬のベルト

 これらのスキタイ美術には武器、鏡、旗頭、馬具などの装飾文様として文様化された動物、特に鹿、熊、馴鹿、鳥などを浮彫もしくは透彫にして青銅器に表現する「スキタイ風動物意匠」と呼ばれる様式が特徴的なものとしてあり、この分布からスラブ人とスキタイ人が非常に密接な関係にあることもわかり、美術の分野ではスラブの他、ケルト美術の動物文様や東洋の遊牧民のノヨン・オール古墳群などにもその影響は見られる。

ズブルチの偶像の完全像の想像図

 スラブ人はスラブ神話という独自の宗教体系を持つ農耕民族で、独自の文化や美術を形成していたのだろうが、キリスト教が伝来するとともにそれらは弾圧、破壊され、その後にはその名残が多少ある程度になっており、19世紀にポーランドで発見された「ズブルチの偶像」などは古代のスラブ美術を伝える数少ないものであり、これは長い立方体の岩で大地を支える神を彫った下段、大地と人々を彫った中段、天と様々な形の神々を彫った上段の三段構造で上には4面にそれぞれ顔が彫られているというレリーフになっており、現存はしないがかなり発展した世界観と美術様式を持っていたことをうかがわせる。

当時の北東ヨーロッパの統一国家キエフ大公国の首都キエフにある『聖ソフィア大聖堂』
北方の中心地であったノヴゴロドに建てられた方の『聖ソフィア大聖堂』

 10世紀末期、キリスト教を受容したスラブ人の間ではキリスト教美術が展開され、中でも現在のロシア、ベラルーシ、ウクライナの祖にあたるキエフ・ルーシという国はビザンツ帝国の勢力拡大によって帝国のギリシア人が信じる正教会が普及し、美術の面でもビザンティン美術の強い影響を被ることとなり、著名なキエフの「聖ソフィア大聖堂」やノブゴロドの方にある同名の「聖ソフィア大聖堂」はギリシア人の指導の元に建設され、現地のスラブ人によって聖堂が建設され始めるのは12世紀以降である。

生神女庇護聖堂
フェオファン・グレクの作品
アンドレイ・ルブリョフの作品

 その頃にはウラジーミルの「聖ウラジミール大聖堂」やネルリ川の「生神女庇護聖堂」などに見られる外壁の動物レリーフのような古代の東欧美術の要素も取り入れられ、また、中世の東欧美術においては寺院と並んでギリシア正教特有の板にテンペラでキリストや聖人を描いたイコン画が重要で、これも初期にはギリシア人の指導のもと作られたが、次第に修道僧の中から画僧としてイコン画家が生まれ、その伝統はソビエト時代に廃止されるまで受け継がれることとなり、中でも特に14世紀に活躍したギリシア出身のフェオファン・グレクとその弟子のアンドレイ・ルブリョフが世界的に著名である。

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