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【広告本読書録:050】はじめての編集

菅付雅信 著 アルテスパブリッシング 刊

2014年に13年間お世話になったエン・ジャパンという会社を飛び出して(そのいきさつはまたどこかで書く)渋谷のマイクロコングロマリット、といえば聞こえはいいがチビ事業の寄せ集めベンチャーに潜り込んだ。ラーメンでいえば『ちびろく』みたいな会社だ。ちびろく知ってますか?

45歳のときでした。「やばい。俺、このままだと求人広告しか作れない50歳になっちゃう。会社はいずれ絶対に俺のクビを切ろうとするだろう。そのときになって慌てふためいたり見苦しいマネをするのはまっぴらごめんだぜ」といういささかパンキッシュな思いから大都会の大企業を脱出したのです。

だからちびろくに入社したのもそこで5年ぐらい経験を積んだら組織から放り出されても平気で食っていけるスキルを身につける目的だったんですね。もちろんちびろくには最低限のリスクヘッジとして雇ってもらうこと以外なんにも期待してませんでした。はなっから自分の力で腕を試せる環境をつくるつもりだったので。年収も300万円ぐらい落ちたし

主に習得しようと狙っていたスキルは『Webマーケティング全般』『Webメディアの企画・立ち上げ・運営』そして『求人広告以外のクリエイティブ』であった。ちなみに『求人広告以外のクリエイティブ』については20代のころ齧っていたので、アップデートしなくちゃという焦り。

だから入社後はなんでもやった。やりました。リラクゼーションサロンのコンセプトからネーミング、まつエクサロンのコンセプトワークとプロモーション、飲食店のネーミング、Webメディア立ち上げ、さまざまな商品やサービスのパンフレットやWebサイト、LP、バナー、ディスプレイ広告、企業のミッション・ビジョン・バリュー制定、組織活性化アドバイザー、サービスPRフレーズ、採用ブランディング…

そのなかにあって、いちばん難儀だったのは、メディアづくり。6年間で3つのメディアをつくり、1つを譲渡、1つは更新頻度低め、もう1つはネットの海に沈んでおります。夢のWebメディアは参入するのは簡単だけど、伸ばしていくこと、あるいは維持だけでも結構パワーとノウハウ、そして何より予算と経営トップの海より深い理解が必要だということを痛感した。

今回ご紹介する『はじめての編集』はそんな、ぼくがはじめてメディアを立ち上げるときに頼り、参考にし、指針にした重要な一冊です。広告本というより編集本だけど、その中に「言葉」を扱い、広告について触れている章があるのでそこにフォーカスしてお届けします。きっと役に立つことあるよ。

梅ちゃんに薦められて

2012年1月25日に初版第一刷が発行された同書。著者の菅付雅信さんは業界では有名人で『月刊カドカワ』『ロックンロール・ニューズメーカー』『カット』『エスクァイア日本版』編集部を経て独立。現在は株式会社グーテンベルクオーケストラという一風変わった社名の会社の代表を務めています。

こんど、このグーテンベルクオーケストラから出ている杉山恒太郎さんの『僕と広告』という本を紹介しますね。それはそれはいい本なんですよ!

話を戻しますと…

ぼくがこの本を知ったのは、編集会議の2016年5月号。「コンテンツ・ビジネス」特集です。この特集では紙から電波、そしてWebまであらゆるメディアの編集やライティングに関わる著名人が登場し、それぞれの立場からコンテンツキングと言われる時代について語っています。

その中ほどで、彼ら著名人が若手編集者におすすめする本のコーナーがあり『東京カレンダー』でおなじみのThe Startup代表、梅木雄平さんが推していたのがこの『はじめての編集』なのでした。ちょっと紹介文を引用します。

きっと多くの編集者が読んだことがあるであろう入門書。企画だけではなくビジュアルの重要性など、編集者として総合的に必要なことが網羅されており、最前線にいる今でも本書を読み返して盲点になっていたと感じることは多い。「文章は飾れば飾るほど汚れる」など表現に対する名言もあり、手元に置いて読み返したい一冊。      The Startup 梅木雄平

梅ちゃん大絶賛。あの東カレの梅ちゃんがここまで推薦してくれるんだから読まない手はありませんよね。

ぼくは「なるほどこれはいまの俺に最も必要な一冊かもしれない」とおもい、その足で本屋さんに駆け込んだのでした。

※あたかも顔見知りみたいに「梅ちゃん」なんて呼んですみません梅木さん

無関心の人を振り向かせる言葉

タイトルの通り、編集の歴史から企画の立て方、言葉について、ビジュアルについて、デザインについて、そして編集の意義拡大までこの一冊で一通りの流儀がつかめる入門書です。

もちろん歴史や企画、デザインなど、いずれの章も興味深い内容ばかり。しかしここではあくまで「言葉」に関する章にのみナイフを入れます。

章のタイトルは『言葉は人々を振り向かせる』。編集における言葉の位置づけと広告における言葉の位置づけは、果たしてどれぐらい違うものなのか。タイトルだけを見ると、それほど大きな乖離はなさそうですが…。

編集物は3つの要素で成り立っているということは、前回お話しました。それは、言葉、イメージ、デザインです。これら3つの要素を使ってどれだけ見事なハーモニーを作れるかが、編集の技術の見せどころなのです。

その基本3要素のひとつ、言葉ですが、編集における言葉、言い方を変えれば言葉の編集とはなにか、という定義づけで菅付さんは「タイトル付けやキャッチコピーやテキスト(原稿)について」と語っています。うん、全部ですね(笑)。

で、次に菅付さんは、メディアの言葉は読まれない前提で考えなくてはならない、と説きます。読者は本文を最初から最後まで読まない。その題材に一切興味ない人の気を惹かなければならないのだ、と。

これ、雑誌でいえばタイトルですね。表紙の見出しで部数が変わると言います。そして、広告のコピーはその最たるものである、と結論づけます。

ぼくはこの「読まれないもの前提」は本当にそうだとおもっています。ぼくの主戦場だった求人広告は、そのなかでも精読性の高いメディアです。それでも、読まれないという意識は必要だと口を酸っぱくして言い続けていました。むしろそれだからこそ読ませる工夫、サービス精神が必要なのだ、と。

菅付さんも本書の中で「プロの文章は退屈させてはいけない」とし、永江朗さんの著書から言葉を引用しています。

美しく正しい文章なんて、退屈で眠たくなるだけです。そんなものはシロウトにまかせておけばいい。プロは客を退屈させてはいけません。

広告コピーは言葉フックの宝庫

そしていよいよ本丸(あ、あくまでこの読書録にとっての、ですが)である広告コピーを題材に話が動いていきます。有名コピーライターとして糸井さんとその作品を紹介します。

菅付さんは糸井コピーを「彼らの言葉」としての広告コピーから「僕らの言葉」としての広告コピーへ、その軸足を大きくずらしたと評します。そして糸井さん自身の言葉を引用し、糸井コピーのポイントを解説します。

従来の広告は貯金がたくさんある、だから好きになりなさい、という割り切り方で説得してきた。だけど、そういう割り切り方以上の何かが“好き”という感情の中には必ずあるはずで、そこのところを見つけない限りはコピーは書けない。

さらに同時代のコピーライターとして仲畑貴志さん、秋山晶さんを取り上げます。仲畑コピーについては全体的にヒューマンな感じのものが多い、とし、一方秋山コピーについてはロマンがある、と。

彼は80年代にパルコのコピーを手掛けているんですが、僕はそれらが非常に好きです。「荒野に出ることだけが、冒険じゃない」「目的があるから、弾丸は速く飛ぶ」「あなたも私もちょっとずつ狂っています」「こんなに憎み合うのは、あんなに愛し合ってたからですか?」など本当に素晴らしいコピーの数々です。広告で「狂う」とか「憎み合う」というネガティブの極みの言葉を使ったのは、僕が知る限り仲畑さんが初めてなんじゃないかと思います。

仲畑さんは広告のタブーを越境していった存在だと位置づけます。しかも秋山コピーを評する節にまで、仲畑さんの言葉を借ります。以下は『秋山晶全仕事』に掲載された仲畑さんの秋山晶論からの引用です。

彼の表現を見ればわかるが、すべてが直截である。不純物を含まない。速く飛ぶ。速くコミュニケートする。情報が伝達するスピードを上げる。そのために、不要な雑物は、極力取り除かれている。だから、きれいだ。(中略)文章は飾れば飾るほど汚れるものだから。(中略)形容詞は甘く触れてくるが、その分腐るのが早い。

菅付さんは上の仲畑さんの言葉を、自分がタイトル付けするときの金科玉条にしているとのことです。これは広告コピーのみならず、メディアにおけるタイトリング全般にあてはまる、としています。

ん?ここまで書いてふと気になったことがあります。

冒頭で紹介した梅ちゃんの、この本の推しコメントに【「文章は飾れば飾るほど汚れる」など表現に対する名言もあり】とありましたね。それ、菅付さんの名言じゃなくて、仲畑さんじゃないですか!!!まったくこれだから梅ちゃんは…(あらためて言っときますが一面識もありません)。

文章力は読書量に比例する

と、まあ広告コピーを引用し、編集における言葉の重要性がとくとくと語られています。ざっくり結論をいえば、広告コピーもメディアのタイトル付も本質的なところはそんなに大きく変わらない、ということです。

特に、これから紹介する「言葉のまとめ」に関しては、言葉で生計を立てている、あるいはこれから立てようとする人全てに共通していえること。

編集における良い言葉の作り方には王道はありません。しかし文章力はきちんと鍛錬を積むことで上達するし、一般論ではありますが文章力は読書量に比例します。良い文章を書こうと思うなら、読書の質を保つことが肝心です。と、菅付さんはやんわりと、しかしハッキリと断言します。

作家の高橋源一郎さんも「ひとつだけ確実にいえることは、なにかを『書く』ために、もっとも必要としているのは『読む』能力だということなのです。(13日間で「名文」を書けるようになる方法)」と言っています。

いい料理人と同じだ、と菅付さん。普段の食生活が悲惨な一流の料理人はいないはずだ、といいます。

料理の例えで続けていうと、タイトルやキャッチというのは題材の味付けです。相手のためにどう味付けするか。ただし題材がすごく強い場合は題材そのまま(=刺身)の方が美味しい場合もあります。

まさにこのあたりも、広告コピーにもあてはまりますよね。と、いうことで言葉の章についてはガチで広告本の仲間入りをしてもいい、いやするべきだとおもって今回取り上げた『はじめての編集』なのでした。

や、ほんと、他の章も面白いし横展できる内容ばかりだから、広告人にこそ読んでほしいです。編集界隈の人たちだけのものにしておくのはもったいないです。

最後に、糸井さんの言葉の極意が紹介されているので、そちらを引用して終わりにしたいとおもいます。

必要なのはセンスでも才能でもなく、真面目に考えること。すらすらとでたらめを書く技術がどれほど上がったところで人の心には響きません。どんなに不器用でも真剣な眼差しで目を見ながら『頑張ります』と言われたら言葉は拙くても期待しちゃうじゃないですか。文章もそれと同じでしょう。
(COBS ONLINE トレンドサプリ「糸井重里インタビュー 読み手に伝わる文章の極意」より)

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