【広告本読書録：007】対談・快談・松永真

松永　真著　誠文堂新光社刊

ぼくが駆け出しの頃、尊敬するデザイナーの先輩Sさんから「てるお、絶対読んだほうがいいよ！面白いよ」と超絶おすすめされた本があります。

それが『対談・快談・松永真』です。

まーた古い本が…と思ったそこのあなた！そのとおり。奥付を見ると1989年4月発行とあるので、ざっと30年前ですね。思えば遠くに来たものです。

対談・快談・松永真

松永真さんは業界を代表するグラフィックデザイナーです。資生堂宣伝部を経て松永真デザイン事務所を設立。資生堂のサマーキャンペーン、ベネッセ、カンチューハイ、スコッティのパッケージデザイン、国立西洋美術館のCI計画など多数手がけています。

この対談集は雑誌『ブレーン』にて連載されていた“クリエイター事務所のぞ記”を一冊にまとめたもの。各分野で活躍中のコピーライター、デザイナー、イラストレーター、フォトグラファー、空間デザイナー、CIプランナー、インテリアデザイナー、建築家、CFディレクター全28名とのトークセッションをパッケージしています。

さすがクリエイター対クリエイターということで、質問も、それに対する回答も、読者の知りたいツボを見事に押さえたものばかり。対談相手もインタビュアーが松永真さんということで、ふだんよりもリラックスして本音ベースであれこれ語っています。そこがこの本の魅力といえるでしょう。

ぼくがこの本から学んだことも、まさにそれ。クリエイターのインタビューにはクリエイターをもって制すると、内容が深くなる。だったらこれから自分はインタビューするとき、インタビュイーと同じ職業観をもって臨めばいいんだ、とおもい至ったのです。

もちろんぼくはコピーライターであり、エンジニアにはなれないし、営業マンにもなれません。でも、事前準備を徹底的にすることで、知識の面で近づくことはできる。それと、取材対象者の仕事と自分の仕事の共通項（わずかなものでもいい）を探すことで、共感のポケットはつくれる。そうしたらそこを起点に話をひろげていけばいいのです。

いろいろあるぼくの仕事の中で、インタビューというジャンルは比較的得意な領域ですが、それはもしかしたらこの本での学びや気付きがきっかけなのかもしれません。

実際の本の中身を紹介します。

まず、やはりクリエイターの肉声というか、生の声で語られる仕事観、労働観は面白い。苦労話ですら、なんとなく憧れをもって読めてしまいます。みんな、まっすぐ上手いこといったわけじゃないんだなあ。楽して成功したんじゃないんだな、と勇気づけられます。あと、基本的に全員がフリーランスあるいは個人事務所なので、独立までのあれやこれやがリアルにわかる。いまでこそインターネットでかんたんに検索して、こういった話を手にいれることができますが、当時は本しか頼るものがなかったからね。貴重でした。

それと、有名なクリエイターがほとんどなのですが、先入観というかイメージを大きく裏切る意外性みたいなものがあって、面白いです。たとえば湯村輝彦さんが早寝早起きかつ酒を断っていたり、小野田隆雄さんが独立したての高揚した気分で見栄を張っていたり（「前言訂正」という寄稿で釈明している）。意外性って人を惹きつけるんだな、とわかります。

で、フリーランス的な働き方というのは、一見すると自由のようで、実は不自由なことも多いんだということもうかがえる。もちろん、糸井重里さんのような生粋の一人親方みたいな人もいるのですが、独立や起業、フリーというのはやはり向き不向きがあるみたいです。

ちなみに、ぼく自身はフリーランスはぜったいに向いてない。っていうか無理です。そこは自信がある。まず会社にいかなきゃいけないという強迫観念というか、枠組みというか、縛りがないと仕事しないです。すんごいなまけものですから。

何年か前に、長いこと勤めた会社を辞めた時、有給がたらふく残っていて40日ぐらいあったのかな。で、そのうち面倒くさいから10日捨てて、30日お休みしたことあったんです。まだ45歳で体力もあったし、お金もなくはない。ふつう、海外とまではいかなくても旅行いったりしそうなもんでしょ？あるいは趣味に打ち込むとか。映画を毎日1本観に行くとかね。そういうの、一切しなかったんです。マジで何にもしないで30日が過ごせちゃう。そういう人間なんです。だから独立なんかしたら絶対仕事しない。できない。

そういう視点でこの『対談・快談・松永真』を読むと、これまた違った面白さがある。それが、ぼくがこの本を30年にわたって何度も繰り返して読んでいる理由なのかもしれません。ホント、何回読んでも面白いんです。Sさんの言う通りでした。この文章を書くためにひさしぶりに本棚から引っ張り出したんだけど、また面白くてしばらく読みふけりそうな予感がしています。