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取材の心技体・「体」編…インタビュイーという名の怪物

またやってしまった。こういうところが自分のよくないところだってわかっているんですが…うっかり『取材の心技体』なんて上手いこと言ってる感あふれるタイトルにしちゃったばっかりに「次回は“体”編です!お楽しみに」みたいな流れを自らつくってしまった。

特に誰も、この連載を楽しみにしていないのはわかっている。
なのでそんなに気にすることはないこともまたわかっている。

しかし、それにしてもなんだ“体”って。
取材の心技体の体ってなんなんだ。

心は、まあわかる。心得とか心構えとか、あるいは適性などですね。こころがけておくこと、なども含まれるでしょう。技もそう。言うなればテクニックですから。ノウハウ的なことを述べればいいわけです。

しかし今回に至っては体である。何?体って。表情や言葉づかい?名刺交換?マナーみたいなヤツか?

ま、それで話をすすめられなくはないです。たとえば取材対象者が会議室に現れるまで立って待つ、とか。あいづちは何分に1回に留める、とか。でもそういうのはほら、もうググればいくらでも出てくるTipsじゃないですか。それはその道のプロにまかせればいい。

うーん…言葉遊びで自らの首を締めるという、いつもの癖がでてしまいました。すみません。ここはひとつ体の定義がなされぬままではありますが、仕方がないのでぼくの25年近い求人広告人生で最も窮地に陥ったときのエピソードをご紹介してお茶を濁すとします。

■ ■ ■

求人広告ベンチャー企業に入社して1年目の春。その転職サイトの最初の大幅リニューアルを迎えることになりました。サイトの構成も検索エンジンも大きく変更が加えられます。当然コンテンツも内容一新、ということで新たに有名優良企業のトップにお話をうかがう『トップインタビュー』を特集企画に据えることになりました。

そのサイトは、いまでこそ業界内で覇権を争うメガサイトに成長しましたが、当時はポッと出の無名サービス。掲載件数も登録者数もそれはそれはプアなものでした。ゆえに大手企業、有名企業の掲載は喉から手が出るほどほしい。当然、パブリシティ効果を期待しての無料掲載も少なくなかった。

だからこそリニューアル一発目の、ブランニューな特集『トップインタビュー』は時代の寵児的な企業を掲載したい。その思いが天に届いたのか、当時業界初のネット専業証券会社として注目を集めていた『M証券』のM社長にインタビューできることになったのです。

当然のように、インタビュアーはオレ、ということになります。なんせ当時の制作部門はぼく以外の4人全員が未経験者でしたから。しかしぼくは証券業界はもちろん株だの投資だのということに一切興味がなく、知識もありません。サッチンというあだ名の担当営業の女性は、ぼくを見かねてさまざまな資料や書籍を山のように用意してくれます。

「早川さん、これ読んどいてね」
「あいよ」
(ドサッ!)

それらに目を通していくにつれ、どんどん恐怖心が募っていきます。M証券のM社長は兜町のエイリアンとの異名を取る、相当な変わり者らしい。なんでも創業者の娘婿としてM証券に入社し、先代に仕えてきた古株社員を全員クビにした、とか……とにかく鬼気迫るエピソードの宝庫でした。

担当営業も先方の広報に聞いたところ、M社長は相当な癇癪持ちで、頭のキレがすごいぶんおかしな取材でもしようものならその場で「出ていけ」となる記者が結構多い、とのこと。出ていけ、って。英語でゲラウトですよね。

「早川さん、くれぐれもよろしくお願いしますね。証券業界の話は私、多少できるから任せて」とサッチン。おうよ、もちろんよ、なんならぜんぶお任せしたいわよ。早くも腰が引けていました。

しかしまじめな話、どうしたものだろうか。いまさら付け焼き刃で株や投資を齧ったところで敵はプロ中のプロ。太刀打ちどころか土俵入りすらできないんじゃないか、とおもいながら資料を眺めているうちに眠気が…Zzz

■ ■ ■

ほどなくしてやってきた取材当日。ぼくもサッチンも朝から緊張しつつ業務に取り組みます。アポは14時。昼飯も食べず、いや食べられずにM証券に向かいました。地下鉄の中では終始MUGO…ん、色っぽいでした。

「大変申し訳ございませんが本日アポが詰まっておりまして、取材のお時間を15分とさせていただきます。あと、大変言いにくいのですが…午前中に週刊○○経済の記者さんがMを怒らせてしまったようで…若干ご機嫌ななめです、ごめんなさい」

広報の女性が小声でそっと最悪の状態であることを打ち明けてくれました。やめてよ~、とおもわず顔をしかめたら、隣で同じ表情のサッチンが。ぼくらはめちゃくちゃお腹をすかせたトラの檻に極上のサーロインを首からぶら下げて入ることになりました。死刑執行まであと何分なの?

「失礼します」広報の女性に誘われていざ社長室へ。そこにはここ数日、経済誌や新聞でいやというほど見てきたおなじみのM社長が。実際には想像よりも小ぶりで一瞬「あれ?」って印象なんですが、オーラというか威圧感がハンパない。

おまけに午前中の取材トラブルのせいで、どことなくピリピリした雰囲気。蛇のような鋭い眼でこちらを一瞥し、すぐに手元の資料にまなざしを落とします。まずはサッチンが天使の笑顔でジャブを繰り出します。

「M社長、本日はご多忙中にも関わらず貴重なお時間をいただき…」
うるさいっ!要件を言え、要件を!」

ひぃぃぃぃ…ぼくは求人広告のコピーライターになった自分の人生を心底呪いました。なんでいきなり怒られなきゃならんのよ。そして初手からエメラルドフロウジョンをかまされたサッチンは…いかん、白目むいとる。

「なんの取材だ、何を聞きたいっ!?早く言えっ!」

ひさしぶりにこういうスタイルのコミュニケーション勇者に出会った気分です。軍人みたいです。こわいよー。

「は、はい、今日はですね、私どもの求人メディアに掲載されるインタビューのですね」
「そんなことはどうでもいいっ!質問をせよ質問を!」
「は、はい、あの、御社が証券業界でいち早くネット専業に舵を切られたのは周知の事実ですが、そのときのM社長様に勝算というものは果たしておありだったのか…」
「……」
「しゃ、社長?」
「……」
「あの、もちろん業界からは否定的な声とか…」
「違う違う違う違う違う違うぅぅぅぅ!!!」
「ひぃっっひぃぃぃ~」

BGMは鈴木雅之で『違う、そうじゃない』でした。

■ ■ ■

みなさん、これ、半沢直樹みたいだなと思うかもしれませんよね。でも全てノンフィクション。真実です。いまから20年ぐらい前の本当のやりとりなんです。サッチンはランニングエルボーを連打されて気絶寸前でした。

冒頭からずっと黙っていたぼくもこれはもうダメか…と諦めかけたのですがどうせ3カウント取られるなら、とキューソネコカミしてみたわけです。

「聞きたいのはそんなことか、だったら出て…」
「お待ちくささい、あ、あの、最後にひとつだけ、ぼくのほうから。どこかの資料で読んだのですが、社長は就任時に先代についていた社員に全員辞められましたよね。それなのにいま、この業績です。当時、反旗を翻して辞めていった社員になんて言いたいですか?」
「……」
「………」
「…………」

無言の攻防戦が続きます。ここは先に喋ったが負けです。気が狂いそうなプレッシャーの中、ふんばりどこでした。すると

「……ザマアミロ、だな」
「…ざ、ざまあみろ?」
「ああ、ザマアミロだよ。いいか、会社の社長なんてのはガキ大将だ、この指とまれ、ってやるんだよ。で、指にとまったやつらと一緒に右なら右、左なら左って向かっていくんだ。で、間違ってたらごめんなさい。そんでいいんだよ。だから今回はオレに付いてこなかったヤツら、ザマアミロだ」

ぼくはM社長が「ザマアミロだな」と言ったとき、すごくうれしそうにニヤリと笑ったのを見逃しませんでした。そしてもしかしたらこの試合、勝てるかもしれないぞとおもいました。

結局そのあとのM社長のトークはエンジン全開で、超絶盛り上がりました。いただいたお話の中には抱腹絶倒のエピソードもあり、さっきまでの苦痛の涙が爆笑の涙に変わったほどです。そしてなんと次のアポも、その次のアポも秘書さんに断らせて、1時間もインタビューに応じてくださったのです。

■ ■ ■

もともと証券や株式といった知識に疎いぼくがちょっとばかし一夜漬けで身につけたネタで試合にでても、負けるに決まっています。だから、思い切って自分でも掛け合いができる土俵にM社長に上がっていただいたわけです。

しかも、今回のインタビューが掲載されるのは求人メディア。サイトを訪れる人は求職者です。で、あれば掲載されている会社のトップが人に対してどんな考え方をしているのか、は最も興味のある内容ではないだろうか。

それであれば、兜町のエイリアンともサシで渡り合える。負けるかもしれないけど少なくともタイマンは張れる。サッチンが右ストレートな質問で潰されたのを横で見て、瞬間的に開き直ったんです。

ここからわかることは、やはり「事前準備はしっかりやる」上で「自分の苦手な領域、不得意な領域で勝負しない」ことの大切さですね。さらにいえば「無言を恐れない」「バカになる、ピエロになる」こともプラスに働いたのではないでしょうか。

そうそう、このエピソードには後日談があります。このM証券M社長のインタビュー記事にはなんと1文字も赤が入りませんでした。広報の方いわくこれまでM社長が赤を入れなかったことはなかったんだそうです。

小さなことだし、本質的な話ではないかもしれませんが、単純にうれしかったですね。FAX(当時はFAXで原稿確認していた!)ごしに気持ちが伝わったような気がして。

■ ■ ■

と、いうことで、取材の心技体の「体」といいつつ、全体を振り返るとあれですね、一応前々回で書いた「心構え」と前回の「法則」を実践するとこうなる、みたいな話に着地しましたね。とりあえず伏線回収はできたかな。

とにかく事前準備はきちんとしつつ、勝てそうにないときはなんとか自分の土俵に持ち込むこと。相手に刺さるトークやフレーズがあれば臆面なく使うこと。メモなんかどうでもいいからその場の空気をつかみ、自分のものにすること。相手をスキになること。

それらが積み上がって、取材の体ができるのだと結論づけるのは、いささか強引でしょうか。

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