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【広告本読書録:017】細谷巖のデザインロード69

細谷巖:著 白水社:発行

ぼくのいちばん若いお弟子さんは、なっちゃんといいます。24歳。若いですね。新卒でぼくのもとにやってきて、1年目はWebメディアのコンテンツを中心に、2年目は採用広告をつくる仕事をやってもらっていました。

彼女は相模大野の実家に住んでいて、大学時代も実家通い。そしてアルバイト先も地元のゴルフ場近くのそば屋さんで、といういまどき珍しい(?)向田邦子の作品にでてくるような、素朴なお嬢さんです。

そのなっちゃんが、入社したてのある日、言うのです。

「バイト先のそば屋さんに、ホソヤガンさんがよく来てまして…」

え?ホソヤガンって細谷巖?あの、キューピーの細谷巖?ライトパブリシティの細谷巖さんが??マジで?デジマ?デジタルマーケティング?と、ここまでオヤジギャグを繰り広げたぼくはすかさず聞きました。

「ど、ど、どどんなだった?怖い?やっぱり見た目通りイカツイの?」

するとなっちゃんは

「ぜんぜんそんなことありませんよ~!ふつうのやさしいおじいちゃんでした~。ゴルフ帰りに寄ってくださってて、いつも団体でいらっしゃるんですけど、みなさんすごい酔っ払うんで結構困って笑」

いや、なっちゃん!なぜそこで自分を売り込まない!?話によると細谷さんとは相当親しくしていたそうで、もしかしたらライトに入れてもらえたかもしれないのに!なっちゃん、きみはなんて欲がないんだっ!!!

と、いうわけで今回はこちら! 

デザイン界の巨人、細谷巖

細谷巖さんは日本を代表する大御所グラフィックデザイナー。高校卒業後にライトパブリシティに入社し、デザイナーとしてのキャリアをスタート。それが1954年ということですから、デザイナー歴は今年で65年(!)ご年齢は84歳です。なっちゃんが大学生でそば屋のバイトやってたのはいまから4年ほど前ですから、80を過ぎてもゴルフとお酒で元気よく過ごされていたんですね!すごい!本当に、お元気で長生きしていただきたい方のひとりです。

代表作はなんといっても、コピーキ○ガイ(だって糸井さんが…)秋山晶さんとのコンビで長く続く『キューピーマヨネーズ』のシリーズ広告。一見して細谷・秋山コンビの作品だとわかる、永遠のレイアウトとコピー。ぼくも駆け出しのころ、先輩デザイナーと一緒に追いかけたものです。

そう、この「ライト調」といわれるデザインテイストやレギュレーションは細谷さんがつくった、といっても過言ではありません。一方の雄である「サン・アド調」については既に語ってありますから振り返って読んでちょ。

そして、そんな細谷巖さんが、かなーり裏話的な、本音ベースでこれまでの歩みを語った一冊がこの『細谷巖のデザインロード69』なのです。

どれぐらい本音ベースかというのは、この「あとがき」の冒頭の一節からもわかるのではないでしょうか。

あとがき
言わなくてもいいこと、書かなくてもいいことまで記してしまったかもしれません。そして、ほんとうに書かなければいけない、もっと大切な、肝心なことがあったのではないか、と気になります。
~中略~
いかがなものか、とても心配です。人はそれぞれ、それなりの生き方があるように、私なりの姿を見ていただけたらと思い、すべてではありませんが、極力、正直に書きました。

正直。だから好感が持てる。

実際、この本は細谷さんの一人称で展開されるこれまでの仕事、生活、趣味などを織り交ぜた『自伝』なのですが、語り口だけでなく内容も正直そのもの。読んでいても嘘偽りないんだろうなあ、と思わせてくれます。

構成は
【1】イントロ
【2】少年時代
【3】ライトへの就職と日宣美への挑戦
【4】向秀男さんや田中一光さんとの交流
【5】先代社長信田さん
【6】結婚~世界一周の新婚旅行
【7】秋山晶さんとの出会い
【8】アウトロ
というもので、主に回想が中心。周知の事実もあれば、当事者しか知らないこともあり。また細谷さんならではの視点で描かれている箇所もたくさんあります。でも読んでいてつい引き込まれてしまうのは、きっとその細谷さんの視点が正しくまっすぐだからなのでしょう。

正直、というところでいうと、細谷さんのお人柄が滲み出ているところもあれば、ほんと、そこまで書いちゃうの(笑)?って部分もあります。いくつか引用してみますね。

日曜日は洗濯をしたり、布団も干さなきゃいけないし、掃除をしたり買い物に行ったり、やることがたくさんあるんです。けっこう忙しいんですよ。部屋はフローリングなんだけど、モップが嫌いだから雑巾がけをするの。もう、ゼイゼイ言っちゃう。買い物は用賀のスーパーで。とにかく不愉快なのは賞味期限と消費期限が書いてあることね。あれに追われるんですよ。いつまで大丈夫かなと心配しながら、食べるわけ。日曜日に四日分ぐらいの料理を仕込むかな。

細谷巖が日曜日にスーパーで買い出し!?見かけたら手伝いますよ。

会社までは電車ですね。以前はポルシェで通勤してたけど、ある日突然、ばかばかしくなって止めたの。高速代が七百円。しかも渋滞でしょ。車はね、若いころ、最初は中古のMGA、それからイタリアのデザイナー、ジョバンニ・ミケロッティがデザインしたトライアンフTR3、スピットファイアー、TR4、そして、フェルナンド・ポルシェの911。

細谷さん、車の趣味良すぎ…スピットファイヤーなんて最高でしょ。

その人が描いたレコードジャケットは、いっぱいあるんです。たとえばジーン・クルーパーというドラマーが叩いているものとか、みんな手がブレている。そこからヒントを得て「オスカー・ピーターソン」のポスターをつくろうと思ったんですよ。だから、あれ、じつは真似なんですよ。ストンマーチンのイラストを、写真に変えただけ。もちろん、真似っていったってそっくりじゃなくて、全然違うんだけどれどね。ヒントを得たというか。それは告白しておきたいんです。

おお…細谷さん…正直。例の五輪エンブレム審査のときの心境はいかに。

亀倉先生に先生のデザインは「ださい」なんて言っていたんですから。だいたい、先生は「構成主義者」でしょう。キャッチフレーズの文字を太ゴシックで組んで、文字が潰れてしまっても平気なんですよ。「組みは線だよ」とか言って。もちろん傑作はいっぱいありますよ。だけど、あの先生も真似っこだったの。初期の日宣美展のポスターなんか、ハーバード・バイヤーそっくりなんだもの。まあ、それでも傑作をつくってましたけど。それを言ったら、先生は「真似からはじまるんだ」と言ってましたね。伊藤憲治先生は、そのようなやり方をけなしてましたよ。

日本グラフィックデザイン界の大権威、亀倉先生にも歯に衣着せず…

それに、これはオフレコかもしれないけれど、田中さんはホモセクシャルの気があって、ぼくは誘われて夜を共に過ごしたことが一度あったんです。田中さんの部屋でお酒を飲んでいるときですが。~中略~ それでぼくは誘われるままに、抱き合ったんです。楽しいことなどなく、なんか悲しかった。ぼくとは、そういう親密(?)な関係もあったのに、本の中ではひとことも触れていないんですからね。ちょっと変だと思うんですよ。ぼくのほうがおかしいのかな。

た、田中一光さんが…ホモ??はい、細谷さんのほうがおかしいかもです。っていうかどんだけ正直なのよ、ってかんじですよね。

ほかにも細谷さんが並みいる先輩(向さん、村越襄さん)を出し抜いてライトパブリシティ二代目社長に就任するシーンとか、秋山さんや鳥居邦彦さんが会社を辞めようと画策していた話とか。もうほんと、赤裸々に、という言葉がぴったりなんです。いろんな意味で貴重な一冊だとおもいます。

圧巻、秋山晶の存在感

まあ、こんなかんじでどんどん服を脱いで裸になっていく細谷さん。読み進めるうちになんか細谷家のお風呂にでも入っているような気になってきます。しかし、そんなほんわかモードばかりでもないのがこの『細谷巖のデザインロード69』。やはり圧巻なのは秋山晶さんとの出会い、ですね。

講談社の編集にいた秋山さんが、細谷さんのつくったヤマハオートバイのポスターを見て、ライトに入りたいとおもった…というエピソードは有名です。もちろんこの本にも、そのポスターと一緒に逸話が紹介されているのですが、面白いのは「それから」の話が続いていくこと。

最初から秋山&細谷コンビで仕事をしていたわけではないんですね。いきなりキューピーで鮮烈デビュー?なんて勝手におもっていたので(ちゃんと思い出せば秋山さんの最初の仕事は確かキヤノンかなにかだったはず…)そうだったのか!という発見がありました。

しかも、コンビを組んで最初の仕事が『BLACK&WHITE』というウィスキーのポスターだったという。このポスター、黒いボトルなのに黒バックで、ラベルが印象的な作品です。結果、ADC金賞を穫ることになるのですが、キャッチコピーで細谷さんがヘマします。

貴族がつくり国王が陶然とした。

句点がないからもう少し字間をあけるべきだったのが、忘れちゃったそうで。そのおかげで「貴族がっくり」とも読めちゃうよ、と秋山さんに怒られたんだそうです。ポスター作成過程はけっこうテンション高めというか、シビアな展開だったのですが最後にオチがついちゃいました。

あと、広告フリークでなくても一度ぐらい聞いたことのあるフレーズ…

男は黙ってサッポロビール。

これも秋山&細谷コンビによるものなんですが、ここに至るまでの話が描かれています。そもそもサッポロは朝倉勇さんがコピーを担当していたのですが、あるシリーズ広告の時に病気で入院してしまった。そこでバトンが渡されたのが秋山さんなんだって。

そこから生まれたのがDDB風のノングラフィック広告シリーズ。話題にもなり、広告が世の中を動かす実感があったそうです。ただ、サッポロビールはまだ女性的なイメージが強かった。そこで、ガリバーであるキリンに対抗すべく三船敏郎さんの起用が決まったと。

NHKの調査で当時、好かれる男性のナンバーワンは「寡黙な人」でした。そして秋山さんがこさえたキャッチが、これだったんです。男・沈黙・サッポロビール。このキャッチを最初に見た細谷さんは、明朝ではダメだなと。そこでゴシックで組むんだけど、何かちがう。

黒澤映画の三船さんはとても魅力的。一枚の印刷媒体で黒澤映画に匹敵する作品はできないものか…と思い悩んだ細谷さんの脳裏に「ハッ」と浮かんだのが…筆文字。黒澤映画はタイトルがすべて筆文字だったことを思い出したんだそうです。でも、細谷さん自身は筆文字はお嫌いでした。それでもこだわらずに機敏にポリシーを変えてしまうのが細谷流とのことです。

しかしこのポスターは本当に話題になったものです。なにしろ商品名もロゴも社名すら入ってないんですから。画期的といえば画期的。斬新といえば斬新。ぼくも物心ついたときから「男は黙って…」のフレーズを口にしていたぐらいですから。

ここから学べること

映画、音楽、小説…ふだんからのインプットがいかに大事か。そのインプットもセンスが悪くては仕方がない。いかにセンスよくインプットするか。それが大事なんだなあ、と思わせてくれます。

日宣美のオスカーピーターソンしかり(ジャズ喫茶でみたレコードジャケット)男は黙って…の筆文字しかり。

では、わたしたちのような一般ピーポーはどうやったらセンスのよいインプットができるようになるか。ぼくがおもうに、まず物事の判断基準を明確にすることからではないか、と。

ぼく自身、センスが良いとは言い切れないけど、たとえば身につけるものや所有するものには一定の基準を設けています。ぼくの場合、それは「品があるか、どうか」。品、とは品性ですね。

いつも上品である必要はないんですよ。時には下品な、というか下世話なものにも目を向けるし、嫌いじゃありません。逆になにもかもお上品で澄ましてるのって、嘘くさいとおもう性質です。ただ、下品なものを扱うときにもそれが下品である、と正しい認識に立った上でコントロールできていればいいんじゃないか。

そういう基準で読む本、買う服、通う店、飲む酒、乗るクルマ…とチョイスしていけば、もしかしたら少しだけセンスというものがよくなるかもしれません。そのようなことを意識してみると、それはそれで、モノ選びが楽しくなったりもしますよ。

フリーにならない、という選択

本に戻りますと、細谷さんは一生涯をライトパブリシティという会社にささげています。しかし当然、フリーランスにならないか、あるいはウチに来ませんか、という声が常にかかっていたといいます。

いまほどではないにせよ、細谷さんの黄金期は間違いなくクリエイター=フリーランスというのが出世(?)コースでした。いまはさらに拍車がかかっているようで、電通にせよ博報堂にせよクリエイターは一定年数を経ると必ず独立するような仕組みになっています。

しかし細谷さんはフリーにならないという選択をした。

他の会社からの誘惑の話もいっぱいありました。当時はみなさん、フリーランスのデザイナーになるのが憧れだったんです。一目置かれるみたいで。でもぼくは、フリーって全然興味なかったの。独立して、しかもライトみたいな組織をつくって維持するのは大変なことでしょ。安い給料でもこの組織にいたほうが得だという考え方なんですよ。

わかります、この気持ち。ぼくも、細谷さんとはまったく違うレベルですが周囲の人に独立しないの?とか、フリーでやったほうが儲かるじゃん、とよく言われます。でも、そういうこと言ってくれる人は、当たり前ですがその後のことまで保証してくれないですよね。だから周囲に言われたからってフリーになるのはおかしいとおもうし、なによりぼくの場合は生来のナマケモノ気質が邪魔してうまくいかないとおもう。だいいち一人で仕事することに魅力を感じないんですね。

また細谷さんは、広告の仕事は「ガマン力」が大事だ、ともいいます。

でもね、うまく言えないけど、すてきなものをつくっているのに、持続性のない人が多いんですよ。質の持続というのは、やらないといけないと思うなあ。アーチスト志向の人は、みんな途中で辞めちゃいますね。広告はツライ仕事なんですよ。広告の仕事は七、八割がガマン力。クライアントからの注文、クレームとか面倒くさいことをガマンせざるを得ないでしょ。広告はガマン力ということは、声を大にして言いたい。

これもよくわかります。若い頃はクライアントから修正が入ると烈火の如く怒っていたんですが、いまはもう、そんなことはありませんね。昔に比べて感情の起伏が乏しくなった…のではなく、広告の目的も、修正の意図も、またなぜ直すのか、といった本質的なことまでわかるようになったからです。それを一般的なコトバで端的にあらわすと、ガマン力、というね。

とにもかくにも、世の中の流れがこうだから、とか、トレンドがこうなので、といった理由で物事を判断しないこと。むしろマジョリティが向かう方向の逆をいってみる。もちろんそこには自分なりの勝算や矜持があった上でですね。そういう生き方って、個人的にはとても好きだし、自分もそうでありたいと常におもってきたものです。

“細谷語録”名言の数々

ほかにも紹介しきれないほどの名言にあふれているのがこの本です。ぜひ興味のある方は密林ででも入手していただきたい。別にデザインの仕事や広告に関わっていなくても、役に立つ考え方や視点がたくさん得られるとおもいます。もうちょっとだけ引用しますね。

考え方はころころ変えたほうがいい。たいしたプライドでもないくせに、こだわる人がいるでしょ。「バーカ!」って言いたいですね。プライドなんか、実はどうでもいいんですよ。いかにいいものをつくるか。いかにお客様に満足してもらえるか、そっちのほうが重要でしょ。ところが、そういう大事なことを忘れて、つい自分の立場にこだわっちゃう。そうすると自分ががんじがらめになっちゃうんです。

こういう話を人生の先達から聞くと、本当に安心できますよね。ともすれば正か負か、勝ちか負けか、0か100かで判断されてしまうのが現代社会。でもそんななかで「絶対」はない、考えられれば、大げさに喜んだり悲しんだりする必要もなくなる。ずいぶん品のいい社会になると思うんですけどね。

だからねぇ、こだわらないほうがいい。よく絶対ってことを言う人がいるでしょ。だけど、世の中はクルクル変わっていく。商品も、使い方も、価値観もクルクル変わるでしょ。変わるのが人生なんですよね。当たり前なんですよ。ぼくはそう思うわけ。だから「絶対」ということはないんですよ。

確かに、そうですよね。ぼくの周りにも二言目には「絶対」というコトバを使う人がいました。そういう人は、ある一定のところまでは直線的に成功を収めることができるけど、状況というか前提が崩れるともうだめ、みたいなかんじの人生を送っていましたね。

だからぼくが言うときはね、「絶対じゃないかもしれないけど、大丈夫だよ」って言うの。ね、相当大丈夫な場合ですよ。でも、絶対とは言わない。だって、事実そうなんだから。これが本当だと思うんですよね。当たり前でしょ。「あたりき、しゃりき、車引き。ブリキに、タヌキに、蓄音機。テトロン、ナイロン、カシミロン!」ですよ。

ちょっと最後のくだりがわからないのですが(正確にいえばわかるんですがなぜここで?と)ま、そういうことですよね。

そんな細谷さん、デザインすることはまず、やさしくないとだめだといいます。デザインの役割はコミュニケーションだとすると、自己満足では済まされないし、同時代性も求められると。「使われるため」「伝わるため」が求められているんですね。このあたりに細谷さんのデザイン哲学の源流があるんじゃないか、と睨んでいます。

もっというと広告は商品を売るため、インテリアは心地よく住んでもらうため、ファッションは気持ちよく着てもらうための仕事。そこから細谷さんは自分の場合は広告だけど正確に言うと「愛する人のために」広告のデザインをしているといいます。

これ、至言ではないかとおもいます。

なにもデザインだけじゃない。あらゆる企業がつくる商品のすべては、愛する人たちのために生産されていると言えますよね。だからこれを究極の考えとして、理念に基づいてデザインをしていると。

岩崎俊一さんもコトバは違えど、ほぼ同じ趣旨のことをおっしゃっていました。企業の存在理由、商品の存在理由について触れる中で、すべては人の役に立つためである、と言及。

至る道はそれぞれ違う。やることは別々である。しかし、めざす星はただひとつ「人の幸福」である。逆に言えば、そうでない企業や商品はこの世に存在する理由はないのである。

岩崎さんは、この考え方に自分のコピーライティングという仕事の哲学を照らし合わせています。細谷さんと、同じであることがわかりますよね。

やはり一流の人は、みな、どこか根っこの部分で共通するものがあるんだなあとおもいました。

この回はぼくのいちばん若いお弟子さんである、なっちゃんに贈ります。
なっちゃん、新しい環境でもがんばって、いい文章を書いてください。

(おしまい)

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