“はたらくおじさん”のオトナ版をつくる
いまから20年ほど前。
30歳で人生が変わる転職をしました。
居酒屋の店長から、ネット求人広告専業のベンチャー企業へ。そのベンチャーはその後数々のアドベンチャーを経て、いまでは立派な東証一部上場大企業になってしまいました。
しかしぼくが入社したころはドがつくほどのベンチャーです。ベンチャーとは知名度も金も人も商品力すらない状態です。あるのは集う人たちの熱意と労働力と時間だけ。次から次へとふってくる無理難題を長時間労働で解決する、それはそれはエキサイティングでバイオレンスな鉄火場です。
でも、いま振り返ってもぼくの仕事人生でいちばん楽しかったのもその頃でした。なので機会があれば、そして若ければ一回ぐらいベンチャーで働いてみてもいいんじゃないかとおもいます。
ただし会社選びは慎重に。ベンチャーと謳いながら実態は単なる小さいだけの零細企業、なんて会社もたくさんあります。自社開発のプロダクトや独自性の高いサービスがあるかどうか、そして対前年比の売上高を判断基準にしたほうがいいでしょう。
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さて、そのごっついベンチャーにチーフコピーライターという肩書で入社したぼくは、ある日、制作チームの増員を命じられます。人を増やすときに、自社の提供サービスが求人メディアというのは非常に都合がいい。基本的に掲載料タダですからね。
さらに求人広告のコピーライティングは本職です。サッとやってスッと掲載してパッと採用…といきたいところですが、ここで高い壁にぶつかるわけ。それが『自社広告の壁』です。
クライアントワークなら客観的に第三者目線から、あるいはターゲットの心理に立ってコンセプトワークができます。そして適切なコピーライティングでスマートに採用成功へと導きます。
…すみません、盛りました。実際にはもうちょい泥臭く汗かいて恥かいてやっとこさっとこ採用のお手伝いをする、といったかんじです。
しかしそれがですね、これは経験者ならわかるとおもうんですが、いざ自社のことになるとからっきし上手くできなくなるものなんです。なんつーかその、自分のことはよくわからんというか、なかなかフラットに見れないじゃないですか。
それが『自社広告の壁』なんですね。そのときはぼくだけじゃなくて、ぼくを採用してくれた上司のKさんも一緒になってうんうんうなってました。
というのもKさんもコピーライター出身。現役時代はリクルートの制作責任者たちからも絶賛され、一目置かれていたという伝説の制作マンです。活躍の場も求人広告だけでなく啓蒙ポスターで電通広告賞を獲ったり、あの仲畑貴志さんと面識があったり、と関西のスタークリエイターでした。
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ぼくとKさんは広告の訴求ポイントをどうするか、で悩んでいました。ターゲットは未経験だけど広告コピーに興味関心のある人。そういう人って世の中にたくさんいるんだろうなということはわかっていました。
しかし、その人たちに訴えかける訴求ポイントが当時のぼくらの会社にあったか?というと、ないんです。あるとしたら、未経験者でもやる気があればコピーライターになれるよ、ということだけ。でもそんなノークリエイティブな打ち出し、ぼくもKさんもまっぴらごめんでした。
では他に強力なベネフィットがあるか?USPがあるか?これがないんです。
設立1年目のネットベンチャー!だけどやってることは求人広告メディア。新宿アイランドタワーにオフィスを構える成長企業!だけどやってることは求人広告メディア。若さあふれる平均年齢25歳!だけどやってることは…と、いちいちケチをつけるかのごとく、求人広告という重しにひっぱられてしまうのです。
さらに最悪なのが、コピーライターの募集といえば聞こえはいいが、ほんとうに正確なことをいうと「求人広告のコピーライター」なんですよね。広告のコピーライターと求人広告のコピーライターってのは2文字しか違いません。しかしその2文字によってこの2つの職種はチグリス・ユーフラテス川ぐらい離れてしまうんです。
そのことを痛いほど知っているぼくとKさんなので、どんなアイデアを出しても「そうはいっても…」とお互いに否定してしまうスパイラル。2時間ほどブースに籠もって、ああでもない、こうでもないとブレストし続けます。しかしまったく出口なし。ふたりとも無口になっていきます。
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流れる沈黙。
ちょっと、と席を立って喫煙コーナーへ。
ヤニ臭いため息をつきながらブースに戻り、また沈黙。
うーん。
うーん。
うーん。
そのとき、ふと頭の中に光るものが。
「そういえばKさん、43年生まれでしたね」
ぼくはまったく関係ないような口ぶりで話題をふってみました。
「ん?そうですよ。早生まれですケド…」
「じゃあ、小学校の道徳の時間て覚えてます?」
「ああ、教育テレビとか視てましたねー」
「視てましたよね、どんなんでした?関西は」
「なんやったかな…ええと」
「はたらくおじさんとかやってませんでした?」
「ああ、せやせや、やってたわ」
「あの人形劇。タンちゃんとぺろ君の」
「ハハハッ、ハヤカワちゃんよう覚えてますな」
「社会見学みたいなやつでしたよね」
「そうそう社会見学…ん?社会見学か!」
「ね?求人広告制作って大人の社会見学って言えませんか?」
ここで生まれたコンセプトが「オトナ版はたらくおじさん」あるいは「スケールの小さなプロジェクトX」でした。求人広告制作っていうのは、ある意味、大人になってからする社会見学であると。あるいは市井の人にスポットライトを当てるノンフィクションのプロジェクトXだと。
そうだそうだ、どんな職業にも貴賎がないように、どんな職業にもドラマがある。それを丁寧にすくい上げて、いろんな角度から光をあてて、ノンフィクションのストーリーで笑わせ、泣かせ、感動させる。それが求人広告のコピーライターの仕事じゃないか。
長い長いトンネルをようやく抜けたぼくたちでした。ぼくはすかさずこのコンセプトで求人広告コピーライターの募集広告を創りました。
最初にぼくが書いたキャッチ&ボディを見たKさんは、とてもシンプルに赤字をいれてくれました。
「いいコピーですね。ボディがたいへんよろしい。キャッチが少し狙いすぎですね。わかりにくいです。ボディコピーの結びの一行前のフレーズがいいじゃない。それをキャッチにしたらいいと思います」
いいキャッチというのは、これまた自分の目ではわからなかったりするもの。自社広告の壁同様、ぼくも自分のコピーの中にシンプルながら力強いフレーズがあることを見落としていました。
仕事の広告をつくろう。
そうして完成した自社広告は、それはもう数え切れないほどの応募を…といいたいところですが、応募数はさほど伸びませんでした。しかし有効応募率は非常に高く、それから約2年にわたって継続して掲載されました。採用は、そうだなあ、20人はくだらないかな。
中にはどうしても採用してほしい、と面接の場で土下座したり、直筆の手紙を送ってきたりするユニークで意欲的な応募者もいました。ちょうど会社が急成長する、その屋台骨を支えてくれた何名かは、この広告で採用させていただきました。
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最近は、こんなふうに意見をぶつけあったり、うんうん悩んだりしてコンセプトからつくっていく仕事が減ってしまっているような気がします。ぼくだけかもしれません。
でも、これを読んだ求人広告クリエイターの方で「確かになあ…」と感じたなら、あなたのやりやすいスタイルで、ぜひアイデアの壁打ちを誰かとやってみてはいかがでしょうか。相手がいないよ、という方がいたら、ぼくでよければお相手いたします。
だって、考えを言葉にしてぶつけあうのはとってもしんどいけど楽しい行為ですから。
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