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【広告本読書録:044】名作コピーの時間

宣伝会議 編・発行

この読書録では絶版も辞さず、の心意気でふるーい広告本を中心に紹介しているのですが、今回は珍しく新しめ(といっても初版2018年12月)の一冊。その名も『名作コピーの時間』です。

本書は広告宣伝業界誌『ブレーン』で2008年から続く名物連載の再編集版。124名のコピーライターが一人3本のお気に入りコピーをチョイスして、自らのサクセス(?)ストーリーや苦労話、仕事観などなどを交えながら解説しています。124×3ですから、この本に載っているキャッチコピーは372本。それぞれのエピソードも2ページから3ページに及ぶので最終的に約500ページを誇る重厚な一冊に仕上がっています。

この本の価値は、そもそもプロのコピーライターが選んだコピーが集まっているところにあります。カリスマコピーライターの仲畑貴志さんは「そいつの選んだコピーを見れば、センスの良し悪し、筋の良し悪しがわかる」といい、入社試験に好きなコピーを3本挙げよという問題を設定していました。

つまり、ここに載ってるコピーライターは曲がりなりにも現場の第一線で活躍している人たちで、彼らがひどいセンスなはずはありません。一応、信用に足るコピーの教科書、参考書であるといえるわけです。自分のセンスに自信のない人は、まずはここに選ばれているコピーを研究あるいは真似するところから始めるとよいのではないでしょうか。

コピーじゃないコピーもある

おもしろいのが、コピーライターによっては広告コピーではないものを選出しているところ。でも「衝撃を受けた」「影響を受けた」「運命を変えられた」フレーズであることには変わらず、ちゃんと掲載され解説もされています。印象に残ったものをいくつかピックアップしてみましょう。

エロカワイイ(倖田來未によって一般化された言葉)

サンタフェ(宮沢りえの写真集タイトル)

卵が大きかったのではないだろう。私のてのひらが小さかったのだ。
(向田邦子『父の詫び状』より)

これでいいのだ(天才バカボン)

だっふんだ(志村けん)

漂えど沈まず。(開高健)

明日、世界が滅びるとしても、今日、君はりんごの木を植える。(ルター)

朝マック(マクドナルド)

日出処天子(遣隋使)

いやあ、さすが一筋縄ではいかないコピーライターの面々。キャッチを出せ、のお題にこうくるか!というフレーズの数々。他にも金八先生のセリフやジョンレノンの歌詞、名画のワンフレーズなど、バラエティ豊かです。

でも、そもそも広告文案「だけ」をコピーと定義するのは、もったいないかもしれません。っていうより、そういう風潮になりつつあるんじゃないかなと思います。

特にWebの時代になり、SNSの進化で「誰でもコピーライター」という世界です。そうそう、ハイスタ再結成の時のツイート『届け!!!』も名作コピーとして取り上げられてました。

この人のセンス、いいなあ

では124名のコピーライターの中から、僭越ながら(誠に僭越ながら…)「この人のチョイス、センスいいなあ」と思える方と選ばれたコピーをご紹介します。まず一人目は…小松洋支さんです!

人生観より、シャツが欲しい。
(宝島社『Pスタイル』/山本高史)
仕事を聞かれて、会社名で答えるような奴には、負けない。
(リクルート『ガテン』/紫垣樹郎)
お母さんの声援が聞こえるから、息つぎが好き。
(大牟田スイミングスクール/勝浦雅彦)

小松さんはぼくの13コ上の大先輩です。でも全然センス尖ってる。選んだコピーすべて、自分自身にない視点である、と解説しているのですが(そうとは言ってないけど、ぼくはそう解釈した)それを認められる時点でその視点は小松さんのものだし、認める度量というか胆力?認めた上で、でもまだ俺のほうが上だぜ、と言っても決して空威張りじゃないんだろうなあ、と感じいるのです。ぼくも、この3本、好きです。特にスイミングスクール。

続いては…渋谷三紀さん。

このままじゃ、私、可愛いだけだ。
(朝日新聞/吉岡虎太郎)
プロの男女は、差別されない。
(とらばーゆ/中村禎)
人生と、関係したい。
(アップル/岡康道、中村卓司)

渋谷さんは電通のコピーライター。主な作品に芦田愛菜ちゃんをフューチャーした早稲田アカデミーの「天才は、いない。」などがあります。選出理由はコピーとして機能するのはもちろん「理屈をこえて何かをこころに残すもの」とされています。その理由にふかくうなづくぼくなのです。

お次は…上島史朗さん。

ナイフで切ったように夏が終わる。
(パルコ/長沢岳夫)
「かわいい女」268ページでフィリップ・マーロウがほめているバーボン。
(サントリー「オールド・フォレスター」/米嶋剛)
ポッカリと時間のあいた日曜の午後、
まさかアイスクリームでもないだろう。
(サントリー「オールド」/小野田隆雄)

選者のセンス、ということでいえば、ぼくはこの方が一番ではないかとおもいます。30を過ぎてからコピーライターになった、という上島さん。フロンテッジでご活躍とのことです。それだけに「レトリック」というものに対する強い欲求というか、こだわりにようなものを感じるセレクト。ぼくも、最後の小野田さんのコピーにはほれぼれしちゃいます。ウィスキーってコトバを使わずにここまで大人の飲み物を想起させるコピーって。

最後にご紹介するのは黒澤仁さん。

恋が着せ、愛が脱がせる。
(伊勢丹/眞木準)
ねぇ、手とかつないでみる?
(東日本旅客鉄道/星夫、岡康道)
泣かせる味じゃん。
(サントリー/梅本洋一)

黒澤さんが選んだコピーは、いずれも自分と関わりのあるコピーライターの作品です。1つ目はコピー養成講座に現れた講師、眞木準さんのもの。その立ち居振る舞いに一気に惹かれ、コピーライターという職業に恋をしたそうです。2つ目はクリエイティブ塾に登場した岡康道さん。講評で「コピーライターなんかやめて、プランナーになれよ」これほど駆け出しクリエイターにとって勇気づけられるコトバがあるか。そして最後は恩師、梅本洋一さんの一本が、悲しい訃報とともに。最後にかけてもらったコトバが「おまえ、いいコピーライターになったな」だそうです。こういう選出の仕方をする人を、ぼくは無条件に好きになるのでした。

頼まれてもいないけど、自分もやってみた

『名作コピーの時間』を読み返しているうちに、ついつい自分もやりたくなりまして。誰からも頼まれていませんが、マイベストコピーを3点選出いたしました。それがこれ。

帰ったら、白いシャツ。
(ANA/眞木準)
口は、生きるの1丁目。
(サンスター/児島玲子)
でもクサイよ。
(ファブリーズ/多賀谷昌徳)

全日空は沖縄旅行のコピーです。ふつう、旅先でのああだこうだを切り取ってコピーにするところを、帰ってきてからのシーンを表現テーマに持ってきたところが凄いなと。行くだけではなく、行った後のベネフィットにまで視点がいくのが眞木準さんらしいです。きっとこのコピーもホテルのカンヅメから生まれたんでしょうね。

サンスターの企業広告は、今年一番やられた!と思ったコピーです。今年といってもまだ2ヶ月ほどしか経ってませんが…。ブレーン3月号をパラパラめくっていると飛び込んできた『今月の注目広告』。ふだんならフフーンって感じで流し読みで終わるところが、ピタッと手がとまり、目が釘付けに。やられた。こんなの書けないよ。年初早々打ちのめされたわけです。

ファブリーズはラジオCMのコピー。これ、最初にクルマで聞いたときはマジ、事故起こすんじゃないかってぐらい笑いました。いかにもクルマの広告ぽいイキりまくったフレーズ(その走りは、本能を刺激し、忘れていた野生を呼び覚ます。12 気筒DOHCエンジン搭載。)とBGM。そこに子供の声で「でもクサイよ」。作った人天才なんじゃないかと思いました。いや、たぶん天才ですね。ラジオCMを聞くシチュエーションまで完璧に考え抜かれてるんですから。

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と、いうことで「お前が選んだところでなんの価値もないわ!」とツッコまれることは重々承知で、極私的名作コピーの時間をお送りしました。でもこれ、結構いいトレーニングになるとおもいます。全コピーライターやったほうがいい。ビギナーには視点を増やす練習に、ベテランにはいつのまにか染み付いた垢を落とすために、そしてぼくのようなロートルにはいつが潮時かわからせるために。

選んだ三本ともが「もうだめだ。こんなのは書けない」なら、いさぎよく引退しましょう。一本でも「俺ならこう書くけどな」があれば、まだ続けてもいいんじゃないでしょうか。

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