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【詩】引き潮

【詩】引き潮

 

 引き潮

過去という現在が今日も
ぼくの日暮れ待ちの海岸に
たくさんの漂流物を打ち上げる

墜落した魔女の叔母さんの形見の箒とか
三角帽子のピエロの叔父さんが忘れていったブリキの太鼓とか
少数民族の裸を撮りまくった元脱走兵の報道記者愛用のニコンのレンズとか
テロリストになったシスターが羊小屋に棄てていった真鍮の貞操帯とか
何にもおわっちゃいないのにぼくをポストモダン化しようとした
真っ赤な嘘の麻疹のような思想入門書とか
国家カルトによって無理矢理自由自在になった恋人の股関節とか
決してぼくが手放さなかった少年という季節とか

沖にゆれているのは あれは
埋葬されなかったものたちの記憶の蜃気楼なのか

ああ 今日もまた
引き潮になると しだいに
見てはいけないものが現れる

不感症の臨時教師が
不眠症の校長にサティを弾いてやっていた
ああ あれは「ジムノペティ」だった

菊と薔薇が目合ったような
不快なまでに狂おしい匂いのたちこめた
音楽室 あの女教師の眼鏡と口紅と十字架

ドとシの調律されないままのピアノで
ぼくは眠らされていた
のかもしれない
せつなく狂おしい八月の腋臭
ああ あの陰鬱な記憶のハンカチーフの麻酔

ここからは立ち入り禁止よ と
眼鏡の見知らぬ女がくすぐるように耳元で囁く

いくら眠っても入室を許されなかったぼくの
手に握りしめられていた
薔薇の指への夜明け

今日も日が暮れると ぼくは
いつもの十五の浜辺
雲は薔薇色
先生の
舌の

ああ そうか ここだった
ぼくがいかなる制服も着ないと決めたのは


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☆2022.11投稿作品を若干の修正の上再掲。

#詩 #現代詩 #自由詩 #詩のようなもの   #夏
#ノスタルジー #エリック・サティ #引き潮 #薔薇


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