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ある女の肋骨

ある女の肋骨

いいですわ お貸しします でも明日のこの時間には返してくださいね 女はそう言うと身を起こし背を向けると何やらごそごそと裸なのに下着を脱ぐような仕草をしてはいどうぞと自分の肋骨を渡した そしてもうじき時雨がきますからこれで運んでくださいとバイオリンケースを渡した 私は高級娼婦を買うために用意していたそれなりの金額を女に渡し、これで弟によくしてやれますわと礼をいう女の声を背に夜の街に出るとすぐにタクシーを拾った なるほど女が言ったとおり雨になった
  
ルームミラーの運転手の目は明らかにいぶかしがっていた ストラディバリウスなんだ 私は苦しい冗談を言って笑ってみせた 肋骨の入ったバイオリンケースを少女のように膝に乗せて私はその胴部を執筆のために借りていたアパートに着くまで愛撫していたのだった 

部屋に入るとすぐに私はケースを開けて女の肋骨が濡れていないか確かめた 肋骨はかすかに湿っていたがそれは雨によるものではなく内側からしみ出した冷たい潤いだった 寒かったろう 声をかけるとケースの肋骨は それほどでもと答えたようだった 窓辺の机には月の光が差していた 私は肋骨をガラスコップに挿し机に飾った 骨は案の定青白く発色した それはやはり今夜街で買った女の一部だった 女もまた街明かりのなかに青く咲いていた みすぼらしい部屋にはみすぼらしい布団が敷かれていて私はその上で女を抱いたのだがそのときの女の肋骨の触感がお気に入りの陶器のように私の手に懐いてきたのだった 一本貸してくれないか たわむれに私が言ったのを女は承諾したのだった

そろそろ寝ようか 私が言うと息のようにかぼそい声で腕枕をしてくださるのならとそれは言った 肋骨は私の腕で眠った しばらくすると甘やかな睡魔が私の体にエーテルのようにひろがった 睡眠薬を使わずに眠れたのは3年ぶりだった 

朝目覚めると肋骨は昨晩そのままに私の腕を枕にしていた 私は自分の執筆机のコップにそれを挿した 午前の陽にそれはうつくしく艶やかな白い裸だった 昼には私はもうそれを女に返す気はなくなっていた そしてそれでもいいと女が言っているような気もした しかし3日目の夜になると肋骨は私の腕でしくしくと泣きはじめた もちろんそれは肋骨を失った女の胸が痛がっているにちがいなかったがそのとき私はなぜか確信した 女の弟が実は彼女の恋人でそれが今し方亡くなったんだと

▢川端康成「片腕」のオマージュです。

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