中国人観覧客が“この一点を見るため”にやってきた特集『中国書画精華』
先週末にトーハクへ、開館時間の9時半に行きました。入り口には、開館を待つ多くの人たちで行列ができていました。受付を通って敷地の中に入ると、9割以上の人たちが特別展『やまと絵』が開催されている平成館を目指します。残りの、主に外国人がぱらぱらと正面の本館へ。そして、わたしだけが東洋館へ。
東京国立博物館(トーハク)で特別展『やまと絵』が開催されているのに呼応するように、その「やまと絵」の対局……または比較対象……にある唐絵または漢画の、集大成ともいえる作品を集めた特集『中国書画精華』が10月31日から始まっているんです(2023年12月24日まで展示)。
先ほどまでの喧騒とは打って変わって、監視員さんしかいない、静まりかえった東洋館の1階。古代中国の仏様たちの間を抜けて、まっすぐに四面が透明ガラスでできたエレベーターに乗り、8室へと歩を進めます。
まだ誰にも見られていない作品たちが並んでいます。他の本館や平成館などと比べて、いつもベッタベタに指紋が付いている東洋館の展示ケースも、朝一番はとてもきれい。室内のCO2(二酸化炭素)濃度も低くて、外と変わらず、とても気持ちが良いです。でも、監視員さんが一人いらっしゃいました。わたしが来る前に、もしかすると展示ケースを丹念に磨きながら、お気に入りの作品を見つめていたかもしれませんね。
開催されているのは『中国書画精華―日本におけるコレクションの歴史』。わたしは中国書画に特段の興味を抱いているわけではありませんが、今回は「やまと絵」とは何か? を考える材料みたいなものを、自身の中に蓄積できるかもな……と思いつつ、じっくりと展示を見てみることにしました。まぁそんなに真面目に考えていたわけでもありませんけどね……。
そんなわけなので……中国書画を全く解しないので……いつもはあまり気にしない、国宝や重要文化財、または重要美術品に指定されているか否かを、東洋館では気にします。自身では良し悪しが全く分からないので、他の人がどの作品により価値を見出したか? を基準にしているんです。
今回は、2023年11月26日(今日)までの前期展示だけでも、国宝3点のほか重文や重美がいっぱい並んでいます。
■国宝や重文指定品が多い!
《梅花双雀図軸》は重文指定されています。室町幕府6代将軍・足利義教さんのハンコ「雑華室印」が押してあるそうですが……見るのを忘れました。将軍家伝来の東山御物の一つということですね。
■まずは国宝1点目……胡直夫(こ・ちょくふ)さんの《夏景山水図軸》
胡直夫(こ・ちょくふ)さんが描いたと伝わる《夏景山水図軸》は、国宝です。「ほほぉぅ これが国宝ですかぁ」と思いながら、下から上まで眺めてみました。
国宝の作品に向かって「上手ですよね」なんて言うのも変な話ですけど、美術を知らないわたしが見ても「上手だなぁ」と思える世間での評価の高い作品って、日本画だろうが中国や西洋の絵だろうが多くはないんですよね……代表はピカソの絵なのですが、たいていは「なんで、これが評価されているの?」という感じです。でもこれは単純に上手だな感じられるので、ホッとしますw(単に美術を知らないだけなので「ピカソの絵が評価されるなんて、おかしい!」と言っているわけでは、もちろんありません)
《夏景山水図軸》の話に戻すと、巨岩と大きな松(かな?)の構図がダイナミックさを感じます。また、岩や松、人などの対象を精緻に描いているのに、その筆致には勢いがあって、絵全体から躍動感みたいなものを感じます。
そして杖を持った男を見てみると、絵の左側から右側に強い風が吹いているのが分かります。なんとなくですけど、葛飾北斎の《北斎漫画》の中に、こうした人が描かれていた気がします。とにかく「初めて見た」という感じはなく、日本人の絵師たちにも受け継がれた雰囲気を、この絵の中に見ることができます。
何年か前までは、ざっくりと「日本の絵師=繊細な筆致」であり「中国書画=ちょっと雑な感じ」という印象を持っていました。でも、そんなわけないんですよねw 《夏景山水図軸》も、あの松の幹のカッサカサな感じがよく表現されていますし、枝や葉が細かく描き込まれています。
とはいえ、なぜ国宝? とは思いますけどね。こちらは右下に「天山」という、室町幕府の第3代……え? あの足利義満の印が押してあるそうです(視認できませんでした)。ということでこちらも東山御物です……だから国宝なんだな……というのも理由の一つでしょうね。
もともとは、四季ごとに一幅があったのですが、「別に秋・冬の2幅が現存します」と、解説パネルに記されているので、春の一幅は見つからないようです。秋冬はどこにあるんでしょうかね?
■足利将軍家の東山御物
《六祖截竹図》は、重要文化財です。左下のハンコが、これまた足利義満の「道有(どうゆう)」という印。豊臣秀吉→西本願寺→小浜藩酒井家へと伝わったそうです。
もう一つ梁楷(りょうかい)さんの作品です。詩人・李白が詩を詠みながら歩いている姿。解説パネルには「白衣の高士の背後には淡墨が刷かれ、夜の闇が暗示されます」とありますが……そこまで気にして見ていませんでした……しまったぁ……。ちなみに松平不昧、松江藩七代藩主の旧蔵品で、重要文化財に指定されています。
わたしがこの作品を見てから15分も過ぎた頃でしたが、あるお金持ちそうな中国人の方が息せき切って展示室に入ってきました。展示室に入ってきて、まっすぐに進んでいったのが、この《李白吟行図軸》の前でした。そして「あぁ、これだよ……」と言って、何分も作品をじっと見つめて……その後にカバンを近くのソファに置き、奥さんだろう連れの女性に語るでもなく「なんて素晴らしいんだ」と語りながら、また作品に近づいて見つめていました。(なんと言っていたかは、中国語なので、さっぱり分かりません。単なる想像再現です)
おそらく、その後も30分くらいは、《李白吟行図軸》へ近寄ったり、ソファに座って眺めたり、また近寄ったりを繰り返していました。わたしは「落ち着かない人だな」と思いつつも、「なんで、あの作品なんだろう?」と謎でした。もちろん悪い作品ではないけれど、他にもたくさんの作品が展示されているのに……。でも、それだけ気に入った作品があるって、ちょっと羨ましいですよね。
■あの雪舟の師匠、李在さんが描いた《山水図軸》
こちらの《山水図軸》を描いた、李在さんは、明の宮廷画家だったそうです。絵を見た時に「雪舟っぽい?」と思ったのですが(単に水墨での山水図だったから?)、解説パネルには「中国に渡った雪舟が師としたことで知られています」と書かれていました……マジか!? 知りませんでした!
そもそも雪舟って、「明に渡ってみたけれど、自分の絵が一番上手だった」みたいなことを、どこかに書いていませんでしたっけ?……気のせいですかね……。でも、墨の濃淡によって遠近を表現しているところなどは、似ている気がします。
ただ、李在さんの《山水図軸》について、解説パネルには「中央に主峰をおいて、皇帝の権威を表現する本図の構図は、北宋の宮廷画家郭熙を淵源とする李郭派のもの」と記されているんですよね。だからかなぁ……なんとなくファーマットに添って描かれている雰囲気……自由さがない感じはしました。(←生意気ですね……美術素人なので、気にしないでください)
■書家・市河米庵さんの旧蔵品も複数出品
こちらの2点は、いずれも江戸時代の書家・市河米庵さんの旧蔵品です。
土佐派ですか? っていうくらいに細かく描きこまれています。また彩色されているので、この写真で受けるイメージよりも、カラフルだった気がします。
■台湾の名家が所蔵していた女流画家の肖像画
まだまだ多くの作品が展示されているのですが、ここで、わたしが最も良いなと思った作品を紹介しましょう。もちろん独断と偏見でしかない、今回のお気に入りです。
馬守真さんの描いた《秦淮水榭図巻》です。台湾の名家・林本源家の出身で、日本に帰化した林宗毅さんが寄贈された作品。
色味を調整しようとしたら失敗しましたが、図巻の最初に描かれた人物像は、何度も見返してしまいました。
解説パネルによれば「馬守真は、南京にあった花街、秦淮河の教養ある妓女として有名」だったそうです。
少しスケッチっぽい感じで、ササッと描かれたような雰囲気も、わたしの好みにピッタリ。誰を描いたのかわかりませんが……艶っぽい感じが良いです。ただ、文化遺産オンラインの解説によれば、この絵は「馬守真の肖像」とあり、馬守真が描いた(自画像)とは記されていません……この後に続く秦淮河の情景は、馬守真が描いたものだとあります。
まぁ誰が描いたのかは分かりませんが、良いですね。
その絵の左側には、絵を描いた馬守真の恋人でもあった書家、王穉登や、兪岡、顧文彬、程庭鷺、魏謙、錦雲知、張左鉞、姚石如、彭醇士など「清時代の著名な文人」の跋文が記されています……が、女性像のすぐ左側の跋文に関しては、最後に「費秋漁跋」とあります。もしかすると、馬守真の像だとされる絵も、費秋漁が描いたのかもしれません。この跋文が読めれば、分かるような気がするのですが……。
跋文の冒頭のみ……「馬嬢畫蘭吹気可活風神」と記されているのが読めました。直訳すると「馬嬢が蘭を描き、息を吹きかけると、風神が生き返る」となり、彼女が描く蘭の花は、繊細な美しさを備え、息を吹きかけるような筆致で表現することで、まるで蘭の花が生き生きと息づいているかのように感じさせるものがある……と言っているようです。
馬守真さんについて少し調べてみたら、室生犀星の詩に「馬守真」という作品がありました。
古き支那の世に
馬守真といへる金陵の妓(をんな)ありき。
蘭をゑがくにこまかき筆をもち
客にそがひせるいとまいとまには
心しづかに蘭画を描きつつ
うすき女らしき優墨にふけりしと云ふ
その葉を書き表はしたるものの
やさしく艶めき
品ある匂ひこぼるるごとし。
さればさびしき折折の
えもいはれず坐りてながむるなり。
こちらが馬守真さんが描いた揚子江の支流の秦淮河を描いたもの。作品名にもある「水榭(すいしゃ)」とは、「水辺に構えた四阿(あずまや)」なのだそうです。
■清時代後期を代表する文人が描いた山水スケッチ
林宗毅さんがトーハクに寄贈してくれた優品をもう一点。黄易さんという、中国の清代後期の文人が描いた《山水図冊》です。色紙くらいの大きさの紙の一枚一枚に、どこかの名勝ですかね? 景色が水墨画で描かれています。そのササッと描いたスケッチのような筆致が、好みなので、こちらのnoteに残しておきます。
この絵を寄贈した林宗毅さんですが、前述の通り、台湾の名家の出身です。以前、同じく東洋館で開催されていた特集『王羲之と蘭亭序』でも、少なくない数の寄贈品が展示されていました。そこで、林宗毅さんについて、少しだけ調べてnoteに記しておいたので、気になる方はご参考にしてください。
■市河米庵さん旧蔵品をもう一点……《山水図巻》劉愫
今回は、東洋館開催の特集『中国書画精華』のうち、“画”のみをnoteしていきました。もう前期展示は終了してしまいましたが、次は“書”の方も、noteしていきたいと思います。“書”の方は……さらに良し悪しがわからないのですけどね……。
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