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与謝蕪村の《山野行楽図屏風》は、ボーッと眺めるのが正しい鑑賞法なのかも…@トーハク

東京国立博物館(トーハク)へ、しばしば出かけていると、何度か同じ作品を見ることがあります。たいていは「これは以前見たことがあるから、サッと通り過ぎよう」という感じになるものです。でも、作品によっては「あぁまたこれかぁ」と思いつつも足を止めて見入ってしまうものもあります。

現在展示されている与謝蕪村(謝春星)の《山野行楽図屏風》も、そんな作品の1つ。これまで2度は見ていて今回は少なくとも3度目です。特別にこの屏風絵が好きというわけでもないんですけどね。「与謝蕪村という有名な画家が描いたから」なのかもしれないし、「重要文化財に指定されている作品だから」なのかもしれませんが、本当の理由はわたしにも分かりません。

重要文化財《山野行楽図屏風 A-11114》
与謝蕪村筆|江戸時代・18世紀| 紙本淡彩

ただ、見るたびに気がつくことがあるのは確かです。小さなことでいうと、今回は「与謝蕪村は俳句の時に使う俳号……画号としては、この作品を描いた時には謝春星と号しているのに、なぜ解説パネルには『与謝蕪村』と示しているんだろう?」とかね。わたしの中では、与謝蕪村の俳句は、一句も思い浮かばず、与謝蕪村といえば画家なのですが、世間では俳句の方が馴染んでいるんでしょうかね……とか。

右隻について、解説パネルには「三人の旅人は、月の浮かぶ夜明け前の山野を馬に任せるまま進」んでいると記されています。月が描かれているということは、既に日が暮れているんでしょうか。とはいえ絵を見ると、夜の暗さはなくて、明るい中をトボトボと進んでいるように感じます。もちろん日中にだって月が見えることはありますが、こんなに大きくは見えないでしょうし、日中の情景として月を描くのは珍しいように思います。それでも与謝蕪村が月を描いたということは……やはり夜の情景であり、3人の旅人は月明かりの中をのんびりと進んでいるのでしょうね。

気がつけば、馬には鞍がないんですよね。馬の背に直接またがっていて、横乗りになっている男は、手綱にすら手をかけていません。こうしてみると、やはり解説パネルにあるように、馬に任せるまま進んでいるようです。

展示ケースに近づいて、右隻の右端から左の方へ進んでいくと、これは屏風なんだよな……とも思いました。真ん中を進む横乗りの男の視線の先には、やっぱり月があることを視覚で分かりました。もちろん、正面から見ても、月をボーッと眺めているんだろうなとは思いましたけど、下の写真の角度から見ると、やっぱりな……という感じがします。

今は屏風の前で、ごろんと寝転がることはできませんが、そうすることができた江戸時代の持ち主は、水墨画を見るように、そうして眺めていたんじゃないかと思います。そうして寝転がりながら、あぁ……仕事も家族も放りだして、おれも旅にでたいなぁ……なんて思ったかもしれません。

わたしが感じる《山野行楽図屏風》のテーマは「脱力」とか「解放」です。「隠遁」とか「現実逃避」と言い換えてもいいかもしれません。

この絵が、いつ描かれたものかは分かりませんが、人生は旅あり、旅を住処として過ごしたいと願っていただろう作者が、「おれはなんで、生活するために絵を書いているんだろう。また若い頃のように松尾芭蕉先生の足跡をたどって旅をしたいものだなぁ」なんて思った時に、この絵の構想がひらめいたかもしれません……もちろんわたしの勝手な想像です。

右隻は右下から左上に向けて坂道をのぼっていくように描かれています。そして右隻の左端の道は、そのまま左隻の右端へと続いています。その左隻の山道を、また別の「四人の老いた高士」が「童僕の手を借りながら、清流を越え、急な山道を登」ってきます。

ある爺さんは手を引かれ、肩を担がれ、腰を押されて、おんぶされているお爺さんもいます。こんなに無理をして、彼らはどこに行こうとしているんでしょうか。与謝蕪村は、童僕の一人に、巻いた大きな紙を手に持たせることで、ヒントを描いたのかもしれません。彼らは文人墨客……景勝地へ行って、その景色を絵や句で描こうとしているのではないでしょうか。とすれば、この老人の一人は与謝蕪村自身……そして池大雅のような絵師仲間であり、俳句仲間かもしれません。

この右隻や左隻の人たちの旅は、ずぅっと続きます。その旅の途中が描かれている……のかもしれないと、わたしが勝手に思った屏風絵が、ボストン美術館に所蔵されていました。

《柳堤渡水図屏風》こちらが右隻?
《丘辺行楽図屏風》こちらが左隻?

こうしてボーッと絵を眺めて、勝手にストーリーを思い浮かべて、無駄に時間が経っていくのが心地よいです。そんなふうにさせる与謝蕪村の《山野行楽図屏風》は、やっぱり名作なのかもしれませんね。


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