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シンプルな墨線で描かれる“白描(はくびょう)”の世界にハマっています @トーハク

前回noteでは、特別展『やまと絵』で展示されていた白描(はくびょう)の《源氏物語絵巻》や《伊勢物語》について記しましたが、今回は、東京国立博物館(トーハク)の本館や東洋館で最近見てきた「白描っぽい」作品を紹介していきます。


■“白描(はくびょう)”って何?

白描とは、毛筆による墨線だけで描いた絵です。水墨画と違うのか? と言われると困りますが、“白描”と呼ばれる作品を見てきた印象としては、墨線なだけでなく、ものすごく細い墨線で輪郭線を引いていくものだけが、白描と呼ばれているようです。例えば、水墨画のように墨線を細くしたり膨らませたりすることもなく、墨の濃淡による表現も行いませんし、背景にうっすらと墨を使うということもありません。そうして、描く対象物の輪郭以外が白いから「白描」と呼ばれているのかなと思います。顔料だけでなく、墨を使った著色も、施されていません。

そういえば、現在、根津美術館で開催されている特別展『北宋書画精華』では、中国で「白描の大師」……日本語で言えば「白描の大家」……と称されている(中国版Wikiより)、李公麟りこうりんの代表作《孝経図巻》と《五馬図巻》が展示されています。

《孝経図巻》は、これまで李公麟りこうりんの……白描の?……基準作とされていたそうです。それが最近、約80年ぶりに《五馬図巻》が世に出てきた(トーハクに寄贈された)ことから、専門家の間では驚きが広がっているとも聞きます。というのも、白描の大師と呼ばれてきた李公麟りこうりんの代表作と言えば《五馬図巻》なのですが、その代表作に「著色が施されていた(色付けされていた)」からなんです。「えぇ! あんたの代表作、白描じゃないんか〜い!?」ということですね。

でも、白描をキーワードにして改めて《五馬図巻》を見ると、「おぉ〜、これだよ……この“線”ですよ。李公麟りこうりんさんも、やるじゃないですかぁ。さすが、中国で白描の大師と呼ばれるだけのことはありますね」なんて、偉そうに思ってしまいます。

特に《五馬図巻》の、人を描いた“線”に、白描の真髄というと大げさですが、白描っぽさを感じますよね。この繊細な細い線が、一切の迷いなくサッァ〜…サッァ〜…サッァ〜って引かれている感じです。トーハクの特別展『やまと絵』で展示されていた《源氏物語絵巻》よりは、いさぎよさが劣るような気もしますが、改めて見ると、こちらも素晴らしいです。それによく見れば、お馬さんの“線”も、よい感じですね。

そうして《孝経図巻》を改めて見ると……これって本当に李公麟りこうりんさんが描いたのか? とも思ってしまいますが……まぁこちらは「公麟こうりん」という文字が記されていますから……まぁそうなのでしょう。

■【東洋館4階】水墨画とは味わいの異なる中国の描画

ということで現在、トーハクの東洋館4階では、特集『中国書画精華』が展開されています。根津美術館では“北宋”の書画精華ですが、トーハクでは“中国”の書画精華なので、より広範囲です。もちろん李公麟りこうりんさんの《五馬図巻》は、根津美術館に貸しているので展示されていませんが、それでもトーハクの所蔵品から、国宝を含む選りすぐりの優品が展示されています。(根津美術館からは、特別展『やまと絵』のために国宝《那智瀧図》など、4〜5点を借りていますからね。《那智瀧図》も素晴らしかったです)

そんな中で、素晴らしいなと思ったのは黄慎さんという清代の文人画家が描いた《人物山水図巻》です。思いっきり墨を滲ませたボカシが使われたりしているので、白描とは言えず、水墨画なのでしょうけどね。まぁでも全体としては、白描画法のエッセンスが大事にされているように感じます……わたしが感じるだけです。

《人物山水図巻》黄慎(1687~1770?)筆|中国|清時代・雍正5年(1727)・高島菊次郎氏寄贈

カテゴリーとしては水墨画なのでしょうけど、白描由来の水墨画という感じではないでしょうか。特に顔周りや腕から手にかけての表現などは、“線”のいさぎよさが際立った白描です(断言w)。ではなぜ水墨画の画法を織り交ぜたかと(素人が勝手に)想像するに、そこに柔らかさ、もしくは曖昧さや“ゆらぎ”みたいなものを加えたかったのでは? と思います。

《人物山水図巻》黄慎(1687~1770?)筆|中国|清時代・雍正5年(1727)・高島菊次郎氏寄贈

同じく《人物山水図巻》で描かれている下の絵は、より水墨画の傾向が強いというか、これはまぁ普通に水墨画ですね。

さらに、同じく《人物山水図巻》の下の絵では、白描っぽさはほとんどありません。著色もされていますし……でも、これはこれで上手だなとは思います。

■【本館2階】白描ではないけれど、著色が淡い浮世絵

次は、いきなりですが、白描画ではありません……すみません。なんか「この前見た浮世絵って、白描っぽかったな」と思って写真を振り返ってみたら、全くもって白描ではありませんでした。でも気にせず紹介しちゃいます。

こちら喜多川歌麿と同世代の浮世絵師、鳥文斎ちょうぶんさい栄之えいしさん(1756~1829) が描いた《風流やつし源氏・すま》です。初期の浮世絵では、あまり鮮やかな著色がなされていませんが、この鳥文斎さんが活躍した時期は、こういうあっさり著色の浮世絵は、そう多くなかったのではないでしょうか。なんだか、モダンな感じすらします。

《風流やつし源氏・すま》鳥文斎栄之(1756~1829) 筆|江戸時代・18世紀・大判錦絵 3枚続のうち

この絵が、なぜ記憶の中で「白描」だと感じたのかと言えば、やはりその“線”のいさぎよさだと思います。顔や体(着物)の“線”に、迷いがなく、すぅ〜〜〜〜っと引かれています。これは鳥文斎ちょうぶんさいさんの技や特徴と言うよりも、彫師の技巧に拠ると言った方が正確かもしれません。

もともと浮世絵って、人物描写が、白描っぽいんでしょうね。墨の輪郭線だけの版木を使えば(着物などの柄や色などを外せば)、そのまんま白描(画)だと思われそうです。

それで思い出したのですが、鳥文斎栄之さんの個展……というか企画展が、2024年1月から千葉市美術館で開催されます。これ、ちょっと行きたいなぁと思っているのですが……近くはないので行けないだろうなぁと……。

■【東洋館B1】インド細密画の白描画

これまで何度も、インドの細密画を見てきましたが、線だけで描かれた、著色されていない絵を見るのは初めてです。どこかに赤インクが使われているようですが、ほとんど分かりません。

《樹下のライラとマジュヌーン》ブーンディー派|インド|18世紀中頃|紙に黒、赤インク

インドの細密画が、これでもか! というくらいに色鮮やかなのが特徴の一つですが、《樹下のライラとマジュヌーン》では、「色がなくなってすごいぜ」というように、色を排除しています。いくつも展示されている中で、これだけが線画なので、逆にインパクトがあります。とはいえ、白描というよりも、本当に下絵という感じですけれど……。

詳細を記すつもりはありませんでしたが、こちらの絵は「少年カイスが美しい少女ライラと恋に落ちた」話をもとに描かれているそうです。その少年カイスが「恋の虜となり狂人(マジュヌーン)となってしまい」「マジュヌーンはライラを思いながら野山をさまよいますが、2人は結ばれることなく、相次いで命を落としてしまう」というストーリーなのだそうです(解説パネルより)。やんわりときれいに「恋の虜」となったと記されていますが……まぁ若い男性なら恋なのか何なのかの虜になって、女性に振られることってありますよね……と思ってしまいましたw

というか、今回はタイトルを決めてからnoteを書き始めたのですが……全く一点たりとも「白描」の作品を紹介していません……すみません。でも「白描っぽい作品にハマっている」というお話でした。


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