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剣術の物理 ~ 振った刀が止まる理由

剣が、目標の近くでピタリと止まる寸止め。あの寸止めは、物理的に言うと力を入れて止めるのではなく、自然に止まるのです。
まずは分かりやすく、居合の抜き付けが止まる理由から説明しますね。

・抜刀は回さない

居合の代表的な技が「抜きつけ」。刀を抜くと同時に前へ切りつける動作です。
某マンガでは、刀を身体の後ろに構え、大きく横薙ぎに抜刀していました。あれは絵の迫力を出してカッコよく描くための演出で、実際の抜刀はもっとコンパクトです。

大きく回して抜いた場合、刀の通るコースは長く、身体から遠いところを通ります。正中線の記事で書いたように、モーメントは距離と力の掛け算。身体から離れたところで速度をつけるには、大きな力、または長い時間が必要です。
大きなエネルギーを持っているので、攻撃範囲は広いと言えますが、抜き付けが遅くなるデメリットがあります。
しかも、その大きなエネルギーを相殺しなくては、刀を止めることができません。

・居合では、刀はほぼ前に抜く

斬れる範囲と取り回しの速さはトレードオフ

ではどう抜くかというと、ほぼ前に向かって抜きます(正確には、鞘引きなど多くの要素が関わりますが、話を簡単にするため省略)。
重心が長軸方向へ引っ張られるので、効率良く前方へ向かって加速されます。
抜いてゆくにつれ右手は右へ向かいます。刀の重心は慣性で前に進み続けるので、柄が右へ向かうと刀全体が右回転を始め、刀の切っ先は前方移動と右回転が合わさって、高速度で切り込んでゆきます。

抜き付けでは、刀に与えられた前向きのベクトルに加え、右回りの回転が剣尖側を加速するので、斬撃力は刀の前半部、いわゆる「物打ち」の部分に集中します。
斬撃範囲こそ狭くなりますが、必要なエネルギーが小さいので加速が早く、取り回しも楽。抜き付けの終わったところで、刀はピタリと止まり、すぐに次の動作に移れます。

・抜いた刀はなぜ止まる?

切りつけた後、刀はピタリと止まります。力で止めるというよりも、自然に止まる感じですね。止まるのは慣性力の打ち消し合いによるものです。

切りつけの時の刀の運動も移動と回転なので、
  ①まだ前方へ向かおうとする刀の慣性力(移動)。
  ②右回りの回転を続けようとする刀の慣性力(回転)。

で運動しています。しかし、術者の右手は柄を持って右方向に動いていますので、
  ①の前方への力は、腕と身体の重さに引き止められる。
  ②の回転は、右方向へ進んでいた右手の運動と打ち消しあう。
ということで、右手も刀もピタリと止まるのです。

ちなみに、最初に書いていたように大振りしてしまうと、大きな回転力がついていますので、足を踏ん張って力で止めるしかありません。

・素振りした刀が止まる理由

素振りの刀が止まるのも、抜刀の場合とほぼ同じ理由です。違いは重力があることだけ。

振り上げについては、跳ね上がった木刀の持っている慣性力が、腕を引き上げるのに使われて止まります。振り下ろしについては下の図のように。

居合の刀と同じように前向きの力ですすんでいますので、刀と腕が伸び切って一直線になると、身体の重さに引き止められて止まります。ただし重力があるので、そのままでは落ちてしまいますね。
振っている途中で柄を少し浮かせると、刀が高い位置で伸びて、思うところで止められます。

この、重心と押す・引くでの操作の場合、刀と腕が一直線になるところまで伸ばして打っても剣が止まり、身体が流れることがありません。すぐ引き戻して振り上げることもできますので、遠間からの打ち込みに便利です。


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