- 運営しているクリエイター
2019年10月の記事一覧
15.天災に食べるもの
「だめか…」
関節を外す匠の彼でも、この牢屋を抜け出すことはできなかった。
「なぜ俺たちが囚人に…」
「言っても仕方がない。この国のしきたりならば、それに従わなければ」
「でもまさかこんなことで…」
「悪法も、また法だ」
私たちは海外の駐在員だが、この国はいささか常軌を逸しているところがある。
ジャガイモを信奉しているのだ。
なんでもゲルマン民族の大移動の時に、ことごとく死に絶えたジャガ
13.雑煮とちゃんちゃんこ
正月が誕生日だ。
それが子供の頃までは楽しみでもあった。
子供の頃、までは。
今はただ一人寝正月を繰り返し、干支を何周しただろうか。
実家に帰る気はなかった。
連絡する気もない。
両親が、生きているのか、死んでいるのかも分からないほど、音信を絶ってしまったのは、なぜだっただろうか。
ほんの少しだけの感傷に浸りながら、私は独りで手の込んだ雑煮をすすっていた。
なぜこれほどまでに、と思うほど、私
12.八百万には多すぎる
正座って座り方は、何かで聞いた事あるんだが、こんなに痛いものなのかい?
隣に座る初対面の男は、正座がどうこうと言うよりも、彼の下半身が上半身を支える積載重量を大幅に上回っている気がしてならない奴だった。
初めてツアーで日本に来た私は、神社、というところに行きたかった。
だって日本には八百万も神様がいる国というのよ?
そしたら、イエス様だって、ムハンマドだって、八百万分の一って事じゃない?
11.ハマチの声 #同じテーマで小説を書こう
波打ち際に打ち上げられた魚に、私は違和感を持って思わず駆け寄った。
うめき声が、聞こえたもので。
空耳だと信じたかったが、いかんせんその線は望み薄だろう。
うめき声がみるみる近づいてきたからだ。
魚が、うめいている。
おまけに足まで二本生やして。
ああ私は、なんてものに接近してしまったのだろうか。
「おい、あんた」
思わぬしゃがれた声に、笑いを吹き飛ばす咳払いを、一つした。
「助
9.秋雨は申し訳程度に
「おい風神」
「なんだ雷神」
「貴様、風を吹かせることは得意かもしれないが、雨を降らせることはできないのではないか?」
「かくいうお前は、雨が降っていないと雷も起こせぬのではないか?」
風神は不意の雷神の言葉に、ムッとして言った。
「青天の霹靂という言葉があるだろう」
「それは慣用句だ。天界では禁じられているのをお前が一番知っているはずではないか」
雷神は、背負う太鼓を小刻みに指で弾き始めた
5.この最悪な嵐の夜に
この最悪なコンディションの中で。
女を連れて、私は逃げた。
くしくも場所は玉川上水。
飛ぶなよ、飛ぶなよと、湖畔から太宰治の声が聞こえる。
なぜこの女の片腕を取り、自分は逃げたのか。
なんとなく?
やってみたかったから?
走る最中、ずいぶん余裕のある声で、彼女は囁いた。
なんとなく、やってみたかったから。
大雨と強風の中の逃走劇である。
気が合いそうね。
彼女はまた、ずいぶん
3.熱帯魚のいたりあ
遅いな。
妙に鈍臭い熱帯魚がいる。
緑に白に赤の旗が目印の熱帯魚屋の水槽を外から眺めるのが、私の数少ない習慣だった。
毎日定刻にピザ屋の宅配がくるその熱帯魚屋は、なぜかトマトの匂いが濃厚な、風変わりな店だった。
私はあいにく店の中に入ったことはないが、遠巻きに見守り続ける、これ見よがしなたいこ腹の店主のウエストと窓ガラスに佇む水槽の中身だけには詳しくなっていた。
朝顔一つ育てられなかった