6.湯田の福音書
料理をすることになった。
宵の口からの酔いの口から、そんな出まかせを口走ってしまったらしい。
私はと言えば、右も左も分からぬ田舎者で、お箸を食べる方が右手と習った左利きだから、それこそ右脳も左脳もあったものじゃない。
だけど、マルクスの資本論はいい本だったなぁ。
なぜ私が料理をするのか。
プロセスも何も分かったものじゃないが、とりあえず、食中毒で緊急搬送させなければ、ご愛嬌で済ませるべく、ポーズの練習だけはしておこう。
だけどまさか、私が皆の前でフグを捌くなんて事を当日知らされるなんて、とんでもなくない?
下関直送の美味しそうなやつが、俺を食ったら火傷するぜって、揚げ物にされるの前提の顔して膨らんでるけど、調理師免許ってのが必要だってことは、さすがの私も知っているよ?
ねえ、どうしてそんなにみんな乗り気なの?
私調理師免許なんて見せてないよね?
この免許は大型二輪車の免許だよ。
私ゃもう、盗んだオートバイで走り出したいよ。
魚を捌くのも初めての山育ちなのに、初めて捌く魚がフグって、難易度高すぎない?
バグったRPGの裏ミッションじゃないんだよ?
みんな十中十死ぬ、最後の晩餐になるんだよ?
心なしか、私の配置は十三番目だし、今日はまさかのプレミアム金曜日だしで、色々揃いすぎてないかなあ?
でももうみんな、フグを食う口になっちゃってるし、
「私フグ食べるの初めて!」
なんで、キャピキャピしてくれちゃってるけど、こちとら魚を捌くの初めてで、挙句に初めてのお相手がフグときたもんだよ?
ここにいるお客様一人一人の脳天に、かかと落としをお見舞いして、傷害罪でとっ捕まったほうがまだ可愛いってもんだ。
最後の晩餐の直後に死ぬのは、確かイエス様と…十三番目の私じゃないか。
もういい分かった。
主催者を20万で売ってやろう。
そこの髭のお前は、主催者のことを三度知らないというだろう。
呑気にパンの耳ちぎって食べてるんじゃないよ、縁起でもないね。
あらそこの貴方のロサリオはアクセサリーかしら?
こちとらアクセサリーじゃなくてそこに張り付けられる立場だってのに、偶像崇拝が欠伸してるよ。
もう分かったよ。
ああまた下関からフグが届いた。
パンとフグが無限に届くったらないね。
ならアヒージョにでもしてやろうか?
幸い美味しい香油が山ほどあるんだ。
そんな油を顔に塗りたくって、何様だってんだ。
もう許さないよ。
あんたたち。
さあみんな、ラッパのマークの胃腸薬を用意しな?
レクイエムが奏でられているよ?
渡賃は六文銭だよ。
申し上げます。申し上げます。
酷い。この人たちは、酷い。
そういう私の最期の言葉は、ボタンを押している貴方に届いているでしょうか?
くしくも私の最期の姿は、十三番目の男の人と瓜二つだったと言われています。
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お題:意外な料理 制限時間:15分 文字数:1212字
参加される皆さんの好きを表現し、解き放つ、「プレゼンサークル」を主宰しています! https://note.com/hakkeyoi1600/circle ご興味のある方はお気軽にどうぞ!