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何者かになりたくて(前編)

6月からhakkenで、UNDR12新規開拓マネージャーをしている和田花織です。また大手企業で「地域」「住む」の”社会課題解決”を担当する部署でマネージャーをさせて頂いております。

どうぞ、よろしくお願い致します。

「note書いて欲しいのだけどいいよね?」と言われてから、”hakkenと自分をどう伝えるべきか””どんなことだったら読んでもらえるのか”とずっと悩んできました。(いちいち小難しく考える習性とうまく距離をおきたい)

「せっかくだから、私らしくまっすぐに伝えてみよう」とやっと思えてきたので、綴っていこうと思います。

読んでいただけたら、とっても嬉しいです^^

2021年の現在地。

10月に誕生日を迎えて、あっという間に、37歳になった。

モワッとした空気が、少しずつツンとした空気へと変化する。夕暮れがとても気持ち良くって、ちょっと寂しい。色んな農作物が、冬のために収穫を待っている。この時期が好きだ。

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日本は、オリンピックとコロナのゴタゴタをいつまでも引きずり、あっさり首相も変わった。”もう大きなものに、自分たちを任せられない”と多くの人が思った年になったのではないかと思う。

趣味は、散歩とゴスペルと内省。

好きなことは、知らない街との出会い、頑張った後のご飯。

苦手なことは、手続き系全般、運転、料理(書いていて嫌になる)

好きな場所は、朝日と夕日が美しいところ。水が綺麗なところ。

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2021年10月
”自分と関わる人の人生を主体的なものにしたい”という思いを胸に、「主体的に、社会課題を解決し続けられる“何かを”世の中に作る」と意気揚•••七転び八起きで生きている。

不可抗力の中で得たものと失ったもの。

幼稚園・小学生時代。私は多くの転校を経験した。

幼稚園の時は茨城→小学校は千葉の中で2回→中学に上がる前に神奈川へ。
友達と仲良くなって、当然このままこの人たちと
次もやっていくのだろうと思った瞬間に、環境が変わる。

この不可抗力は私に、はじめましてから気に入ってもらえるようなコミュニケーション能力と愛嬌を私に与えてくれた。
あの時代、何より学校が全てだったから、仲間ハズレにされないように必死だった。

そんな中、私を救ってくれたのは”伝記”だった。
トラウマや自分の欠点を乗り越えて、成功していく物語。
自分で変えられないものの中にいた私は、伝記を読むことで、誰かが何かを変え、救ってくれることを願っていたのだと思う。

この時の不可抗力の経験は、今でも強く重く根付いている。

自分がやるかやらないかそれだけ。

中学時代は13クラスもあるマンモス校で、勉強も運動も好き。優秀だったと思う。部活は陸上部で、短距離走選手。

夏も冬も雨の日も雪の日も、ハードな筋トレメニューをこなし、時には手だけで綱をのぼり、タイヤを引きずった。
勝つまで抜けられないエンドレスリレーには、肉体も精神も鍛えられた。
先生に「練習が辛い」というと「じゃ、やらなくていいよ」と言われる(笑)

結局、やるかやらないかそれだけ。

そんなシンプルな教えは今でも、私の行動指針だ。

予測不可な世の中では、もうきっとやるしかなくて。やると決めたら、その行動を正解にしていくしかないのだと思う。

(どんなに大変でも必ず練習を見てくれた先生、部活を一緒に頑張ったみんなとの泥だらけの記憶は、大人になっても支えになっている。私は税金を 意味のない道路工事ではなく、こういう先生や子供に使いたい)

女性である前にまず人間であれ。

女子高時代。私の転機。

校則がなく、主体的に自分たちで考えることを大事にしていた。
だから「どういう会やイベントにするのか?」という企画から「なぜ土足で構内に上がってはいけないのか?」という当たり前と思えることも、自分たちでどうするか考えた。

”女性である前にまず人間であれ”

そんな本質的な教えは、挨拶や礼儀を重んじる。
誰かの友達は自分の友達、と繋がりをとても大切にする。
そして自分のいた学校や過去を愛せる。
そんな素敵な仲間を沢山作ってくれた。

悪気のない、無意識が生んでしまうもの。

21世紀を迎え、大学生になった。
世の中は、より便利で楽な方へと加速した。

私は小さい頃、大人が作った不可抗力の世界から抜け出したいと思っていたけど、結局大人になったら、悪気のない無意識が頭を占め、その世界の中で生きていた。

素晴らしいゼミに入っていたのに、楽しいことを優先して、学びを止めた。
モノは足りているのに、みんなが持っているから、購入して捨てるを繰り返した。
考えればわかるのに、面倒だから、誰かが作ったルールややり方のまま取り入れた。

無意識は、思考停止を生む。

ここ数年の「サスティナブル」「SDGs」「サーキュラーエコノミー」の動きはこんな悪気のない無意識が生み出した、世界規模の歪みを、必死に取り戻そうとしているのだと思う。

何者かになりたくて。

私は、この頃からずっと何者かになりたかった。

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親、学校、社会が作った箱の中で、苦労もせず、幸せに生きてきた自分は、
なんて普通な人生を歩んでいるのだろう。

普通から抜け出したい。

何者かになりたい。

そんな思いを抱え、でも結局何にもなれず、15年ぐらい悩み続けてきた。

何者かにならないと、という恐怖心。

私の自慢は、周りの人たちが素晴らしいと胸張って言えることだ。

驚く能力を持っていたり、行動力がすごかったり、異次元で仕事ができたり、家族に無償の愛を注ぎ、困っている人のために一生懸命だったりする。

そして何より、こんな私を励まし、手を差し伸べ、応援してくれる。
過去、私が傷つけたことも沢山あっただろうに。感謝しかない。

だからいつか会って話した時に「すごいね、よく頑張っているね!」って言われたい。

だからこそ、何者かにならないと。

そんな恐怖心が私を突き動かしている。

(前編終わり)


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竹井さんと田村さんと広島で初めて出会って、次の日の朝。朝散歩しようーと言いながらなぜか山登りすることに(笑)そこで散らかっていたゴミをさっと片付けた2人。出会いに感謝した。

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頂いた廃棄野菜でのご飯。今年一番おいしかったご飯。この後スウェーデントーチによって素敵な夜を演出するつもりが、お部屋中煙だらけに(笑)

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