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紫陽花が咲く季節に

こんにちは。お元気ですか。
1年ぶりですね。
京都で会った時が最後でした。

あの日私があなたにキスしたことを覚えてますか。

少し私の話をさせて下さい。
ずっと私は夫からDVを受けてました。
それは殴る蹴るといった肉体的暴力ではなく言葉による精神的な暴力です。
不愉快な話になりますが我慢して読み進めて下さい。


彼は公務員で他人の目にはとても感じの良い男性に映ってたと思います。
しかし彼には、ある種病的なものがありました。
それは常に自分が注目の的になり、褒められないと気が済まないのです。
私の方が年上なので弟を見るような目で、しょうがないな、と思って彼の望む通り彼を立て彼の全てを肯定しました。
それが全て間違いだったと気づかず。
彼は自分が外で被っている『優しくて穏やか。協調性がある人』の仮面を私の前で完全に脱ぎ去りました。
友人や同僚の悪口を言い、私がそれに理解を示さなかったり反論すると
「僕を馬鹿にしているの。こんなに辛いのにあなたは何とも思わないわけ?」
私が
ごめんなさい、私が悪かった、あなたの辛さを代わるよう努力する。
そう言わないと彼の言葉は止まりませんでした。
どうしても理解できず私が黙ると、その後彼は自分が言った悪口を私が言ったかのように共通の知人に言いふらしました。
外でつけている「感じの良い」仮面で言うのだからみんなは冗談と思い彼に合わせて笑うのです。
私が弱々しく反論すると彼は完全にとぼけ
「ほら言ってないとか嘘ついている。私はあなたの為に言ってあげてるのに」
私は『毒舌でちょっと天然。夫のフォローがあり社会生活が営める』妻としてのレッテルを貼られたのです。
彼に合せて悪口を言っても同じでした。全て私が言ったことにされる。
私は彼といる間どれだけ人の悪口を言ったことでしょう。
思い出すと自己嫌悪で自分の頭を殴りたくなります。

あなたが主催する「ブックフォロー」に出会ったのはそんな時です。
私は無類の小説好きで、誰かにその話をしたいとずっと思ってました。
このようなイベントに参加するのは初めてでした。でも勇気を出してサイトから申し込みました。
そしてあなたと出会ったのです。
私が参加者と告げると礼儀正しく
「初めまして。お申込みありがとうございます。よろしくお願いします」と言いました。
最初、私は警戒してました。夫と結婚した時に、見た目が真面目な人ほど恐ろしい、ということを知ったからです。
男女3名ずつテーブルについてました。
私は一気に緊張してしまいました。
私は何故か人を怒らせてしまうタイプで、口を開くことが恐怖になってたのです。
夫からは前述した通りです。それだけでなく学生時代の女友達からも一斉に批判されたり、私の発言で場が静まったことがありました。
皆さんとても上手に本の話をされてます。私は本の内容で聞きたいことがありました。
思い切って口に出すと、誰も笑ったりからかったりせず誠実に答えてくれました。
私も好きな本について好きなだけ話すことが出来ました。
昔、料理してる母の側で好きな漫画のことを話してました。自分が話すことより聞いてる母の反応が嬉しかった。あの頃を思い出しました。
それから何度か参加しました。
読書会が終わった後の帰り道、あなたやあなたと誰かと話しながら駅まで向かう道のりがとても楽しかった。
そして私は自分が話好きで社交的、ちょっと気が強い人間であったことを思い出しました。
あなたとはよく話をしましたね。
ただあなたは私が親しくなったつもりでも、決して態度を変えず、幹事としての立場を崩しませんでした。
『ナンパや勧誘・ハラスメント禁止』その他たくさんの注意事項がブックフォローにはありましたから。
あなたの姿勢に寂しくも頼もしくも感じてました。

いつだったか忘れましたが参加した皆さんと結婚の話になったことがありました。覚えてますか?
独身の方達は自身の理想を語ってらして、可愛らしくも憎らしくも思えました。
中年の男性が女性の理想を馬鹿にすることを言ったので少し腹が立ち
「男性も女性に癒しを求めてるじゃないですか。女性が男性に癒し求めてどうして悪いんですか」
と反論してしまいました。
あなたは「Aさんの旦那さんは良い方なんですね」と言ってくれました。
他の方も羨ましがってくれました。
ここに夫がいたら得意げに微笑んだことでしょう。
私が真っ赤な嘘をついてるにも関わらず。

夫のいないところで夫の影に怯えてる。
その事実に鳥肌が立ちました。

ブックフォローで知り合った方から教えて頂いてTwitterを始めました。
夫がTwitterは悪意の巣窟のような言い方をしていたので避けてました。
しかしTwitterで読書家の方達とやり取りする楽しみは想像以上でした。
私はそれまで深く知ろうとせず偏見を持って恐れていたものがいくつあったのでしょう。
もちろん悪意に満ちたツイートがあるのは知ってます。
でも自身がそのような発言をせず、安易にその波に乗らなければ嫌な思いをすることなんてないのです。

ブックフォローとTwitterでは夫の存在を心から締め出しました。
夫の前では怯えても、自分が見つけた居場所の中では思い出した自分の姿でいたかったのです。
しかし、その反面私は皆さんの前の私と、夫の前の私とのギャップに苦しむようになりました。
何故私は夫の前できちんと話せないのでしょう。
「Aさん本の紹介上手ですね」お世辞でもそう言ってくれる方もいるのに。
どうして夫の前では
「あなたの言うことは不思議すぎて分からない。理解してないの?興味ないの?」
そう言われないように必死に話そうとすればするほど言葉がおかしくなり吃り
夫から
「何言ってるの。まあ面白いからいいけど余所でやらないで」
素っ気なく言われてしまうのです。

大好きな小説は夫に内緒で図書館で借りてました。
夫が本嫌いかと言うと、全くそうではなく、かなりの読書家です。
ただ読む作家はやけに難しい思想家だったり、古典が多いので私の好みとは全く合いません。
以前彼も読書会に行ってました。
どうだった?と聞くと
「活字離れの人間が読む本だと思った。こっちが選りすぐりの本を持って行ってるのに全く興味を示さない。あんなところ二度と行きたくない」
そこからまた悪口が始まりました。
そして私の読んでる本や漫画を遠回しに馬鹿にしました。
私はその本や漫画があったから生きてこれたのに。
しかし私は何を言っても無駄と諦めたのです。
隠れてでも好きな本や漫画を読み続けることは夫へのささやかな反抗でもありました。

そしてついにあの日が来ました。
私のTwitterを夫に見られてしまったのです。
インターホンが鳴った時、パソコンをそのままにしてしまった私のミスでした。
「こんなのやってるの」
「何これ。読書家気取りの集まり」
「こんなレベルの低いこと呟いてる家族なんて恥ずかしい」
「ま、あなたは高卒で大学のゼミとか知らないからね。アカデミックな世界を知らないから、僕がたくさんの本を教えてあげたのにロクに理解しない。頭悪いの?出来ないの?」
「何か言えば?結婚の時、大々的な式しようと言ったのに、あなたの列席が足りないから出来なかったんだよね。あなたが友達少なかったからでしょ。っていうかいないからでしょ。会ったことない人間と薄っぺらな関係しか築けないあなたはやっぱり人間として欠陥があるよ。恥ずかしいな。僕だけじゃないよ。家族全員だよ。私の母や祖父母まで巻き添えにするの?恥かかせないでよ。大したことない血筋だと思って馬鹿にしてんじゃないの」
夫の話は脈絡なくあちらこちらに飛びます。そして私は気づいたのです。
この人は自分が思ったことを思うまま口にしている。
私が彼の言っていることを理解できないのは当然です。
結論やオチがなく、ただ思いついた言葉を並べてるだけの話なんて誰が理解できるでしょう。
また、彼が私の話を理解できないのも当然でした。
彼は私の話を割って、自分の話を始めてしまうのですから。
途中で遮られた話なんて理解しようがありません。
彼の話は私の人格や知りもしない過去の憶測、行ってもないブックフォローの侮辱まで飛び火しました。
もはや我慢の限界でした。
私のことはいくら言われてもいい。
でも私が大切にしてる場所は、そこにいる人たちのことは汚されたくない。
薄っぺらな人間関係?
結婚式に招待するとか、格好がつかないとか、世間体だけの友人の方が薄っぺらいでしょう。
ただ、褒められたい為だけに人間関係を築く『坊や』に何も言われたくない。
私は告げました。
「離婚して下さい」

それから両家族巻き込んで大騒ぎでした。
驚いたことに皆、夫(元です)の味方でした。
その騒ぎの中、彼は私が戻ってくる気がまるでなく、周囲が自分の味方だと認識した段階で態度を急変しました。
要するに「不出来な妻の要求に応じ、寛大に離婚にしてあげる夫」となったわけです。
「夫婦関係は2人のものなんですから、彼女が無理だと言うなら強いることは出来ないでしょう。しばらく生活に困ると思うので、金銭的援助はしますよ」
この発言は両家族を感動させ『何て素晴らしい人』『良くできた方』と言わせました。
その時の彼の満足そうな笑顔を忘れることは出来ません。
彼は私と結婚したわけではなかった。
『自分のナルシシズムを満足させてくれる人間』と結婚したのです。
そうでない人間は何の感慨もなく切り捨て、自分の価値を高める為利用すらしてしまう。
心底、彼を恐ろしいと思いました。

そして私は彼の居住地の近くにいられなくなりました。
とにかく怖かった。離れたかった。
完全なパニック状態でした。彼だけでなく、事情をよく知らない人達からも責められました。普段、考えてもない『倫理』や『常識』を突如振りかざす人達にも恐怖しました。
彼から送られてくるお金を全てそのまま返し、口座も解約しました。
行き先が分からないようにカプセルホテルやゲストハウスを転々として暮らし、まるで逃亡者のような日々でした。
その頃に滞在したゲストハウスで海外ボランティアの話を聞いたのです。
私は何も考えず飛びつきました。どの国で何をやるにしてもとにかく遠くに行きたかった。
慌ただしく準備する最中、久しぶりにコミュニティサイトを見ました。

『京都お散歩プラス読書会』1名空きあります

何かがこみ上げてきました。

私は参加申し込みのメッセージを送りました。

久しぶりにあなたに会いました。
あなたは何も変わってなかった。そのことがとても嬉しかった。
何故かあなたがびっくりした顔をしたのが不思議でした。
でもあなたは何も言わずいつも通り皆さんへ声をかけてました。
本の話や音楽の話。
知ってる方、知らない方と話しながらお散歩。
京都は目に入るもの全てが美しく、観光客の国籍も様々です。
何だか現実と思えなくてふわふわ浮いたような感じでした。

参拝した神社で話した時、ふいにあなたが
「いつもと違うから誰かと思いました」と言いました。
一瞬何のことだろう、と思いましたが、ガラスに映った自分の姿を見て納得しました。
いつも私は髪を下ろしてスカートを履いてました。でもその日は髪を後ろで無造作に結び、Tシャツにデニムのワイドパンツという出で立ちでした。
今日びっくりしてたのはそのせいか、と、変に意識したことが恥ずかしくなりました。
しかし、ガラスの中の私はそう悪くありませんでした。何だか余計なものがそぎ落とされて、さっぱりたように見えました。

離婚したんです。
あなたはこちらを見て、私の薬指を見ました。
こういう時、何を言っていいか分からなくなる心境は理解できます。
困らせたくなくて一気に言いました。
「ありがちな原因です。性格と価値観の不一致。結婚する前に気づけば良かったんですが、まあ後の祭りですね」
私は笑いました。
離婚のことを初めて笑うことが出来たのです。
「心機一転頑張ります」
そう言うと本当に頑張れそうな気がしてきました。
夫や周囲の人達から受けた刃のような言葉の数々。傷が消えることはない。けれど、私は同じことを誰かにするまい、と思うことで自分が強くなった気がしました。
この話を終わらせたくて、神社の可愛らしい御守やおみくじを指して話題を変えました。
そこからはいつもと同じでした。本や音楽の話で盛り上がり、最近読んだミステリ小説の話をしました。
私の世界が戻ってきたのです。

あれ?

海外に行くことは、しばらくここへ来れなくなるんだ。
ふいにそのことに気が付き、自分の迂闊さに愕然となりました。
自分が見つけた居場所を守ろうとして夫と離婚したのに、私は自らその場所を捨てようとしている。
前を歩くあなたの背中がぼやけて見えました。

みんなと別れてから、私は勇気を出してあなたの袖を引っ張りました。
怪訝そうな顔に怖じ気つきながら、しどろもどろ、1年間海外ボランティアに行く、と告げました。
あなたはビックリしてましたが、
そうですか。すごいですね。お気をつけて、帰国されたらまた参加して下さい。その時まだコミュニティがあるか分かりませんが。

私の心は凍り付きそうになりました。
違う、そうじゃない、そんな言葉欲しいんじゃない。
私はあなたの腕をそっと掴みました。
空気を察してあなたも黙り込んでしまいました。
この腕にしがみつけたらいいのに。
そうして全部任せてしまいたい。

私はすぐにこの誘惑を振り切りました。
これは愚かな甘えだと。
この人と思って依存し結婚した。その結果が離婚だったのです。
私と彼だけでなく、両家族の関係も滅茶苦茶になりました。
私の家族は彼や彼の家族に謝らなければならない。
彼の家族も家が恥をかいた、とよく分からない理屈で周囲に謝罪しているようです。
私は被害者かもしれませんが、同時に加害者でもあるのです。
それなのに、批判の的になった恐怖に耐えられず海外に逃げようとしている。
その上あなたを巻き込むなんて自分勝手も甚だしい。

でも、これだけは許して下さい。
私はあなたの目をじっと見つめました。
そっとその唇にキスをしました。
しばらくあなたの顔が見れず俯いてました。
恐る恐る顔を上げるとあなたは表情を変えませんでした。
でも目がとても優しかった。
その目に励まされ私は日本を立ちました。

長々と書きました。
「歩く本棚」の異名をとるあなたに私の文章はどう読んで頂けたでしょう?
ここまで私の事情を説明した理由は他でもありません。
もう一度ブックフォローに参加したいのです。
『ブックフォロー内は出会い系ではない。ナンパ、ハラスメント厳禁』
あなたが決めたルールです。
私はルールを破りました。
あなたの許可を得ずあなたにキスしたんですから。
このような経緯があって、あなたを、あなたが作ったコミュニティを愛しく思ったから。
私に何があっても変わらず受け入れてくれたのが嬉しくて、そして楽しい時間を終わりにしたくなくて、最後になるかもしれない、と思った瞬間、どうしてもあなたが欲しくて、でも自分の勝手にあなたを巻き込みたくない、でも何かが欲しい、そう思ってキスをしました。
こんな私をまた受け入れてくれますか?

日本は今一番過ごしやすい季節でしょう。
寒すぎず暑すぎず。5月は私が一番好きな月です。
この国は既に夏の日差しです。
日本にいた頃は、日焼けしたくなくて日傘なしで外を出歩かなかったのに、ここでは帽子やサングラスを身につけただけであちこち散歩してます。
長かった髪を切り、少し日焼けした私をあなたはどう思うでしょうか?

あなたはどのくらい変わりましたか?
出会った頃は恋人や奥さんはいない、と言ってましたが今はきっと違うでしょうね。
あなたを好きにならない女性はいないのですから。
私は寂しくなったり悲しくなったりするんでしょうか?
するかもしれない。しないかもしれない。
ただ、幸せでいてくれたらいいな、と思ってます。
あっという間の1年でした。
私はもうすぐ帰国します。
紫陽花が咲く季節に会える日を待ってます。

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