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オンゴーイング!はじまりの美術館 「ルイジトコトナリー類似と異なり」

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プレイバックはじまりの美術館

大政:新型コロナウイルスの感染拡大で、はじまりの美術館は3月から7月上旬まで臨時休館をしていました。そのタイミングで、一度立ち止まってこれまでの活動や展覧会を振り返ろうということで、「プレイバック!はじまりの美術館」という企画を実施しました。その後、7月11日から再開館して「ルイジトコトナリ」という企画展がスタートしました。今もまだ状況は収まらない中ではあるのですが、今回は、いま開催している展覧会を、またスタッフで話しながら紹介する企画をやってみようと思います。

岡部:題して、「オンゴーイング!はじまりの美術館」
ということで、早速本題に入りたいところですが、その前にこのコロナ禍の渦中に、パートスタッフとして美術館の新しい一員になった、青木さんをご紹介したいと思います。

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青木:初めまして、青木です。出身は福島県の会津若松市です。大学時代、関東の方にいましたが卒業してからはずっと会津に住んでいます。はじまりの美術館で働く前は、複数の仕事を経験して、結構堅い仕事とか、医療関係の仕事をしていたのでもっと自由な仕事がしたいなとずっと思っていました。自分のやりたいことをやりつつお仕事がしたいと思っていたところ、はじまりの美術館の求人を偶然見たので、これだ!と思い、応募しました。

岡部 :どんなところが自分に合うと思われて、応募いただいたんですか?

青木 :今まで児童相談所で働いた経験や、発展途上国でボランティアをしたこともあり、元々福祉とか社会的に弱い立場の方を支援する分野に興味もありました。また、個人的にアートや音楽など文化的なことや、なにか物を作ったりっていうのが好きなので、そういった意味で自分に合ってるなと思いました。

小林 :青木さんは、ローフードマイスターの資格なんかも持ってらっしゃるんですよね。先日、スイーツをみんなで頂きましたがすごく美味しかったです。

青木:ありがとうございます。今後は、美術館のお仕事の傍ら、ローフードの講師としても活動していく予定です。

大政:今は、はじめーるの編集なんかもやっていただいてますが、これからますます存在感を発揮されていくと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

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小林 :というわけで、7月から始まった企画展「ルイジトコトナリー類似と異なり」の担当は、私、小林がしております。

大政:小林さんは、2019年の「わくわくなおもわく」ぶりの担当企画ですね。今回、構想自体は何年か前からあった「顔」がテーマの展覧会ですね。

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小林:そうですね。「顔を題材にした面白い作品が多いな」と思って、2年くらい前に顔をテーマにした企画書を書いていました。そのときは、ちょっと趣旨と社会の動きや美術館の活動の流れと噛み合ってないなという気がして「今じゃないな」という感じだったんですね……。今回、新たに練り直して、「ルイジトコトナリ」というタイトルで、似たものだけど異なるものみたいなコンセプトも絡めながら実施することになりました。
 
大政:はじまりの美術館では、3月29日まで「まなざしのあとさき」という展覧会を開催していて、本来であれば4月11日から「ルイジトコトナリー類似と異なり」展が始まる予定でした。一部、作品の借用も始まっていましたが、かなりギリギリまで迷いつつ法人内でも相談したりして。結果、春の会期で予定していた3ヶ月をまるっと休んで、夏からのスタートにすることになりました。

小林:そのときに計画されていた夏の企画展はどうなったんだって思われる方もいるかもしれませんが、そこは触れずにしましょう。(笑)

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大政:では小林さん、展覧会の概要をもう少し詳しくお話いただけますか?

小林:はい。顔というものは、自分の顔や、家族とか、同僚だったり、必ず毎日見るものだと思います。ですが、その「顔」自体について考えることはあまりないんじゃないかなと思います。顔について考えてみると、たとえば国籍だったり、男性女性とか、そういうふうに見た目や容姿の違いで区別するものもあれば、モノマネとかが一番わかりやすいかもしれないですけど、似ていることで面白がったりとか、共感をしたりとか。そういった、ある意味矛盾したものを併せ持っているものだと思った時に、「ルイジトコトナリ」というタイトルが思いつきました。

大政:小林さんが企画する展覧会は結構言葉遊びみたいなタイトルになることが多くて、楽しいですよね。今回、テーマは顔ですが、タイトルやコンセプトは「ルイジトコトナリ」という似ているものや違うものということですが、こちらがコンセプトになるきっかけみたいなものはあったんですか?
 
小林:きっかけのひとつは、はじまりの美術館の運営母体である社会福祉法人安積愛育園が創立50周年の記念で記念誌を作ったときのことです。記念誌の写真を写真家の齋藤陽道さんに撮っていただいたんですよね。その時に今回出展している盛山麻奈美さんも一緒に来ていただいて、法人内を巡って撮影している陽道さんのそばで、法人内のスタッフや利用されている方々の顔を撮影されていました。そして、50周年の式典で陽道さんをゲストに講演会を実施したんですが、その最後に陽道さんが、麻奈美さんが撮った顔の写真をスライドショーのような動画にして流したんです。そのときに「みんな違うけど、少しずつ似ている」というようなお話をされていたのがずっと印象に残ってました。陽道さん自身も「異なり記念日」といった本を医学書院から出版されていますが、そういった「似ているものと異なること」ということについてそのときから考えていて。今回「顔」のテーマで企画を練り直したときに、ここに行き着いたっていう感じですかね。

岡部:そうでしたね。麻奈美さんのモーフィングの動画は本当に面白かったですね。なんか、本当に全然違う、普段見慣れている人の顔が連続して続いていくと、どこか本当に似ている感じがしてきて、陽道さんのお話しもあわせ、いろんなことを考えさせられた経験でしたね。

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小林:あと企画の趣旨文としては、展覧会が延期される前は、今年開かれるはずだったオリンピックにも少し絡めながらテキストを作っていました。このコロナ禍で、皆さんご存知の通りオリンピックも延期になり、そういったなかでテキストも考え直す必要があるかなと思いました。それで改めて今の社会を見た時に、オンライン会議やオンライン飲み会といったウェブを使ったコミュニケーションの仕方がすごく増えてきていました。オンラインですと、モニター越しに顔と顔が対峙している状況になっていて、なんだか普段以上に自分も含めた顔を見つめることになりますよね。あとは感染予防のためのマスクなども含めて、今まで以上に顔を意識する機会にもなったので、今回開催時期が延期になったことで改めてこのルイジトコトナリという展覧会を深めるきっかけになったと思います。

青木:今回、チラシやポスターのデザインがとても印象的でした。成り立ちやコンセプトというか、どういうひらめきがあってこのデザインになったのですか?

小林:今回の広報物デザインは、郡山の「ヘルベチカデザイン」さんにお願いしました。ヘルベチカさんは、「Blue Bird apartment.」というカフェやシェアオフィスを運営されていたり、デザインを通して様々な活動されています。以前から知ってはいましたが、今回はじめてお願いすることができて、打ち合わせの中で展覧会コンセプトや経緯をいろいろお伝えしながら、デザインしていただきました。企画段階でなるべく文字や言葉をベースにしたグラフィックデザインがいいんじゃないかというイメージがあって、そういったことを盛り込んでいただき現在のデザインになりました。この、カタカナの「ルイジトコトナリ」と、漢字の「類似と異なり」の文字が分解されて散らばったようなデザインで、よく見てみると、文字自体がまた違う文字にも見えてくるというような。このルイジトコトナリのテーマを汲み取っていただいたデザインで素敵ですよね。

大政:文字をベースにした展覧会のグラフィックデザインみたいなものがこれまでなく、ずっと誰かにお願いしたいなって思っていたので、今回スタイリッシュな広報物ができてよかったですよね。

岡部:そうですね。今までにないパターンで、自分たちにとっても何か新しいチャレンジがはじまったような気がしました。

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岡部:出展作家の紹介にいきたいと思いますが、顔と一口に言っても、いろんな顔をテーマにした作品が揃いましたね。
自分が担当したということもありますけども、今回すごく印象的なのはNPO法人スウィングさんに所属するKAZUSHIさんの作品です。昨年の夏に「わくわくなおもわく」でQ&XLさんの作品を借りにスウィングに行ったとき、事業所内を見学していたら急に冊子を見せてきたメンバーさんがいたんですよね。それがKAZUSHIさんでした。そのKAZUSHIさんの作品に度肝を抜かれたっていうのが記憶に残ってます。何かこういった芸能人の顔のコラージュというのが、スウィングさんが標榜している「ギリギリアウトを狙う」っていうところを体現しているような作品だなと思います。でも、スウィングのみなさんをはじめKAZUSHIさんの身の回りの人と芸能人が入り混じって一つの画面を作っているという世界観にKAZUSHIさんの想いが溢れてるっていうか。なんかいろんなことを考えさせられる作品だなと思って、初めて見たときから大好きな作品ですね。

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青木:KAZUSHIさんにとっては芸能人もそうでない人も区別がないというか、みんな同じ「好きな人」っていうことで認識してるんだなと思いました。小さい頃にテレビで見ていたような、憧れの人だったりとか、ヒーロー的な存在だったりする方たちの中に、身近な人が入り込んでいる。どうしてそういう表現になったのか、いろいろ経緯はあったと思うんですが、独自の道を行っているのがすごいですね。

岡部 :タイトルは「LOVE KILLS YOU.」ですからね(笑)。破壊力抜群ですよね。

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大政:今回、スウィング代表の木ノ戸さんのKAZUSHI作品への想いをまとめたテキストも作品とともに展示してご紹介しております。あとKAZUSHIさんの作品集ファイルは手にとって見れるっていうことで、思わぬ作品がもうたくさんそこに詰まっているんですけど。時々、展示室の中からお客さんの大爆笑している声が聞こえてきます。(笑)

小林:最初はえっっ!ていう驚きとともに、もっと上手にコラージュできそうなのにとか思ったりもするんですけど、見れば見るほどそのズレも癖になって、なんかKAZUSHIワールドの虜になりますね。

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岡部:「LOVE KILLS YOU.」と命名したリジチョーの木ノ戸さんは今回、生活介護事業所カプカプ所長の鈴木励滋二さんと共に、9月20日のトークイベントでご登壇いただきました。こちらはオンライン配信したイベントですが、後日アーカイブもアップする予定です。

小林:それぞれ活動している場所も違えば、やっていることも違うのですが、どこか類似している考え方というか、活動の根っこはつながっているようなお話でとても面白かったですね。「福祉とアートは類似しているか!?」というタイトルでしたが、お話のなかで出た、そもそもは分けて考えるものではなく一緒なんじゃないかという視点は、この企画展をさらに深めるポイントではと個人的には思いました。

小林:KAZUSHIさんは顔を切ってコラージュする表現方法ですが、それと似ているようで違う手法の作家が、向かいに展示されている今井真由子さんです。今井さんは、新潟県のNPO法人eばしょ結屋という事業所にいる方ですけれども、新聞や雑誌などに写っている顔をくり抜く表現をされている方です。

岡部:あれはなんで顔をくり抜いてるんでしょうかね。

小林:それが人によって捉え方が違うんですよね。そもそもは、ある日職員の方が新聞を読もうとしたら顔がくり抜かれていて、なんじゃこりゃっていうことになったみたいなんです。よくよく見てみると、今井さんがやってるんだっていうことがわかってですね、ご家族に聞いたら実は2歳3歳ぐらいのころからやってたってことがわかったそうです。それ以来、くり抜かれたものを見つけたら今井さんの表現ということで施設では取っておくようにしてるらしいです。ただ、何でやってるのかっていうのが、なんかイライラしているときにやってるっていう方もいれば、くり抜くのが好きで楽しいからやってるんじゃないかっていうことをおっしゃる方も居てですね。本当のところは、ご本人しか分からないことかもしれないです。

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大政:今回は顔がくり抜かれた英字新聞だったり、日本語の新聞だったり、また旅行パンフレットや雑誌などと、そのくり抜かれた顔を展示してます。

岡部:そのくり抜いた顔の方には執着されないそうですね。

小林:そうなんですよね。くり抜いた顔には全然関心がないそうで、それを見つけた職員の方が保管するようにしているそうです。これがよくよく見てみると、顔じゃないものも混ざっていたりするので、それもぜひ実際にじっくり見ていただきたいなと思います。

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大政:今井さんはこういった美術館での展覧会には今回初出展なんですよね。今井さんを知るきっかけになったのは、新潟県のアール・ブリュット・サポート・センターNASC(ナスク)が、昨年実施した「ものと語り」という公募展ですね。もともと職員の方がNASCさんに相談していたところ、ぜひ公募展にということで発掘された形ですね。

小林 :実際に見には行けなかったのですが、その報告書で拝見して今回お誘いさせていただきました。今井さんの作品はもう見れば見るほど、考えさせられる作品ですね。

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岡部:今回、青木さんは初めて展覧会の設営から関わっていただきましたけど、一押しの作家さんはいますか。

青木:どの作家さんも心打たれるところがあるんですけど、私はNerholさんの作品が印象的でした。Nerholさんの作品は、「何これ?」「何なのこれ?」みたいに近づいていきたくなる作品です。同じ方のポートレート写真を何百枚も重ねて、それを掘っていくというのが本当に斬新というか。説明が難しいですが、新しい世界を見たような、そんな気持ちになりました。

小林:Nerholさんの作品は私も初めて見たとき驚きましたね。Nerholはアイディアを「練る」と作品を「掘る」という二つの行為からつけた造語のアーティストネームで、お2人で活動されている作家さんです。今年上野で行われたVOCA展ではVOCA賞を受賞されたりもして、今とても注目されている作家さんでもあります。今回の出展作品は、2013年に作られたもので少し前の作品なんですけれども。3分間ぐらいの連続撮影されたポートレートで、200枚ぐらい重ねて、それを1枚1枚切り取りながら重ねて制作されています。平面のようであり立体のようでもあるそんな作品ですね。

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大政:どうやって作ったんだろうっていうのが見ただけではイメージしづらいのですが、なんとYouTubeにその制作風景の動画がアップされています。ギャラリートークではその動画もご紹介しながら、作品をご紹介させていただきました。何かこう、手でカットしたことから生まれる柔らかさというか揺らぎみたいなのもありつつ、その時間がぎゅっと恐縮されて生まれる厚みというようなものも感じたり、本当に不思議な作品ですね。

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岡部:作品の前を横切りながら、目をやると作品が動いてるようにも見えたりとか。ぜひご自身の目で確かめていただきたい作品の一つですね。

小林:展示を実際見に来た方を拝見していると、二度見するような驚き方をされていますね。最初は不思議な写真の作品だなって何となく思って、でも少し横から見てみると厚みがあることに気づいて、えっ、なにこれ?って感じで。写真ってある一瞬を切り取るのが一般的ですけど、この作品は時間の経過とその中の変化が切り取られていて面白いです。

青木:大政さんは今回オススメしたい作家はいますか?

大政:そうですね、もちろんみなさんオススメしたいのですが、「顔」がテーマの展覧会として企画を考えたとき、小林さんにオススメさせていただいたのが「とんぼせんせい」でした。とんぼせんせいは、3本線から生まれる顔のようなものが特徴で、「3本線を引けばどこにでも現れる」というコンセプトで活動されている方です。その線があるだけで、なんでも「とんぼせんせい」になってしまうんですよね。一度見たら忘れない表現だと思います。

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岡部:ある意味、KAZUSHIさんとはまた違った破壊力がある作品ですよね。

小林:一見かわいらしいイラスト作品だったり、あとウォーホルやバンクシーのオマージュ作品なんかがあって、少し垂れ下がった目と、にっこりした口がかわいらしい印象ですよね。けれども、どんな物でもその3本線にするだけでとんぼせんせいの作品になってしまうっていうところが、さっき岡部さんが言ったように破壊力というかパワーがありますよね。

青木:すごく一見ポップなんですけど。世の中を風刺しているような、鋭いところをついている作品だなと思いました。

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大政:今回、カフェスペースの方では「とんぼせんせいで遊ぼう」というワークショップコーナーも設置しています。無料のワークショップなのですが、とんぼせんせいの3本線が描かれている用紙に、お客様が自由に表現してもらうものになってます。毎日毎日、いろんなとんぼせんせいが生まれています。

小林:そうですね、みなさん発想がユニークでいろいろ楽しく見させていただいています。
ショップコーナーではとんぼせんせいグッズも販売して、塗り絵やワッペンバッチがとても人気です。

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大政:とんぼせんせいの向かいのエリアには、吉川秀昭さんの作品を展示しています。
吉川さんの作品のタイトルは全部「目・目・鼻・口」。とんぼせんせいも3本線で「顔」が成り立っていて、見た目は違うけどなにか重なるところがあり、面白い展示エリアになってますね。

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小林:吉川さんは滋賀県のやまなみ工房の作家さんです。やまなみ工房さんは私が企画すると、ほぼ毎回お世話になっていますね(苦笑)

小林:今回、展示室入り口では、吉川さんが「目・目・鼻・口」の作品を作っている制作風景の映像を流しています。高く成形した粘土を紐で削いで整え、そこに1点1点「目・目・鼻・口」をじっくりじっくり刻んでいく、そんな制作風景が見ることができます。

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小林:あと今回ですね、この映像をやまなみさんからいただいて見ていたときに気づいて、急遽お借りしたものがありますよね。

岡部:展示室の小さな粒の入った瓶がそれですね。これは「目・目・鼻・口」で削り取った粘土くずです。これまであまり展示されたことはないみたいですね。というのも、今までは作っている場所の隅っこの方に押し固めたりしていたそうなんですけども、容器を置いてみたらその中に溜めはじめたので、保管されるようになったそうです。吉川さんの制作の流れの中にすごく大事なポイントとしてあるような感じがしたので、やまなみさんに貸し出しのお願いをしました。

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青木:今回、吉川さんの作品の展示も携わらせていただいて、館長と一緒に展示作業をしましたが、緊張しました。でも、改めて美術館の裏方のお仕事を経験できる嬉しい時間でした。

小林:立体の作品というのは、額装されている絵画作品とはまた違う緊張感がありますよね。結構表面がつぶつぶだったりとか、形状もちょっと持ちにくいようなものも多かったりするので、我々もいつも緊張しながら扱ってます。

大政:個人的にはやっぱりアクリルケースを被せたいなって思う気持ちもあるんですけども、やはりなるべく近くでお客さんに見てもらえたらなっていうところで、今回もカバーはつけておりません。

小林:そこは来ていただくお客様にもいろいろご理解をいただきながら、出来る限り良い形で作品を見ていただきたいなと思ってます。

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大政:設営といえば、井口直人さんの展示も青木さんと同じくパートの中野さんとお二人で3,4日ぐらいかかけて展示していただきました。面白い展示になりましたよね。

小林:井口さんの展示室はもう入った瞬間にうわっ!て、インパクトのある展示で、結構驚かれるお客さんも多いですよね。

青木:井口さんの作品は、お預かりしたデータをA3の紙に出力して壁一面に貼っていくという単純な作業ではあったんですけど、だからこそすごく繊細で気を使う作業でした。ちなみに、中野さんが、設営中に名言を言っていたんです。

小林:どんな名言ですか?

青木:「生かすも、殺すも、展示次第。」本当、まさにそうだなと確信するような名言でした。展示方法が違ったらまた別の雰囲気になっていたでしょうし、作品の持ち味を十分引き出すことができないこともあるかもしれませんよね。正解がないからこそ難しいし、面白いですね。

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青木:井口さんは、コンビニや通われている事業所のコピー機で自分の顔をコピーするんですよね。毎朝、事業所に行く前にコンビニで、日中は事業所内で、そして夕方またコンビニと、一日2〜3回ぐらいコピーを取るのが日課になっている方です。一見、同じような作品が並んでいるようですが、その日の気分で変えているのか、色合いが明るい色だったり、それぞれちょっとずつ雰囲気が違っていて、そういった見方もまた面白いんじゃないかなと思います。

小林:毎日、しかも20年以上やっているそうですが、どうコピーするか、毎回考えられているように感じますよね。身の回りにあるいろんな物だったりとか、顔の歪みだったりとかが1枚1枚すごく面白くて。空間としてインパクトがあるんですけど、じっくりじっくり1枚ずつ見ていくのもすごく面白いと思います。

大政:そうですね。最近はスマートフォンや携帯電話を1人1台持つような時代になって、自分の顔を撮ったりとか、人の顔を撮ったりするように、カメラが身近ではあると思うんですけど。コピー機で自分の顔を撮る、写すっていうのはしないですよね。最初井口さんを知った時は、コピーの光とかそういう行為を楽しむ方なのかなって思ってたんです。でも、実際に制作している様子の映像を見ると、ご自身でも力強く、コピー機能を選択したりとか、あとコピーして出来上がったものも毎回しっかり自分の目で確認されて、自分で何かを作っているっていう意思がとても強くあるなって思いました。

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岡部:あと、一緒に展示されている腕章も、見どころの一つですね。顔をコピーした紙もさらにまたコラージュして、自分で身につける腕章を作られている。その腕章も一緒にコピーとって、コピーのコピーが何回も重なっているようなぐるぐるしてる感じもすごく面白いですね。

小林:井口さんは大事にしているものを肌身離さず持っていたい方で、昔は着ているシャツに貼ったりしていたようです。さすがにそれでは外でも目立つということで、支援員さんのアドバイスもあって今の腕章の形に落ち着いたそうです。今ではお母さんも一緒に腕章制作に関わりながら続けているという、そんなエピソードも興味深いですね。
井口さんのどこにコピーを取ろうというモチベーションがあるのかっていうか、そういうことを探る一つの手がかりになるのかもと思いました。

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小林:井口さんのお向かいでは今回冒頭でもお話に出た、盛山麻奈美さんの作品が展示されています。昨年、東京のワタリウム美術館のオン・サンデーズで個展をやられて、そちらを拝見させていただきました。すごく大きなプリントの作品とかもあって。印象に残ってました。いつかお誘いしたいなと思っていたところ、50周年式典で撮影された顔であったり、「ルイジトコトナリ」という趣旨にも合っているのではと思ってお誘いしました。

岡部:顔がテーマの展覧会ということで、顔にまつわる作品を出展いただきましたが、麻奈美さん自身は、「顔」っていうものに苦手意識があるっていうような話でしたよね。

小林:私も全然知らなかったんですが、麻奈美さん自身は人の顔を覚えるのがとてもとても苦手だということをおっしゃっていますね。そんな私が顔がテーマの企画展に誘われるっていうのも縁だなと思っていただいた様です。

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大政:パートナーの齋藤陽道さんも写真家ですが、同じ写真という媒体でもこんなに違うのかっていうぐらい表現の仕方が異なっていて、おもしろいですね。

小林:モノクロで白と黒のコントラストが強くて、粒子が粗いのが特徴ですよね。構図の切り取り方も独特で、一見何が被写体なんだろうかって判別できないような作品もありますね。よくよく見るとこれは人の顔かとか、蜘蛛の巣かみたいな。そんなところが今回のテーマにも合ってるかなと思ってます。麻奈美さんの展示室に入ると、印象的な大きな写真作品があります。ご自身のお子さんの写真なんですが、薄く見開かれた目がドキリとする印象的な作品です。麻奈美さんは、たまに寝ている自分の子供を見ていても、いったいこの子は誰だろうってと思う時があるそうです。そういったときにすごくいい写真が撮れるみたいなお話をされていて、何かこの作品はすごくそのエピソードを感じる作品だなと思います。

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大政:今、お子さんの話もありましたが、この展覧会の関連イベントとして、麻奈美さんと齋藤陽道さんが出演されている「うたのはじまり」というドキュメンタリー映画の上映会を開催します。上映会と合わせてお二人をゲストに手話トークイベントも開催いたします。開催日は10月3日ですが、気になる方はぜひご予約のうえご参加ください。


小林:そして、一番奥の部屋の駒嶺ちひろさんですね。駒嶺さんは、今年の2月に東北芸術工科大学で開催された卒展で出会った作家さんです。キャラクターを素材に、デフォルメーションするというような手法の作家さんですけども、最初の見た目がすごく印象的で記憶に残ってました。

大政:今回、他の作品は、比較的、目はこれ、鼻はこれ、口はこれっていう感じで、テーマが顔と聞いてすごく結びつきやすい作品ですが、駒嶺さんの場合は少し違う印象ですよね。

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岡部:顔の類似と異なりっていうと、自分と他人だったり、誰かと誰かみたいな対比がある感じですけど、駒嶺さんの場合は、同じ物体だったり物だったりするものが違った形を得て、違う人生を歩んだみたいなテーマが裏にある感じですね。本当にパーツパーツを見ると、類似点がいっぱいあるので、知っているあのキャラクターなのかなって思うんだけれど、でも、目の前にあるものは全く別な形をしていて。そういうところが最初の作品のインパクトもそうなんですけど、不思議さにどんどん吸い寄せられてしまうような作品だなと思いました。あと設営の際に駒嶺さんのお話を聞いててすごく印象に残っているのは、もともと絵を描く作家さんですが、このぬいぐるみを縫うのもドローイングだっておっしゃっていたことです。あれは糸を用いて線を引いていくということで、ドローイングなんだっていうのが、なるほどなって腑に落ちました。

小林:そうですね。今回の出展作品は《Shape of men》というシリーズで、ぬいぐるみを人のような形にする立体作品とドローイング作品です。素材となっているのはかなり有名なキャラクターなので、結構見に来たお子さんたちは一瞬ギョッとするんですけども。その縫ったぬいぐるみだけではなく、それ自体を肖像画として絵画にしていたり、そのデフォルメーションした作品に対して駒嶺さん自身もずっと試行を続けているというか、いろんな世界観を広げているのがすごく印象的でした。我々がいつも見ているキャラクターと駒嶺さんが生み出したキャラクターの類似と異なりっていうところだったり、そのぬいぐるみ一体一体がもともとは誰かが持っていたものを使っているそうなんですが、それぞれのぬいぐるみの人生みたいなものも考えながら一つ一つ作っているっていうところが面白いなと思っています。

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大政:今、話を聞いていて、他の方の作品は他者との類似性やちがいを感じるところがあるのですが、駒嶺さんの場合は一つのぬいぐるみや一つのキャラクターといった、自己の変化や変容のようなものを感じました。駒嶺さんにご出展いただいたことによって、この展覧会の深みというか、そういうものが増したかなって思います。

小林:駒嶺さんは今回設営にも来ていただいていろいろお話も伺いましたが、美術的なことも大事だけれど、単純に作る楽しさみたいなものをもっと出していきたいというようなことをおっしゃっていて、改めてこの美術館との親和性がある方なんだなと思いました。

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小林:そして最後、駒嶺さんの向かいに展示されているのが、タノタイガさんの作品です。今回新聞の取材などで、ここの写真を使われることも多いので見た方もいるかと思いますが、たくさんのお面が並んだ《タノニマス》という作品です。

岡部:取材に来た方からは、「お面の展覧会なんですよね」って言われるぐらい結構ビジュアルイメージが鮮明な作品ですね。

小林:作品名の《タノニマス》というのが、匿名性を表すAnonymousという言葉と作家名のタノタイガを組み合わせた造語ということなんですけれども。この作品はタノタイガさんご本人の顔を型にお面を作り、そこに来館された方がそれぞれ自由にデコレーションするというものですね。コンセプトには、みんな一緒でなければならない社会に対しての風刺的なものが込められています。

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青木:今回参加型ということで、デコレーションしたお面は同じものがもちろん1個もなくて、今後もどこかで開催される展覧会などでどんどん進化し続ける、この先どうなっていくのか気になる面白い作品だと思いました。例えば自分に置き換えて考えてみると、私が自分の顔の型のお面を作って、その私の顔を誰かが手を加えていろんな私になっていく。みんなが私の顔で遊んで、それが集まって作品となっていくっていうのはすごく不思議な感じがしますね。ワークショップはお子さんだけでなく、大人の方にも楽しんでいただいてますし、展示してあるお面を1つ1つ見ていくだけでもとてもおもしろいと思います。

大政:結構来たお客さんや小さなお子さんと話してるとあれは何とかレンジャーのリーダーで、あれは何々で〜とか全部説明してくれるお子さんもいて楽しいですね。一見すると、みんな全然違うお面が並んでるので、逆に全部タノタイガさんの顔一つのお面ですって言うと驚かれるお客様も結構いらっしゃいますね。

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岡部:タノタイガさんお1人の顔のはずなのに、来た人がデコレーションされた顔を見て、自分はこういうふうにはしないなとか、これはすごくいいから真似したいなみたいなのが引き継がれたり、変化したり、展開していくのが面白いですよね。なんかそれぞれの人が年々と続けてきた生活や経験がそこに盛り込まれているように感じました。

小林:そうですね。最初は全部同じはずなのに、いろんな人の手が加わって1つ1つ異なっていく。でも、違く見えるはずが、別の何かに見えたり誰かに似ているっていうようなことも感じたりとか。まさに企画の意図でもある、顔の不思議さみたいなものを表した作品だなと思います。
会期中は、毎日デコレーションワークショップも参加できます。会期中はその作ったものが展示されますので、ぜひたくさんの方に参加してほしいです。タノさんの顔をいじくりましょう!

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大政:ルイジトコトナリ展の会期も残りわずかです。10月4日には最後のギャラリートークが開催されます。ギャラリートークの開催日以外でも、なにか「気になるな」「これ面白いな」と思うことがあったら、お気軽に美術館のスタッフまでお声掛けください。

小林:当初の開催期間と予定は変わりましたが、ルイジトコトナリっていうテーマが、奇しくもこのコロナ禍の前と後みたいなことも考えられるかなと。私達の生活のなかで変わってしまったものと変わっていないものを考えるような、そんなきっかけにもなればいいなと思ってます。似ているものもあるし、違うものもある。そして異なる中にも類似しているものがある。それが結構いろんな物事に言えると思いますし、何かそう思えることでもう少し許容の幅を広げるというか。そう思える人が増えることで、少し暮らしやすい世の中になったりすれば良いなぁなんてことも思ったりしてます。まだこの展覧会を見られてない方は、ぜひはじまりの美術館に来ていろんな顔と出会っていただければと思います。

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企画展「ルイジトコトナリー類似と異なり」は、10月11日まで、はじまりの美術館で開催中です!

ルイジトコトナリー類似と異なり

会期:2020年7月11日 - 2020年10月11日※火曜休館  
出展作家:井口直人、今井真由子、KAZUSHI、駒嶺ちひろ、タノタイガ、とんぼせんせい、Nerhol、盛山麻奈美、吉川秀昭 
  
主催:社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館
https://hajimari-ac.com/enjoy/exhibition/ruijitokotonari/
はじまりの美術館は、引き続き感染症対策をとりながら開館をしております。
入館時には「①アルコール消毒また手洗い」「②手首での検温」「③連絡先(お名前と電話番号)のご記入」のご協力をお願いしております。今後の感染拡大状況によっては、イベントの内容や実施方法が変更になったり、また、開館の状況が変更になる可能性などもございます。ご理解、ご了承いただければ幸いです。



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