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コロナ禍を生き抜く「隠居力」
私ごときが言うまでもなく、多くの方が「アフターコロナの働き方が変わる」と思っているはずだ。
いや、確実に変わる。
生き抜くには「隠居力」が必要だ。
コロナ禍で変わったこと。
・化粧をしなくなった
・こまめに美容院に行かなくなった
・ヒールをはかなくなった
そしてもう一つ
「打ち合わせや取材がすべてオンラインになった」こと。
意外かもしれないが、実のところ私にとってはこれらが心地いい。
元々の生業が執筆業ということもあり、おこもりには慣れている。
おこもりが嫌などころか、密かに楽しんでいる自分がいる。
オンラインの打ち合わせは上半身しか映らないので、トップだけオシャレすればいいし、カメラの性能がイマイチなので化粧も適当でいい。
多少の白髪もWebカメラならわからないので、染める頻度も減った。
外飲みがなくなったせいか体重、体脂肪も減ったし、体調もすこぶるいい。
早寝、早起きで肌の調子もすっごくいい。
それでもって元来が凝り性なせいか、オンラインセミナーの研究をしたり、
動画の編集を一から勉強するのが楽しくて仕方ない。
コロナ禍を迎えて初めて気づいたのだが、実はかなり「隠居力」が高い人間だったのだ、私は。
コロナ禍の武器、それは「隠居力」
「自分が自分が」とガツガツして露出することを優先するよりも、人にはあまり理解してもらえない密かな楽しみをみつけ、ちまちまやっているほうが案外楽しい。
最近始めた動画編集もまさにそれで、動画の音楽にフェードイン、フェードアウトをつけたり、効果音を入れてみたりと、細かい細工をすることに喜びを見い出す。
それを他人に理解されればそりゃ嬉しいけど、承認欲求を満たすよりも、自己満足を得られるほうがはるかにいい。
つまりはこれこそが「隠居力」なのだ。
「隠居力」があると、おうちにいるのも苦じゃないし、ましてや友人や家族になかなか会えないのもそうつらくはない。
というか「STAY HOME」ウイークで、いい大人が狭い空間で顔をずっと突き合わせているほうがよっぽど苦痛である。
私たち夫婦はどちらも「隠居力」が高いので、緊急事態宣言が出て以来、たった1回しかオンラインでしゃべっていない。
人から見たら水くさいとか、愛がないとか言われるかもしれないけど、これが私たち夫婦のスタイルであり、コロナ禍における夫婦円満の秘訣でもある。
何にも言わないけれど、オットも同じ考えだと思うので、わざわざ感染のリスクをおかし、高い交通費をかけてまで京都に帰ることもない。
次に会うことを楽しみに、色々な話題を今のうちに作っておこうと思う。
結局はこの状況下を楽しめるか、楽しめないかで、現状、さらにはアフターコロナが変わってくると思う。
文句言っても何も変わらないのなら、楽しんだほうがいい。
難しく考えれば考えるほどストレスがたまるし、それによって人間関係もギクシャクする。
小さなことでいい。
別に人に理解されなくたっていい。
このコロナ禍で、夢中になれる自分なりの幸せをみつけて欲しい。
それを重ねるうち「隠居力」が高まって、自粛生活が楽しくなってくる。
その小さな幸せが「楽しい」と思えれば継続するし、それが仕事へと自然につながっていく。
昨日、動画を見た方から仕事の打診があった。
それも2件。
企画が通る、通らないは別にして、そういう話がくるということは「何らかの可能性がある」という証明。
また、楽しみながらちまちまと作っていた「隠居力」が功を成したということでもある。
昔から「光あるところに人は集まる」と良くいうけれど、今は「楽しさがあるところに人は集まる」のではないだろうか?
特に閉塞感がある今は。
働き者の日本人には難しいと言われている自粛生活。
慣れてしまうのは良し悪しだが、せめてこの二度とないであろう贅沢な余暇の合間に「隠居力」を身につけてみてはどうだろう?
同じ時間をすごすなら「楽しむが勝ち」だ。
◇◇◇◇◇
オンラインスナック「スナック葉石」、YouTubeでお楽しみください。笑。
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