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自分の核じゃないとわかりながら事業をやっていた僕が気づいた、本当に大切なこと

自己紹介

LDS17期に参加していた、土井貴文です。

早稲田4年生を休学して、コロナ前までライフワークするために飲食で働いていましたが、今は休職しています。
キャッチコピーは「日本酒カクテルを広めるバーテンダー」ですね。

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マウントをとって守りに入っていた大学4年生

LDSに入ったとき大学4年生で就活に直面していたんですけど、その時期、自分は守りに入っていました
大学2年生の時に学生交流イベントに行ったとき、周りは「学生団体やってます」って人多かったけど自分は何もしてなくて、「何かしなきゃやばい」って思って行動した結果、3年生の時にアウトプットとして2つシェアハウスを作ったんです。

就活になった時に、学生時代で力入れたところって書くけど、シェアハウスの運営って書いた時、「一生やりたいのかな?」ってずっと思ってて。
ライフワークとか実現したい未来とかなんのために生きていくか。の質問に対して、シェアハウスのコミュニティとは思わなかったし、「自分が一生続けたい仕事って何だろう?」って思ってLDSに参加しました

自分はシェアハウスを作ってから、誰かに「何をやってる人ですか?」って聞かれたときに「自分にはこれがある」って言えるようになってから、「俺ってもう完成じゃね?」ってマウントをとるようになって、人からの学びは少なくなっていました

実際LDSに入った時、「俺シェアハウスやってるけど、みんな何してるの?」って思っていたし、自分が大学2年生だった時の、何も行動していなかった当時の自分みたいな人がいるなって思っていました。

やりたい事がわからない自分を認めたくなかった

LDSで自分の生きる意味について宣言するアクティビティがあったとき、同期が「俺、何やりたいかわかんない。生きる意味がわかんない」ってずっと言って泣いていたのが自分にとっての転換点になりました。

その時は「やりたいこと見つけるのそんなむずくないでしょ、好きなことやればいいじゃん」って思っていたんですけど、直後くらいから「俺もそうだな。生きる意味、わかってないぞ自分」って思いが出てきました。
俺はわかってる風だったけど、結局わかっていなくて。
結局自分が何をやりたいかわからないのを認めたくなかった
んだなって気づきました。

そして、そんな自分を認めてから生きるのが楽になりました

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社会にとっての正解が自分の正解だと思っていた

自分の核じゃないってわかりながらもシェアハウスをやっている時、社会的にそれが正しいって信じていました

大学生の時は課外活動をして、代表とかを経験してアウトプットを持って就活に望むべき。就活で名のある会社に入れたら、周りからもちやほやされる。っていう一個の正解が、意識高い大学生界隈だとそれが当たり前だったから、自分も起業するぞって思っていました。

だから、それが「自分にとっての正解なのか?」を疑うことなく生きていたし、全てをピラミッドで見ていたから、ヒエラルキーの上位層は起業したりしてるし、それができなかった人は、ヒエラルキーで下だと思っていました。

だけどLDSに入って、起業したりする生き方は正解の一つであって全てでないってことに気づいたんです。
何かを選択するときに、自分が「これがしたい」って正解だと思った生き方だったらいいけど、誰かの基準や誰かの正解に合わせるのは不幸じゃない?って思って。

接客業が好きな自分に気づいた

そこで改めて、「自分は何がしたいんだろう」って考えた時、目の前のお客さんから直接「ありがとう」って言われる働き方がしたいなって願いが出てきました。

その気持ちに気づいて過去を振り返った時に、昔からそうだったなって。
大学1年生の時に初めてバイト始めた時も飲食業で、結構好きで2年続けたんだけど、「このまま飲食続けてたら、意識高いコミュニティの正解にじゃない」と思ってやめてしまったんです。
だけど、自分にとって飲食業に対しての努力は苦痛じゃなくて、長期休みで秋田の酒蔵を巡ったり、自分のお金で1人で飲みにいったりして「こうゆうサービスあるのか」って学んだりしていたなって思い出しました。

自分は接客業が好きなんだって気づいてから、飲食業の世界に戻ることにしました。


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日本酒カクテルという革新的なチャレンジ

いまは、日本酒カクテルのお店で働いてます
大学2年からアルバイトで日本酒に関わっていくうちに、日本酒って多様性があるなと思っていて。
例えば、魚が取れる地域だと魚に合うお酒が作られてるし、その土地で独自に発展してきた歴史や、関わっている人たちの思いの多様性も面白いものがたくさんあるんですよね。

だけど日本酒は衰退している現状で、いろんな人の思いが紡がれてここにあるけど、その文化が途切れる未来は遠くないって感じたんです。
日本の文化って人の願いや思いが集結したものだと思う。たくさんの願いが込められて、いま自分たちが楽しめてるから、この時代で終わらせたくないんです。

日本酒が衰退している理由として、日本酒は度数が高いから楽しめる人を限定してしまっているのでは?って仮説があって。
本当は日本酒は奥深いし楽しいコンテンツのはずなのに、「楽しくない」って終わる人が多んじゃないかなって。そういった変な思い込みをつないでいくと文化の衰退につながると思いました。

そこに対しての新しいアプローチとして、カクテルがあるなって思っています。
日本酒を混ぜて飲むっていうのは愛好家からしたらタブーだけど、その変革にチャレンジしていかないと、変わらない文化はないし時代に応じて新しいことは必要だなと思って勉強しています。


LDSを検討している人たちにメッセージ

今の自分で大丈夫だ」って思ってる人こそ入って欲しいです。自分に足りないものを自覚できてない人にこそ、注目して欲しいスクールですね。
自分がLDSに入った時、自分の中で「自分は大丈夫だ」って感覚を持ってたけど、周りの人たちを見て学べることってたくさんあるし、「LDSなんて必要ないよ」って人こそ、自分の記事を読んで、考えてもらえたらいいかなって思います。

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