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【エッセイ】 あえてコンプレックスを曝け出すこと。

 高校時代のバイト先で起きた話。
以前、仕分けバイトをしていた時の話を書いたのだが、その後の話である。

▷ 仏教の教えを聞いて、昔のことを思い出した。

・・・

 恵まれた環境になったため、伸び伸びとバイトをこなしていた。
年末にかけて次第に増えていく荷物の量に、今のメンバーでは全然足りないと、短期で募集をかけたところ20人近くの採用が決まった。

その中に、滑舌の悪い男の人(以下、滑舌さん)がいた。
年齢は僕ら高校生より一回り以上は離れていたが、本人の明るい性格もあり、すぐに僕らの輪に打ち解けた。
全く聞き取れないレベルでは無いにしろ、誰が聞いても滑舌が悪いと思うレベルで、

「かき」「さしすせ」「ちつて」「りるれ」

この辺りを特に苦手としているみたいだった。(僕の覚えている範囲では。)
しかしそれすら笑いに変えて、こちらが振っていないにも関わらず「サ行変格活用」という言葉を、何度も連呼して笑わせてくれた。
この人に会わなければ「サ行変格活用」なんて言葉を聞くことは死ぬまで2度となかっただろう。
しかもまさか笑える要素として聞くことになるとは思わなかった。


 ある日、僕がバイト先に到着すると、凄い勢いで走ってどこかへ向かう滑舌さんが遠くの方にいるのが見えた。
あまりの慌てように何かあったのかと思い、どうしたんですか?と大声で聞いた。

「あとでぇぇえええ!!はなしゅからぁぁあああ!!!!」

絶叫だった。
相当切羽詰まってる状況なのがわかったので、止める事はせずに後で話を聞くことにした。

 バイトの開始時間になり、2人1組のチーム分けが行われた。
1人がトラックから荷物を下ろし、もう1人はコンベアの上に荷物を置いて、割れ物or割れ物以外のレーンに流すという作業だ。

僕は滑舌さんとチームになったのだが、その滑舌さんが一向に現れない。
仕方なしと1人でトラックから荷を下ろし、仕分けコンベアへと置いていく。
1人でやるのはハードだったので「滑舌さんはよこい!」と心の中で叫ぶと、

「おしょくなりましゅた〜」

滑舌さん登場。
社長出勤やめてくださいよと笑いながら言うと、何があったのか説明をしてくれた。

・ーーーーーーーーーーーー・

 たまたま私用でバイト先の近くにいたので、いつもより1時間以上早く中へと入り、休憩室で飲み物を片手に時間を潰していたそうだ。
休憩室は2階にあり、外の景色を眺めていると、何故か急に外の芝生で寝転びたくなった。(なにその発想かわいいかよ。)

外に出て寝転んでいると、1匹の猫が同じように日向ぼっこをしていたので、ゆっくりと近付いて写真を撮ろうとしたそうだ。(滑舌さんマジかわいい。)

その猫は人に慣れていたのか、こちらに気付いているにも関わらず全く逃げる気配がなかったので、これは一緒のフレームに収めるチャンスかも!?
そう思った滑舌さんは、猫の真横に寝転ぼうとした。


・・・ん?何か臭う。


気づいた頃には、時すでに遅し。
滑舌さんの背中に、おそらく猫のものと思われる排泄物を潰した感覚が襲う。

ぴゃおっ!?と飛び跳ねると、その動きに猫は大驚き。
必殺猫パンチよろしく、右頬の下あたりを殴られた。

・ーーーーーーーーーーーー・

「ということがあったんでしゅよ〜」

笑いながら滑舌さんは言っていたが、その排泄物の付いた服はどうした?と疑問が浮かんだ。
が、あえて聞かなかった。多分慌てていたのは服を洗いに行ったのだろうと察したからだ。


 きっとこの人には笑いの神様が付いている。
笑いの神様はズバ抜けて明るい人間に微笑むのだろう。

そして"滑舌が悪い"はコンプレックスになると思う。
だが本人からコンプレックスだなんて聞いた事がない。むしろそれすら自分の強みに変えて、周りを暖かくしてくれた。

 人の「普通」とは違う部分を他人が蔑むのは、自分が「普通の人間」だと、高く驕っているだけなのだと再認識させてくれる人だった。
コンプレックスにおいて「普通」に対する基準は、当の本人にしか測れない。

普通の人より滑舌が悪い。
普通の人よりホクロが多い。
普通の人より鼻が潰れている。
普通の人より・・・。

コンプレックスで悩む人は「普通の人」の基準をやたら高く設定していないだろうか。
さらに言うなれば「普通の基準」と「憧れ」の境目が曖昧になっていないだろうか。
憧れの見た目になれていないからコンプレックスですと言っている人が多いと思うのは、僕だけなのだろうか。

普通ではないと自分で勝手にコンプレックスにした部分は、自分の認識でいくらでも変えられる。なんなら滑舌さんのように強みにすらできる。
というか、本人が悩むコンプレックスなど他人からしたら本当にどうでもいいし、受け入れてくれる人は、何も思わず受け入れる。

 コンプレックスを曝け出すことは何も恥ずかしいことではない。正面から向き合うことで、人とは違う魅力を持った人間になれると僕は思っている。


 滑舌さんは今どこで何をしているのか知らないが、僕はお酒を交わせる年齢になった。
もしいつかどこかで再会する事があれば、ぜひあの「サ行変格活用」をまた聞きたい。(え?そこ?)

我が家のにゃんこへ献上いたします。