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舞台『ハザカイキ』のすすめ — 三浦大輔による巧みな演出/丸山隆平という、人に寄り添う役者/恒松祐里の制御力 —

劇作家・演出家・映画監督である三浦大輔氏のオリジナル作品の主人公の名前は、すべて“菅原裕一”である。そしてその恋人の名前は“鈴木里美”、友人は“今井伸二”だ。同じ人間だというわけではない。名前が同じ理由は、過去のインタビュー記事によると、「考えるのがめんどくさいから」「それほど意味はない」「似たような駄目な男が登場するので、 統一したら面白いかなと思ってやっているというだけ」だという。

二十何代目か、の菅原裕一が登場するのが、舞台『ハザカイキ』である。
三浦氏の3年ぶりの新作で、テーマは6年以上前から考えていたという。
公式HPの作品紹介には、

芸能界を舞台に、マスコミとタレントという特殊な関係の中、現代に振り回されながら葛藤し続ける人間たちの揺らぎを、三浦独自の視点で浮き彫りにする会話劇

https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/24_hazakaiki/

とある。

本作の菅原裕一は芸能記者で、国民的人気タレントとアーティストの熱愛スキャンダルを追っている。演じるのは、丸山隆平。アイドルグループ“SUPER EIGHT”のメンバーであり、アーティスト活動も俳優業もマルチにこなしている。
同棲中の恋人・鈴木里美役をさとうほなみ、
親友・今井伸二役を勝地涼が演じる。
国民的人気タレントの橋本香役は恒松祐里、
交際相手である人気アーティストの加藤勇役は九条ジョー。
その熱愛をリークした香の友人である野口裕子役は横山由依。
香の父で芸能事務所社長の橋本浩二役は風間杜夫、
香のマネージャーの田村修役は米村亮太朗、
浩二とは離婚しているが香の母親・智子役は大空ゆうひが演じる。

主演の役者について記しておきたい。
丸山氏の出演作は、直近の主演作品である『パラダイス』(2022年9月~10月:森ノ宮ピロティホール、Bunkamuraシアターコクーン/演出:赤堀雅秋)と、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(2022年2月~3月:EX THEATER ROPPONGI、Zepp大阪ベイサイド、Zepp福岡、Zepp名古屋、Zepp札幌、Zeppダイバーシティ東京/演出:ジョン・キャメロン・ミッチェル)をいずれも初日に観劇している。
芝居に関しては、人の邪魔をしない役者、という印象がある。主張しすぎず、スッとその空間に馴染む。存在感がないという意味ではない。
彼の芝居は、役を作るとも、役になりきるとも、役を引き寄せるとも、すこし違うように思う。

言うなれば、役に寄りそう、かもしれない。

本人のままの気配を隠しも役に隠れもせずに寄り添い、その人物を代弁するような優しさを感じる。
演じることと代弁することは異なる、という意見もあるだろう。ただ、ここで言いたいのは、決して彼が役者として未熟だということや役になりきれていないということではなく、むしろ、演じていながらも自然に“語る”ことができる役者だということだ。
母親が子どもに絵本を読み聞かせるようなやわらかさといつくしみ、
弁護士が法廷で依頼人の無実を立証するような冷静さと整然さ、
医師が病の進行状況を説明するような慎重さと沈着さ、
校閲者が信憑性と整合性を追究するような客観性と使命感、
丸山氏は、そういう、心や意識で寄り添い(なお心より意識の比率のほうがずっと高いように思う)、演じながらもその役を語る不思議な魅力がある役者だと感じる。

3月31日。
初日公演を観劇した。


開演。
マンションのエントランスから、マスクとサングラスで顔を隠した男が辺りの様子を窺いながら出てきて、誰かに電話をかける。
その後、同じく帽子とマスクで顔を隠した女も警戒しながら出てくる。
二人はその先の歩道橋で落ち合い、一緒に歩き出す。その姿を蛇のように静かに待ち、ハイエナの狩りかのごとくカメラのシャッターを切る人物がいる。橋本香と加藤勇の熱愛スクープを狙う芸能記者の菅原裕一だ。

その後も登場する人物たちは、名前や特徴から、ひとつの要素としてモデルにした人物や事柄がなんとなく浮かんで風刺にも似た遊び心を感じる。

作中、場面は、香の部屋、裕一の部屋、香の撮影現場や事務所、喫茶店、居酒屋、スナック、サウナ、歩道橋や街の雑踏の中とどんどん展開していくが、この舞台セットがいずれも丁寧によく作り込まれている。衣装や小道具も「あるある」「いるいる」と思うような物が使われている。
セットだけではなく映像もまた作り込まれていて、テレビから流れる情報番組の映像は実在するかのようなリアルさである。
さらに、照明の使い方もとても効果的だ。

一幕の終わりの演出が唸るほどよかった。


幕間で、「これはここ数年で見た舞台演劇の中でもトップレベルに面白いかもしれない」と胸が逸った。観た舞台演劇が良かった時に、とにかくいろんな人に観てほしいと思う時もあれば、この素晴らしさを誰にも秘密にして自分だけでしめしめと味わいたいと思う時がある。本作の無駄がない脚本や効果的な演出は、独占せずに人に勧めたくなるタイプの良さだと感じた。
とはいえ、二幕でどう展開していくかで評価は変わるとも思った。


二幕。
一幕で展開した“起・承”から“転・結”へと進行していく。
二幕で繰り広げられる各々の告白や謝罪に対しては観客は思うことが個人で違うだろうと思う。その内容面は置いておき。
役者の芝居という面では、さすがベテランというべきか、風間杜夫氏がとてもよかった。競争意識が強く高圧的な所謂“団塊の世代”の男性が、時代に逆行する姿・濁流の中踏ん張る姿・流れにさらわれる姿・そして自分なりに泳ごうとする姿、いずれもを温度感を持って演じていた。最初は「少し声が大きすぎるな」と感じストレスにすら思ったのだが、香の部屋で元妻である大空ゆうひ氏演じる智子から、「大きい声出せばいいと思って!」と言われていることでその閊えが腑に落ちた感覚を得られた。
また、スナックでの智子と浩二の二人のシーンで、智子が浩二という人間について言葉にしたところがとてもよかった。「目の前の人間の存在を感じ取れて」という言葉に納得感があった。


そして終盤、観客が、傍観者というよりある意味で舞台装置のようにも参加者のようにもなる展開が待っていた。
恒松祐里氏演じる橋本香の、ある会見である。
劇場の中で、客席とステージとの境がなくなる感覚がやってきて、生きた緊迫感や張り詰めた空気が漂う。動けなくなった観客も少なくなかったのではないだろうか。
“ライブ感”がダイレクトに感じられるのだが、そもそも舞台演劇は生であるので、“ライブ感”が提供されることは実は作り物であるという証でもある。それを計算しきったうえでの巧妙な演出であると感じた。
筆者個人としては会見の内容自体は好みではなかったが、それでも「ああ、凄いものを見たな」と思った。


恒松氏についても記しておきたい。
オーバー・ザ・トップ・メディアサービスのNetflixで配信されているオリジナルドラマ作品『全裸監督 シーズン2』(2021年配信)でのヒロイン役で注目を集めた役者であるが、25歳(2024年4月現在)にしてキャリアは18年と長い。体当たりの演技と評されることが多いが、筆者には“自分を制御する術”を持った役者だと感じられた。熱量に支配されずに、自分を目的の状態にするために適当な操作や調整をしている印象を受けた。単に体を張っているだけではないし、長尺の台詞を勢いで発しているだけではない。そのコントロール力が彼女の武器なのではないかと思う。


“狩る側”であった裕一が“狩られる側”となる展開については、一芸能記者のスキャンダルなど現実では「誰?」という感じで気にされないであろう点は気になった。“やる側からやられる側になる”にはそれが事実であろうと虚偽であろうと、醜態や悪行を暴露され世間に晒されることが一番わかりやすいが、芸能人とは注目度が違うし、実際は記事として成立しないだろうなという大前提に少々引っ掛かりを感じながら見てしまった。しかし、現実や現在や現代でなく、あと一歩先の、「これからはそうなる時代」ということでそこはそう展開させるしかやり方がなかったのかもしれない。

作品の中でも、現実世界にも、“悪いことをした人間”であれば、その真偽も考えず他人を平気で誹謗中傷し侮辱し、さらにはそれが正義ですらあるかのように思い込む根本的に幼稚で浅はかな人間が大勢いることは、筆者も痛いほどに知っている。そもそもどんな犯罪者であろうとも、他人を誹謗中傷してもいいなどということはあり得ない。正当な批判や批評は抑制されるべきではないし、これは違うのではないか・おかしいのではないか・許されるべきではないのではないかというような物事について冷静に意見や提言をしたり声を上げたりすることは必要である。しかしそれらと誹謗中傷や侮辱は全くの別物だ。
裕一は、後者の悪意により追い詰められていく。顔の見えない人間たちの悪意は本当に恐怖だ。実際は自分にとって取るに足らないちっぽけな人間の言葉でも、姿が見えない分膨れ上がり殺傷能力の高い凶器となる。一生の後遺症を残したり、生活や命をも奪う。その渦中にいる状況で、絶対的に自分の味方でいてくれる・触れられる人の存在に気付くと、シェルターのようだと思うものだ。そういう人がいてくれたなら、苦しみ怯え恐れながらでも、なんとか生きていけたりもする。
裕一にとってのシェルターは、伸二や里美であった。そのことを二人それぞれとの物理的な温度や質感を感じさせる触れ合いで見せていたように思う。

とはいえこの作品は、現代社会に即した内容ではあるが「コンプラ!」「セクハラ!パワハラ!」「ネット!誹謗中傷!」といったこと自体を取り上げ啓蒙したいとか抑止したいとかではないだろうと思う。
人間という生き物の本質、建前と本音、理性と本能、欲求や欲望と、赦し赦され味方であれる人との心身の距離や温度の話で、結果的に啓蒙になるのであればそれはそれでいいのだろうが作品の魅力はそこではないだろうと。逆に、時代云々でない人間の本質部分の話、その手触りがある、人の生温かい湿った温度感を肌に感じるシーンのための作品であるように思う。

なお、丸山氏の役を代弁するような寄り添うような芝居は本作でも健在であり、直近の過去2作品よりさらに精度が上がってもいた。余計な力が入っておらずラフで、存在感がないわけではないのに、他の役者を食ったり邪魔したりは決してしない。それでいて目つきや目線にじっとりとした迫力の余韻をいつまでも残す。この作品は彼のキャリアに大きくプラスにもなるだろう。



作中で発せられる台詞や取り上げられるモチーフには好みが分かれるだろうが、美術や照明、役者の人選、各々の芝居、起承転結の流れ、いずれもよく出来ており、携わった作り手たちと演出を手掛けた三浦大輔氏の妙を感じる。

一幕は演劇で、いや、二幕もそうであり当然そうでしかないのに、全てひっくるめて“エンターテインメント”ととるか否かと考え始めると、「面白い演劇だった!」で終われない感じが、逆にエンターテインメント演劇だった。
つまりは率直に、面白かった。

演劇を観る観ないは当然個人の自由であるし、鑑賞の習慣がなければハードルが高いので、その気もない人間に「この演劇を観に行ったほうがいい!」と勧めることはしない。しかし僅かでも気になったならば、観てほしい“エンターテインメント”である。


■■ Information ■■
『ハザカイキ』

【東京公演】
■公演日程
2024年3月31日(日) ~ 2024年4月22日(月)

■会場
THEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)

■料金 (全席指定・税込)
S席:12,000円、A席:9,000円

■上演時間
2時間55分 (1幕:55分、休憩:20分、2幕:1時間40分)

■当日券
・平日公演(千秋楽をのぞく):開演45分前より、当日券売り場にて販売
・土、日、千秋楽公演:各公演日前日にBunkamura専用ダイヤルにて電話受付
<当日整理番号受付方法>
・受付電話番号:03-3477-9993 (Bunkamura当日整理番号 受付専用ダイヤル)

■主催/企画・製作
Bunkamura


【大阪公演】
■公演日程
2024年4月27日(土)~5月6日(月・祝)

■会場
森ノ宮ピロティホール

■主催
サンライズプロモーション大阪

【作・演出】
三浦大輔

【出演】
丸山隆平、勝地涼、恒松祐里、さとうほなみ、九条ジョー、米村亮太朗、横山由依、大空ゆうひ、風間杜夫
日高ボブ美、松澤匠、青山美郷、川綱治加来

【公式HP】
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/24_hazakaiki/

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