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【観劇記録】唐組 第73回公演『泥人魚』紅テント/鬼子母神

劇団唐組による『泥人魚』の上演は、21年ぶりとなる。
初演は2003年4月で、第55回読売文学賞 戯曲・シナリオ賞、第38回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第7回鶴屋南北戯曲賞をトリプル受賞し、さらに、第11回読売演劇大賞 優秀演出家賞も受賞している。
2021年には、劇団「新宿梁山泊」主宰の金守珍氏の演出により、宮沢りえ氏主演で『COCOON PRODUCTION 2021
「泥人魚」 』として18年ぶりに上演されている(2021年12月:Bunkamuraシアターコクーン)。実は、唐十郎氏は、宮沢氏をイメージしてこの作品を書いたのだそうだ。

本作は、長崎県の国営諫早湾干拓事業による有明海の環境異変問題がモチーフとなっている。当時、潮受け堤防の建設に向けて湾を閉め切るための鋼板が海に落とされたのだが、これが「ギロチン」と呼ばれて話題になり、干潟保全の運動に拍車をかけたという。なお、作中には、その「ギロチン」を表現するブリキの板が登場する。

今回は、神戸と岡山での公演を経て、花園神社での公演、鬼子母神での公演、そしてまた花園神社に戻っての公演、最後に長野での公演と、全23回上演される。


5月19日、鬼子母神での公演を観劇した。
筆者はテント芝居および演劇全般を頻繁に観るようになってまだ日が浅く、『泥人魚』もはじめての観劇だ。

テントの中に入ると、もうそこには密度の高い世界が在る。
単に観客が密集しているからという意味ではなくて、唐十郎氏の戯曲とそれに浸かり心身を使って芝居をしている役者たちの表現の空間にいると、生きている人間の理性と獣の本能がどちらも匂い立つほどに研ぎ澄まされていく感覚が己の内で沸き上がる。
ねっとりと肌に纏わりつくように色濃く、それでいて淡くサラサラと幻想的に。



これまで観た芝居の中でも、実際の上演時間と比較して体感時間が随分と短かった。ストーリーを観るというよりも、役者の芝居や音の響きを捉えようとしたからかもしれない。『透明人間』や『少女都市からの呼び声』(新宿梁山泊)とは多少肌感が異なっていた。それらは演る時代・観る時代に戯曲の魅力や質感、距離感は全く左右されないと感じたが、本作は「諫早湾干拓事業」という明確なモチーフがあるからか、没入するより眺める感覚に近く、時代によってその度合いが変化する作品だと感じた。逆に言えば、その時の時代背景に即していたからこそ初演当時に数々の賞を受賞したのだろうと思う。
また、テント芝居での感想とは別に、「シアターコクーンでの公演ではどう表現していたのだろうなぁ」という単純な好奇心も湧いたりした。演劇はナマモノなので、“その時”しか観ることはできない。後から「観たかったなぁ」と思うことは虚しいし、そう思うことすらなく知らずに通り過ぎてしまうことは哀しい。



さて。芝居についてだが、若手の役者の力を感じた。

海の町を去り、都会の隅にあるブリキ加工店で暮らす元漁師・浦上螢一を演じるのは、福本雄樹氏。
福本氏は、唐十郎氏の子息である大鶴佐助氏に連れられ唐組の公演を観劇したことをきっかけに、2013年に『糸女郎』に出演、2014年に唐組に所属して以来、メインの役どころを演じてきた役者だ。2022年に退団しているが、客演として本作にも出演している。
端正な顔立ちだが、“イケメン”と言うより、“ハンサム”いや、“男前”と言いたくなるような泥臭さもある。
福本氏の、フレッシュでエネルギッシュでいて、肩にズンと全体重でのしかかられるような気怠い圧迫力がとてもよい。

久保井研氏演じるブリキ店の店主・伊藤静雄は、まだら呆けの詩人だ。その静雄の町のヘルパー・腰田を演じるのが、福原由加里氏。
福原氏は以前観劇した『透明人間』でも強烈なインパクトがあった役者なのだが、本作でも記憶にぐいと乗り込んでくるようだった。
狂気が棲んでいるような眼(まなこ)と、怪しく凄みのある愛嬌が魅力的かつおどろおどろしくもあり、存在感がある。


螢一の友人で、鯉のぼり店を転々としながら上京してきた夕ちゃんを演じるのが、岩田陽彦氏。21歳の若手だ。
夕ちゃんは、どこまでもハツラツとした明るさが奇妙でもあり、愛らしくも気味悪くもあり、他の登場人物とはまた違う毛色で印象的であった。


螢一をさがして漁港から上京してきた娘・やすみを演じるのが、大鶴美仁音氏。
華奢な身体が纏う鋭利さと柔さ。存在が放つイノセントな冷たさとギルティーな温さ。やすみのその質感や輪郭と融合した大鶴氏は閃光を放つようでも吸い込むようでもあった。


先代の役者たちや演劇人たちの夢や記憶や軌跡を辿ったり、想いや熱望を継いだり、はたまた変化や進化や深化させたり、時に壊したり乱したり、時に越えられなかったり、超えていったり、作り替えたり創り上げたりして、今を生き紡ぎ繋いでいく現代の役者たちや演劇人たち。
その姿を愛さずにはいられないと思った。

役者たちや演劇人たちが、その芝居を愛する観客たちが、紅き劇場に集う。
今を連ね重ねた先の芝居を、これからも受け取りに足を運びたい。


■■Information■■

唐組 第73回公演『泥人魚』

■公演日程
【神戸/湊川公園】
2024年4月19日(金)・20日(土)・21日(日)

【岡山/旭川河畔・京橋河川敷(岡山市北区京橋町地先)】
2024年4月27日(土)・28日(日)

【東京/新宿・花園神社公演】
2024年5月5日(土)・6日(日)
2024年5月10日(金)・11日(土)・12日(日)
2024年6月1日(土)・2日(日)
2024年6月6日(木)・7日(金)・8日(土)・9日(日)

【東京/雑司ヶ谷・鬼子母神公演】
2024年5月18日(土)・19日(日)
2024年5月24日(金)・25日(土)・26日(日)

【長野/長野市城山公園 ふれあい広場公演】
2024年6月15日(土)・16日(日)

■料金(全席自由・税込)
前売券:4,000円 
当日券:4,200円
(学生券、子供券もあり)
[お問い合わせ]
・唐組 03-6913-9225
・(東京公演)シバイエンジン https://shibai-engine.net/prism/webform.php?d=xcia7l32
・イープラス http://eplus.jp/karagumi

【キャスト】
久保井研/稲荷卓央/藤井由紀/福原由加里/加藤野奈/大鶴美仁音/重村大介/升田愛/藤森宗/西間木美希/岩田陽彦/金子望乃/壷阪麻里子/髙橋直樹/舟山海斗/丹羽駿介
福本雄樹/友寄有司/荒谷清水/内藤裕敬(神戸・岡山・長野、5/5、6の花園神社公演に出演)

【脚本】
唐十郎
【演出】
久保井研+唐十郎

【公式HP】
https://karagumi.or.jp/information/1317/


カーテンコール、久保井研氏の「座長は永い遠征に出ました」と語る瞳の熱さが沁み入った。

2024年5月4日、唐十郎氏は急性硬膜下血腫により、84歳でこの世を去った。

本作に限らず、役者たちから、“演劇”というものを担い紡ぎ繋いでいく覚悟が痛いほどに伝わる場面がある。
そんな目を目撃するたび、同時に、テントでも小劇場でも大きな劇場でも、その公演の規模や知名度は問わず、日本の役者たちや芝居について、観客として向き合い受け取ったものを日本語という言葉で記して残していくことに全身全霊をかけていこうと自身も思う。

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