トレイルランに国境はない〜Trail Trip 台湾編〜美しい島、Ilha Formosa!
雑誌『RUN + TRAIL Vol.35』(2019年2月発売号)はアジア山遊浪漫と題したアジア特集でした。その中で台湾パートを担当した中の『トレイルと食の楽園台湾へ。』を加筆修正して再掲します。ただ、海外レースでのハウツーやギア選びなどBlogやSNSでよく見かけるようなレース記ではありませんこと悪しからず。
●「Youはどうして台湾へ?」
ビジネスシューズの商品開発に携わっていたとき以来、およそ15年ぶりの台湾だった。校了直前だった『WIRED』の原稿ーディラン・ボウマン ウルトラトレイルのネクストジェネレーションが手にしたツールーを搭乗前のベンチで一気に仕上げ、未明のエアバス320機に乗って台湾・桃園空港に向かいはじめると、頭はすっかり“台湾モード”に切り替わっていた。
5つのカテゴリーからエントリーした104kmは、参加者の30%に当たる50人近い日本人で占められ、トップランナーの小川壮太さんや井原知一さん、女子では星野由香里さんや丹羽薫さんらも名を連ね、大会側が公表したエントリーリストを見ると、全カテゴリーで総勢89名の日本人が『FORMOSA TRAIL』に参加していた。
たくさんの日本人がいるよと話には聞いていたが、よもや日本の大会のようだ(笑)。12月にはロングレースがない日本と違い、ITRAポイントが5ポイント稼げる点も見逃せないが、口コミで集まった日本人コミュニティと、ローカル感含んだ異国感が程よく混ざり合った心地の良い時間がスタート前から漂っていた。
夜が明ける前の漆黒の朝5時にスタート。前半には折り返しコースもあり、トップランナーともすれ違うのだが、日本人同士で声を掛け合い、ハイタッチをし、自然と表情が緩んでいくのがわかる。
そしてお待ちかねのエイドだ。さすが南国台湾! 赤いドラゴンフルーツに、柑橘系が数種類、パイナップルの甘みは抜群で、冷やされた林檎が身体いっぱいに清涼感を与える。そして、タピオカミルクティまである。触手が自然と伸び、会話が弾むエイドの充実ぷりはリピート要素になるだろう。
(台湾名物ドラゴンフルーツ。「これを食べると次の日の尿が赤いよ!」と軽口を叩かれた)
(タピオカミルクティ。僕らが知るそれとサイズが違いすぎて、隣にいた台湾人に確認すると、これが僕らにとって普通のサイズだよ。と涼しげ)
(エイドの様子。ビーフンや空芯菜など台湾料理も必ず出るほどエイドは充実していた)
●レース中にカテゴリー変更が可能!
12月初頭にもかかわらず、昼間になると気温は25度を超えていた。沖縄より南という地理的な特徴を考え、台湾レースの暑さ対策は必須要素。補給のタイミング、暑熱順化を怠ると、痛い目に合うだろう。仮に暑さなどでレースを難しくしてしまった場合、1つのアイデアが用意されている。
このレースは、レース中にカテゴリー変更ができる特徴があるのだ。例えば、同一コースを走る65kmは40kmに、104kmは65kmに、レース途中で変更を申し出ることが可能なのだ(もちろん、ITRAポイントも下がるが)。
35km地点のエイドBを5kmほど進んだ地点で、104kmと65kmの分岐に差し掛かる。同じペースで進んでいた仲間に僕は「65kmに変更するよ」と告げた。
「え!? なんで?」
「関門まで2時間以上余裕あるのに…」
暑さにすっかりやられていたとはいえ、きっと29時間の制限時間を目一杯使えば完走は出来ただろう。ただし、心身ともにボロボロになる代償と引き換えに。翌日以降の台湾旅行を満喫することを考え、ある意味守りに入ったのだ(笑)。
翌日、この分岐で別れた仲間は制限時間内ギリギリで見事完走を果たしたが、その日の帰りのバスも、台湾新幹線も廃人のように横たわりながら言った。「山田さんの判断は賢かったかもね。僕には遊ぶ気力が残っていないよ(笑)」
このレースで2位に入った松山優太はこう言っていた。「レースを楽しむとは、自分が思い描く、自分らしいレースが出来たとき、心から楽しかった!と思えるんです。自分の走りをすること。真にそれができた時、本当に心から『楽しい』と思える」
ポイントを取りに行くレースもあれば、順位を強く意識するレースもあるだろう。他者と競い合いながら、切磋琢磨することに喜びを感じる時もあれば、セーフティーにまとめるレースも、時にある。カテゴリー変更という決断が、思いがけない出会いをもたらしてくれた。
●ウルトラは友達ができるよ!
この言葉は、私をウルトラの世界へ導いてくれた北鎌倉の『石かわ珈琲』の店主が、初ウルトラを躊躇する私に向けた10年以上前の言葉だ。ただの誘い文句の一つだったかもしれないが、104kmと65kmの分岐でカテゴリー変更し、武界という伝統的な村に向かう長い下りで、地元台湾の宋秀玲さんと出会う。
実は、この台湾特集を担当するにあたり、『台湾のトレイルコミュニティが日本人にオススメするレース5選』という企画を立てた。とはいえ、たった1回のレースしか知らない私は、宗さんに相談すると、彼女は台湾のトレイルコミュニティに話を流し、投票までして取りまとめてくれた。コメントくれている地元ランナーは、台湾のトレイルシーンを引っ張るランナー達ばかりだ。
トレイル上で出会い、お互い少しの英語を駆使した一所懸命なコミュニケーションが質の高い日台トレイル交流を生んだ。宗さんとのこの出会いが「美しい島=フォルモサ」でのハイライトとなった。
●台湾の歴史と山文化、そして日本の密接な関わり
日本に鉄砲が伝来した16世紀中期、台湾近海を航行していた一隻のポルトガル船の船員が、水平線の先に緑に覆われた島を発見して叫んだー「Ilha Formosa!」。かつて日本がジパングと称されたように、台湾がポルトガル語で「美しい島」と呼ばれた瞬間だった。
台湾は、与那国島から約110kmの位置にあり、縦に細長い形も面積も九州とほぼ同じの島国。気候は台北などの北部エリアが亜熱帯気候で、高雄など南部エリアが熱帯気候。日本と同じく環太平洋火山帯に属し、温泉も豊富だ。
また、日本と同じく国土のおよそ7割を山地が占める「山の国」であり、最高峰の玉山は、富士山よりも高い標高3,952mもある。そして、「高山」と呼ばれる3,000m以上の山が、なんと250座以上もあるという(ちなみに日本は20座あまり)。世界でも有数の高山密度を有する台湾の山文化に日本は色濃く関わっている。
19世紀末の日清戦争後、台湾を統治下に置いた日本は、国土全体の測地測量を皮切りに一気に近代化を進めた。あまり知られていないことだが、国土を統治するにはその土地の測ること=地図作りが欠かせない。台湾も現在の朝鮮半島も現在の国土地理院の前身に当たる陸地測量部が地籍調査も兼ねて全土の三角測量を行なった。別の言い方をすると、土地の測量は軍事的にも重要な要素とされ、かつては旧陸軍参謀本部に属し、軍事目的で地図を作成する任務を負っていた。
しかし、台湾の山中の測量は困難を極める。有史以前から長きに渡って暮らしていた原住民族の存在だ。日本統治前は、余計な争いごとを避ける意味もあり、中国大陸からの漢民族は平地に、原住民族は山間部と明確な棲み分けがされていた。原住民族同士の間にも部族間の縄張りがはっきりしていたという。
こういった状況下で、国土全土の測量を行なう測地測量部に対して、武器を持って対抗する部族も珍しくなく、軍部と共同で奥深くまで道無き道を歩き、戦闘も繰り広げながら3000を超す三角点を設置していった。その時、基準点とされたのが、『Formosa Trail』が行われた台中市郊外の小さな街・埔里(Puli)だった。
時は、1906年12月13日(東経120度58分25秒、北緯23度58分32秒)。当時の地図は国立国会図書館のWEBサイトで閲覧可能
第二次大戦後、中国国民党の統治に変わった台湾は、38年間も戒厳令が敷かれる。国民党の一党独裁から民主的な体制へと変化したのは、つまり、山をレジャーとして楽しめる門戸が開かれたは、わずか23年ほど前のことだ。
空前の山ブームが起きた台湾で、トレッキングルートとして日の目を浴びたのは、かつて道なき道を開拓した陸地測量部の踏み跡だった。今でも、「高山」を歩いていると、陸地測量部が残したであろうビール瓶や缶詰に出くわすことがあるそうだ。それだけ戒厳令下の台湾では、入山が規制されていた。
●交通手段と旅の醍醐味・食のこと
「台湾いいよ!」会うたびに友人から話を聞かされ、慣れない英語サイトをにらめっこしながらエントリーできたのは、2018年の9月だったか。"走る民族"ララムリに会いにメキシコの銅峡谷ことコッパーキャニオンに旅立って以来の2度目の海外トレイルレースとなった。
大会側が用意したシャトルバスを使わずに、台北駅から台湾高速鉄道(Taiwan High Speed Rail=THSR。台湾新幹線)で台中駅まで行き、20名ほどの日本人でチャーターしたバスで現地に向かうことにした。理由は、THSRに乗って、名物の駅弁を食べたかったからだ(笑)。地下鉄やバスでは飲食もガムも禁止の台湾にあって、新幹線内はOK。白米の上にキャベツが敷き詰められ、その上に鶏肉がドン!ドン!と乗っかっているシンプルなこのお弁当は、約240円。
<交通や宿泊事情>
11月末というシーズンもあり、往復のLCC代は約2万円強。台湾高速鉄道THSRは外国人限定で20%の割引予約が事前にでき、台北—台中間の往復で4000円ほど。台北の地下鉄MRTやバスで使える一日乗車券(約550円!)やSuicaなどと同じチャージ機能がついたイージーカードは便利でお得。宿泊は格安のゲストハウスから5つ星の超高級ホテルまで様々で、ルームチャージが基本。私が利用したのは『Bouti City Capsule Inn』。台北駅前というロケーションは便利で、ドミトリーだと2,000円程度。物価は日本の1/3ほどで、安くて美味い台湾メシをこれでもか!と堪能できる。台湾全土の駅や公共施設で利用できる「iTaiwan(愛台湾)」という無料Wi-Fiサービスが便利だ。日本からも事前手続きができ、現地で最寄りの観光案内所でもパスポートを提示すると手続きが完了する。もちろん、日本語が通じる。
台湾といえば小籠包!という人も多いだろうが、台湾のソウルフード「ルーローハン(魯肉飯)」や「ジーローハン(鶏肉飯)」はもちろん、自炊するより安いと言われる夜市に出かけてみて欲しい。旅の醍醐味は現地での食にある。
(鶏肉飯の卵乗せ @ 梁記嘉義鶏肉飯)
(ローカルなお店に積極的に入っていく。言葉はなんとかなる)
(漁で使うカラフルな網で作ったナイロン製メッシュバッグ。通称:漁師バッグ。迪化街(ディーホアジエ)に行くと様々なサイズで売っている)
●入山申請(パーミッション)を知っておこう
3,000m級が250座以上ある台湾は、確かにトレイル天国だが、そのほとんどは厳密に入山規制がされていて、トレイルランも例外ではない。その際に必要となるのが入山申請(パーミッション)だ。
さらに、国家公園に入る際には、別の入園許可証が求められる。入山申請は県(警察)が、入園許可証はその国家公園単位で行われ、それぞれ別個に取得する必要がある。
これは、日本統治時代に山岳地域の原住民族との間で紛争が生じ、その管理や治安維持のために山への立ち入りが許可制となった経緯が背景にあったり、山岳保険がない台湾における事故防止、そして環境保護の観点など複雑な事情が絡んでいるという。
地図を見ながらルートを決め、気ままに走って、時にはテントを張って……というわけにはいかないので注意が必要だ。(パーミッションについては「山と道のWEBサイト」がわかりやすい)
●美しい島=フォルモサの祭り
104kmの最終ランナーが帰ってくると、アフターパーティーがほどなく始まった。豚の丸焼きが出され、台湾ビールは飲み放題。表彰台をほぼ独占した日本人ランナーも加わって地元の伝統舞踊を輪になって踊りながら、宴はクライマックスを迎えた。
個人的な感想だが、レースは前夜祭より後夜祭の方がいい。特にロングレースは、共に戦い、共に苦しみ、共に走った仲間とレースを共有できる時間が愛おしいものだ。それが旅の思い出に昇華してくれる。
レースは、男女それぞれ上位5位以内に日本人が7人も占めた。松山優太、竹内正宏、小川壮太、井原知一、星野由香里、丹羽薫、野間陽子……。104kmでは30%に当たる50人ほどが日本人参加者であり、全カテゴリーで89名の日本人がこのレースに参加していた。
「日本のランナーが強いのは分かっていたけど、これほど多くの日本人が来てくれるなんて、凄く嬉しいよ!」
レースオーガナイザーは、そう話す。視察にきていたフィールズの野々山さんも「どうしてこんなに多くの日本人が?」と目を丸くしていた。
理由は大きく2つある。1つは口コミであり、もう一つはITRAポイント。
マーケティング用語でいうアーリーアダプター体質の人が、口コミの発信源と媒介役を担う。流行に敏感で、周囲への影響力が強く、先見の明を持つ、つまり、マスではない人の先物買いだ。
一方で、12月に国内で100kmを超えるようなロングレースが見当たらないシーズンオフ直前のこのときに、ITRAポイントがあるこのレースは貴重だ。
もし、もう一つ付け加えるとするのなら、渡航費が安い点も理由に入るかもしれない。LCCなどを駆使すれば、国内旅行よりも安い。そして何より共通しているのは、フットワークの軽さを備えたボーダレスな好奇心だろう。常にアンテナを張り、自分らしさを求める人にとって、トレイルランに国境はない。
『Formosa Trail 2019』
30th November & 1st December 2019
<5つのカテゴリー>
8km(400m D+ hiking)/ 4h
16km(710m D+) / 6h
40km(2400m D+ ITRA-2) / 13h
75km(4000m D+ ITRA-4) / 20h
104km(5850m D+、ITRA-5) / 29h
風光明媚な湖畔をスタートしていきなり1,100mUPで幕を開け、50kmを過ぎた中盤には最高標高2,017mのピークハントまで1,300mUPがあるなど、なかなかパンチの効いたコースレイアウト。レースオーガナイザーは、チェコ人のピーターという男。日本の東大に当たる台湾大学の留学生だった彼は大学院まで進んだ後、トレイルランにどハマりし、台湾の山々を走りまくったのち、台湾人の女性と結婚し、定住。今や台湾コミュニティではピーターをチェコ人と思っていないほど、シーンを牽引している。
●真のハイライトはフィニッシュだった
最後に、書き残しておきたいことがある。どうやら、2時間以上も余裕のある段階からカテゴリー変更した104kmランナーはいなかったようだ。そのため、104kmのゼッケンを付けてフィニッシュゲートに現れた最初のランナーとなってしまったのだ。そんな私の姿を見て、MCが連呼した。
「ヒロシ!ヒロシ!ヒロシ!」
ゲートでは104kmの優勝を迎えるムードで溢れかえり、フィニッシュした私にMCがマイクを向ける。
MC「ヒロ〜〜シ!Congratulation!!」
山田「あ、いや、違うんだ…つまり、その……」
MC「今の気分はどうだい? 疲れたかい?」
山田「あのね、途中で65kmにカテゴリー変更を……」
MC「(無言)」
山田「みんな、盛り上げてくれたのに、ごめん」
マジかよ! 紛らわしいことするんじゃねーよ! と言わんばかりにスタッフも観客もスーと引いていったシーンが、『トレイルトリップ台湾編』の真のハイライトだったことを告白しておく。
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