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(書評) SFのレジェンドによる珠玉短編集---「不思議のひと触れ」

旧刊を中心に色んな本を紹介しています。

★「不思議のひと触れ」 シオドア・スタージョン 大森望・編
(河出書房新社) 文庫本もあります


こういう社会状況の中(※記事の初出時はコロナ自粛時)、旅行も遠出もままならない時は本の世界で遊ぶのが一番手軽なリフレッシュ方法だ。海外の研究によると、映画とかスポーツ観戦とか様々な娯楽の中で、最もストレス
解消効果が高いのは読書だそう。"一瞬で別の世界に行ける" 効果がズバ抜けているそうだ。

何の本でもいいけれど、たまには普段読まないジャンルの本を読むのも面白い。私があまり読まないジャンルはSF。古典的なハインラインやブラッドベリは読んでいて好きだけど(特にブラッドベリはかなり好き)、今の流行作家や話題作には疎い(現代の物では例外的にロバート・チャールズ・ウィルソンは好きで読んでいる。『時間封鎖』ほか)

椎名誠氏が絶賛していて一度読んでみたかったオールディスの『地球の長い午後』(これも古典ですね)も、最近やっと読んだが、正直、良いとは思えなかった。もちろん世の中には素晴らしいSF作品が沢山あるのは知っているけれど、個人的には積極的に読むジャンルではないなぁという感じ。

シオドア・スタージョン(1918-1985)はブラッドベリが敬愛し、ハインラインの親友でもあったSF界の巨匠・レジェンド。名前はなんとなく知っていたが、初期のSFといえば火星人や宇宙戦争のイメージがあり、興味がなくて未読だった。

宮脇孝雄氏の本『洋書のラビリンス』に、スタージョンについて「叙情SF」と書いてあって、私の予想とは違う作風らしいので読んでみたら…良かった。

彼は生前あまり評価されず、日本での翻訳も少なかったとか。死後に評価が高まり、海外ではO・ヘンリーやモーパッサンとも比較される"米文学史上最高の短編作家"と言われているとか。SFじゃなくて文学で!? アメリカ文学といえば、スタインベック、フォークナー、ヘミングウェイetcのいるジャンルで?

"英米SF界随一の短編の名手"ともいわれていて、本書あとがきにも「強烈な作家性を有するワン・アンド・オンリーの小説家としての名声が衰えない」とある。まさにレジェンド、巨匠なのだ(日本でも少しずつ翻訳書が増えているようだ)

この人はSFだけでなく映画のノベライズや、シナリオ執筆(「スター・トレック」の「バルカン星人の秘密」等)、エラリー・クイーンのミステリー『盤面の敵』の代作者としても有名な才人。色々なものを書いて八面六臂の活躍ぶり。
そういう人はとかく器用貧乏的に見做されやすいが、彼の場合は有り余る才能というか、本当に天才だったんだろうなと思う。



この『不思議のひと触れ』には、大森望氏がセレクトしたスタージョンの代表的な短編が収められている。いかにもSFというよりは、不思議な味わいの短編集という感じ。平凡な人の日常に不思議なことが起きる話が多い。

たとえば、非社交的で全ての点で弟に負けている冴えないオタク男性が、謎の美女によって超意外で重要な「ええーっ!?」の大役に抜擢される話とか。

意表を突く作品では、「ぶわん・ばっ!」という作品は全編ジャズフィーリング満載で、ジャズファン、音楽ファンも楽しめる。これを読むだけでもスタージョンは音楽にも造詣が深く、リズム感抜群だったのが分かる。実際にギターが得意で、あらゆる音を口(くち)マネする達人だったとか。ユニークな人なのだ。


収録作品はどれも名人芸だが、やはり彼の代表作といえば『孤独の円盤』。私がこの本で一番好きなのもこの作品。胸に残るんですよ、余韻が。

あとがきには「スタージョンはつねに愛について書きつづけた作家だという説があるけれど、「孤独の円盤」は、スタージョン的な愛をもっとも純粋なかたちで示している」とある。

UFOに遭遇した女性の話で、叙情的で切ない持ち味が十分に生かされている。ネタバレになるので内容は書かない。読んでみて下さい。


       

ところで、この本を読んで思い出したのが、私の最も敬愛するミステリー作家、ヘレン・マクロイの短編集『歌うダイアモンド』。下の記事で私は彼女の「風のない場所」がマイ・ベスト短編だと書いた。今もその気持ちは変わらない。


彼女(1904−1994)はミステリの大家で、スタージョンとは作風も文体も違う。マクロイの文章は流麗で緻密で品が良い。スタージョンの文章は男性的で、枠に嵌らないというか…似ていない。

けれど、マクロイの『歌うダイアモンド』に収録されている「八月の黄昏に」「ところかわれば」「Q通り十番地」といった傑作SF短編は、どこかスタージョンに似た読後感を感じる(彼女はミステリに限らずSFや超常現象の作品も多く書いた)。

スタージョンの「雷と薔薇」は核戦争後の悲惨と生き残った者の人間性を描いている。マクロイの「風のない場所」は核戦争でただ1人生き残った女性を描いて静かな感動を呼ぶ作品だ。ノンジャンルでタイムレス(時代を超えて共感を呼ぶ)な点も共通しているし、「この本に限れば」私の中ではこの二人が何となく重なる。

「この本に限れば」というのは、その後、スタージョンの他の短編集を何冊か読んだものの、別に共通点を感じなかったからだ。あくまで個人的な好みと感想では、他の短編集には私好みの作品は少なかった。「何ですかコレは?」的な、奇想天外というのか独自の世界というのか…

というわけで、スタージョンを読んでみたい方には、まず本書をおすすめ。


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