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日本・ヨーロッパ:マッサンが作った林檎酒

近所のコンビニで気になる飲み物があった。お酒の棚に並べられたその小さな瓶にはCider (シードル)の表示があった。シードルとはリンゴから作られたお酒の事だ。製造元を見ると、ニッカウヰスキーとある。

これは期待ができると思って一本購入してみた。期待した理由は、ニッカウヰスキー社が操業初めの頃から製造していた商品の一つがこのシードル(当時はアップルブランデーと呼ばれていたようだ)だったからだ。お酒の醸造に人生をかけた人の作った製品とあって、興味を引かれた。

コンビニの棚には甘いシードルと、他のメーカーのドライシードルがあったので、試しに両方購入してみた。

甘いシードルとドライシードルのどちらも軽く発砲しており、グラスに注ぐと、甘い方は薄いシャンパン色、ドライの方は薄めの金色といった色合いだった。

甘い方は、ほのかな甘みとリンゴの香りが軽く漂い、さっぱりした口当たりがよかった。春にしては少し暖かい日だったので、ごくごく飲めてしまうほどの口当たりの良さがあった。アルコール度数は三パーセントで、まさしくほろ酔いといったところだろうか。

ドライの方はリンゴの香りはそのままに、すっきりとした果実酒の味がする。決して甘くはなく、さっぱりとした飲みごたえだった。

どちらも、ビールやワインなどの「飲みごたえ」をあたえるあのガツンとくる一種のえぐみが無い。のどにすっと入っていき、いくらでも飲めてしまう美味さがあった。

デリケートな味わいの上、上品な色合いのため、お酒のあまり強くない人が何らかの理由でお酒を飲まなければならなくなった時に勧めたい一品だと思った。最近では外でお酒を強要されるようなことはさすがにないだろうが、どんなにお酒が弱い人でもこれがレストランで上品な背の高いグラスか何かに入ってくれば、ちょっとした高級感のある時間が過ごせるのではないかと思ったくらいである。


冒頭に書いた通り、甘いシードルのメーカーはニッカウヰスキーだった。

ニッカウヰスキーとリンゴのエピソードは、NHKの朝の連続ドラマ「マッサン」をご覧になっていた視聴者の方々ならご記憶にあるエピソードかもしれない。余市に工場を設立したマッサンたちは、まずリンゴジュースを作って販売を開始。その後林檎酒を製造していくことになる。

マッサンこと竹鶴政孝氏の生涯を描いた、川又一英氏の著作「ヒゲのウヰスキー誕生す」によると、この林檎を使った商品はニッカがウイスキーの製造販売を始めるまでの商品だったという。北海道の余市はリンゴで有名な土地で、当時はロシアに林檎を輸出するなどしていたほどのリンゴの産地とのことだ。現在もリンゴは余市の主要な農産物の一つだという。ニッカはまずリンゴジュースの製造を開始し、そのジュースで試行錯誤する間に林檎酒を手掛け始めたという。ニッカウヰスキーのウェブサイトによると、最初のアップルワインを発売したのは一九三八年(昭和十三年)の事だったという。

ニッカウヰスキーヒストリー | ニッカウヰスキー80周年 | NIKKA WHISKY


その後の経緯はニッカウヰスキーのホームページに詳しい。

一九五四年に朝日シードルが青森の広前工場でシードルの生産を開始し、二年後の一九五六年にアサヒシードルを発売。その四年後、すでに「リンゴ加工に造詣が深かった、ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝に(朝日の)事業内容の引継ぎを依頼し、この年シードルを作るための広前工場が誕生した」。その九年後の一九六九年に「事業をニッカウヰスキーに引継ぎ」、そして一九七二年に「「ニッカシードル」を販売」。「一九八五年には非加熱のシードルを開発し、北海道・青森限定で販売。一九八八年に全国販売を」したそうだ。

ニッカ シードル | アサヒビール (asahibeer.co.jp)


このニッカのシードル、甘い方のお酒は日本初の記録を作ったシードルである。

毎年、世界各国から約一五〇アイテムのシードルが出品されるロンドンの国際品評会「インターナショナルサイダーチャレンジ」で『ニッカ シードル・スイート』が二〇一四年に日本で初めて受賞。そして二〇一五年も二年連続で受賞し”たそうだ。

No.15 世界が認めた『ニッカ シードル』。|ニッカウヰスキーワンショットコラム | NIKKA WHISKY


ニッカサイダーのロゼは、二〇二一年に銀賞、二〇二〇年は銀賞 二〇一九年に銀賞、と、近年三回も連続で銀賞を受賞している。

International Cider Challenge 2022 - 2018 Results

日本でのリンゴ酒の歴史は古く、明治時代まで遡れるという。「青森りんごの歴史」のホームページによると、最初のりんご酒が醸造販売されたのは明治三十四年(一九〇一年)だという。今から九〇年以上前の事だ。

https://www.aomori-ringo.or.jp/overview/history/

この林檎のお酒はヨーロッパにおいても古くから飲まれているお酒で、ユリウス・カエサルがイギリスに攻め込んだ五十五世紀に、先住民のケルト人がクラブアップルというリンゴの種類を発酵していたという記録があるそうだ。カエサルはきっとこの発酵した林檎を、ヨーロッパ大陸に持ち帰ったのではないかという説もある。


英語圏での記録では、このシードルという言葉は、十三世紀の中期英語の聖書の中で、「強い飲み物」または強いお酒」という意味で登場する。十四世紀には「リンゴから作った酒」という意味で文献に出てくる。このシードル(英語圏ではサイダーという)のスペリング(Cider)は、おそらくフランス語からの借用語と言われており、この「リンゴを発酵させて作った飲み物」という意味の言葉は一一三〇年~一一四〇年頃の文献に出てくる。

林檎は寒冷な地で育つ果物の一つで、これを使って作った林檎酒はヨーロッパには沢山ある。オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、アイランド、北部イタリア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、スイスなどでも生産されている。またポルトガルやスペインの北部のバスク地方、さらには欧州の最大のリンゴの産地であるポーランドでも生産されており、ブドウの栽培の北限を超えた地域で愛されるお酒の一つと言えるだろう。

フランスでは、パリから北へ車で1時間ほどに位置するオワーズ県という地域がリンゴの産地として知られている。リンゴの花の時期にパリからこの地へ車を走らせると、リンゴの白い花が大変美しいと聞いたことがある。ここでは農家の直販所などでシードルを購入することができる。ヴァン・ゴッホやセザンヌ、コローなどの印象派の画家たちが過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズもこの県内にあり、観光とフランスの農場見学のついでにシードルを楽しむことができる地域だ。

また、オワーズからさらに北部の海岸線の方にあるノルマンディー地方には、カルヴァドスという甘口でアルコール度数の高めな林檎酒がある。ノルマンディー地方は農業や漁業が盛んであり、また白カビチーズのカマンベールなどでも知られる地域だ。フランス料理の世界ではノルマンディー風の料理というこの土地ならではの乳製品や魚介類、林檎酒を使った料理がある。モンサンミッシェルなどの有名な観光地もあり、観光と料理に加えて林檎のお酒も楽しめる地域でもある。

フランスでは、「農家へようこそ(Bienvenue à la ferme」という農家の全国組織があり、直販場をもつ農家や滞在できる農家、家畜とふれあう事のできる農家が紹介されている。フランスでシードルや農産物を購入するなど、農家でのお買い物やその他の様々な体験をされたい方々には、一度使ってみる価値のあるネットワークだと思う。
https://www.bienvenue-a-la-ferme.com/

ドイツなどでも、ヘッセン州、とくにフランクフルトなどではアプフェルワインなどの林檎酒が有名だ。アルコール度数は若干高めで4.8~8度ほどだという。 味は酸味の効いたものが多いようだ。


ヨーロッパから日本の北部で産声を上げ、根付いたシードル。青森のリンゴの有名な産地で約五〇年前に販売が始まったこのお酒は、今も私たちの喉を潤してくれる。のど越しの良さは抜群で、これからの暑い時期にはぴったりのお酒の一つと言えるだろう。何かいつもと一味違うお酒でほろ酔いになれるものをお探しの時に、気軽に楽しめるものの一つとしてお勧めしたい一品だ。


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参考文献

Cider - Wikipedia
Apfelwein - Wikipedia

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