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【自己肯定感】

本日は、私の感じている自己肯定感についてお話いたします。

自己肯定感とは、一般的に下記のような感覚といわれています。

「自分の存在そのものを好意的に受け止めることができる感覚」 
「ありのままの自分をかけがえのない存在として肯定的に認める感覚」

この感覚から考えたとき、世間で使われている自己肯定感という言葉に、
私はどうも違和感を覚えていました。

自分が何かできないことがあったときの言い訳、すなわち「自己防衛」のように使っているのではないかと。

イソップ物語の「きつねとぶどう」を例にあげて考えてみます。

・お腹を空かせたきつねが森の中を歩いていると、ぶどうが実った木を見つけた
・きつねはどうしてもぶどうが食べたいが、木が高くてぶどうに手がとどかない
・きつねは「ぶどうがとれないのは、あのぶどうが酸っぱいからだ」そう言って立ち去った

ここから読み取れるきつねの心理は、

・ぶどうが取れないのは自分のジャンプ力がないからではない
・ぶどうが酸っぱいからとれないと自分自身で判断した
・だからジャンプしてとる必要がない
・その考えと行動をとった自分は最良である

本当にぶどうが酸っぱいかどうかは、そのぶどうを食べてみない限りわかりません。
きつねは、自分が出来ないことをあたかも自分が悪いのではなく、ぶどうが酸っぱいから、というぶどう自体を悪者のようにして扱い、自分の考えを肯定し、自分をかばう=自己防衛しています。
※心理学用語で「認知的不協和」ともいわれています

これは、自分自身の考えや行動を認めてあげて、どんな状況でも自分を信じてあげる、自分自身を否定しない、自己肯定感とは別物です。

理由=言い訳をつけて、自分を正当化しようとしているにほかなりません。

このきつねの心理と自己肯定感を一緒にしている人が多いようで、わたしは違和感をおぼえていたのです。

勿論、本来の意味を持って使っているかたもいらっしゃるとは思いますが。

わたしも自分の子供には自己肯定感のある子に育って欲しいと願っています。

言い訳を肯定したり、想像だけでものの良しあしを判断したり、子供はごまかしがそれは得意です。

それに気が付いて、本当に最良なのはどこなのかを導いてあげられる親でありたいと思います。

※イソップ物語の教訓は所説あります
※自己肯定感の定義も専門家・研究者によって異なります



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