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「誰そ彼の橋」・・・ラヂオつくば朗読バージョン


昨日(17日)、「つくば You've got 84.2(発信chu)!(つくば ゆうがたはっしんちゅう)」の朗読コーナーで紹介した短編。
以前noteでも紹介し、人気の高かった「紳士の挨拶」をラヂオつくば用に加筆して、「誰そ彼の橋」として朗読していただいたバージョンをこちらに紹介します。

*実際に私の友人の祖母さんが体験した実話です。(名前は仮名です)

『誰そ彼(たそかれ)の橋』

この物語は、花の東京で起こった
摩訶不思議な出来事でございます。

時は、モボモガが闊歩し、
職業婦人も加速度的に増えていた昭和の初期。

友人の祖母、仮に松江さんといたしましょう。
職業婦人である松江さんは、
毎日地下鉄で都心にある職場に通っておりました。
駅から会社に続く道の途中に、明治初期に作られたという橋があり、
その橋の上には、いつも同じおこもさん、
今でいう物乞いが座っていたのでございます。

松江さんは、懐に余裕があると、そのおこもさんに、
いくばくかの施しをするのを習慣としておりました。
何と優しい方でございましょうか。

さて、とある日曜日、松江さんは
新しい洋服でも買おうと百貨店を訪れました。

「紳士服のフロアにも寄って良いかしら?」

お父さんに頼まれた品物を見るという友人に付き合って
紳士用品売り場に入った松江さん、
とても自分では買えないような高級品を見ては、

「あら、お父さんたら意外に高価なものを身に着けてるのね」

と父親の経済力に感心して歩いておりました。

すると、通路で目が合った紳士に、
すれ違いざま深々とお辞儀をされたのです。
反射的に松江さんもお辞儀を返したのですが、
その紳士の顔に見覚えがありません。

紳士は、贅沢な売り場の雰囲気に負けない、
品の良い背広を身にまとい、時計やカフス、
ネクタイも高級な品であることが見て取れます。

「ねえ。あちらの方、あなたのお知り合い?
どことなく見覚えがあるんだけど・・・」

友達に声を掛けて一緒に後ろを振り返ると
その紳士はまだ頭を下げたまま。

「いいえ。知らないわ。お店の方じゃないの?」

「でも私たち、まだ何も買ってないわよ」

「そうね。それに、あんなに深々とお辞儀するほどの
上客には見えないものね。フフフ」

彼女の明るい笑顔に、松江さんもその場の出来事はすぐに忘れて
買い物を続けました。

日が少し傾きかけ、買い物を終えた二人は、
地下鉄に乗る為に道を急いでおりました。
百貨店は松江さんの職場と、地下鉄の駅の中間点。
歩きなれた橋の上を通りかかった時の事でございます。

「あら。いつもここにいる、おこもさんがいないわね」

欄干脇の空間を見た松江さんは、
施しをした時に見せる、おこもさんの感謝の表情を思い出しました。

その時彼女は、ハッと気づいたのであります。
百貨店で深々と頭を下げてきた紳士こそ、
いつもここに座っている、おこもさんではありませんか。

「あっ あの人だ!」

松江さんは、後ろを振り返りました。
そこには、天にも届くような背の高い百貨店が、
夕日に照らされ、堂々とそびえ立っておりました。

その後、松江さんは何度もその橋の上を通り、百貨店にも出かけますが、
おこもさんにも、紳士にも、二度と会うことは叶わなかったのです。

紳士がなぜおこもさんの恰好をして橋の上にいたのでしょう。

好事家のお金持ちが、
シャレや酔狂でおこもさんの風体を真似していたのか、
はたまた、本当のおこもさんが、何らかの理由で
数日のうちにお金持ちになったのか。
あるいはあるいは、身を隠し犯罪を追う、
名探偵の仮の姿であったのかもしれません。

数十年の時はあっという間に過ぎ、
今となっては確認する術もなく、謎は謎のまま、
忘却の彼方に消えようとしているので、あります。

「誰そ彼(たそかれ)の橋」の一席、お時間でございます。
ご静聴ありがとうございました。


              おわり



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