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「惚れた数から」・・・就活シーズンの終わりになって、ようやく採用が決まった女性は。よ~く言葉の向こうにあるものを想像してみて。


3月になっても内定が出ていない女子短大生には、
もう贅沢は言っていられない。


がけっぷちに立っている私は、
その会社の面接会場で、ニコニコ笑う社長の笑顔に癒された。


小さな印刷会社で、従業員も10名ほど。
「家庭的な雰囲気でコミュニケーションを重視」という会社のキャッチフレーズも、気に入っていた。

大手じゃないけど、自分には似合ってるかな、と思った。


数日後に採用通知を受け取った時は、本当に嬉しかった。

「君が前畑さん? 今日から頑張ってね」

「はい。よろしくお願いします」

出社初日、最初に挨拶したのは、
庶務全般を取り仕切っているという65歳のベテラン事務員さんだった。

この会社は、創業者夫婦が社長と副社長を務め、
印刷工場に職人の男性が3人だけ。私を入れても
合計7名というこじんまりした環境だった。

あれ? ちょっと人が少ない気がする。
私は嘱託の事務員さんに聞いてみた。

「すみません。松本さん。会社案内には、社員10名って書いてあったんですが、他の人は?」

「ああ。僕が現役の頃は、他に4人、女子の事務員と営業さんがいたよ。
でも営業は社長だけになって、経理は副社長がやってる」

「その辞めちゃった人たちはどうしたんですか?」

自分が入社するまでのわずかな期間で、そんなに人が辞めてるなんて、きっと何か理由があるに違いない。

「そうねえ。
『便りあるかと 聞かれる度に 別れましたと 言うつらさ』
かな」

「何ですかそれ?」

「都都逸だよ。五七調で言いたい事をうたいあげるのさ」

「俳句ですか?短歌ですか?」

「う~んちょっと違う。七・七・七・五なんだ。例えば、

『胸にあるだけ 言わせておくれ 主のいいわけ あとで聞く』

『教えず習わず 覚えるものは まんま食うのと 色の道』

『惚れた数から ふられた数を 引けば女房が 残るだけ』

とかね。どうだい、粋だろう」

「はあ」と私は生返事を返すしかなかった。

セクハラにも思えるような内容だが、
若干二十歳の女子には、ちょっとハードルが高すぎる。

でも、五七の日本的な調子は、耳触りが良い気がする。
印象にも残りやすいし、これは嫌いではないかな、と思った。

「前にいた4人は、段々いなくなったんだ」

「リストラされたって事ですか?」

「リストラ? ちょっと違うかな・・・消えたの」

「消えた?」

私が続けて聞こうとすると、それを制止する声が聞こえた。

「松本さん!」

振り向くと、社長室のドアを開けて社長の奥さんが立っている。

「余計な事は言わないで、仕事して。
それから前畑さん。作業の説明するから、こっちへ来て」

「はい。今行きます」

私は、携帯とメモを持って副社長のいる部屋に向かった。

私がデスクから立ち上がる時、松本さんがぼそっと一言呟いた。

歩きながらその言葉を振り返った。

それは先ほどと同じような都都逸だった。
でもその内容は少し違っている。

「惚れた数から事故死を引くと・・・」

私は、その続きを繋げた。

「・・・あとは女房が残るだけ?」

事故死って何? そんなに、4人も亡くなってるの?
それとも新入社員をからかっているの?
私の頭には、ただ混乱だけが残った。

社長室に入ると、社長夫人が厳しい目つきで私を見つめた。
その横で、入社試験の時と同じように、社長がニコニコ笑っていた。

だが、今の私には、その笑顔が妙に気持ち悪く思えた。

        おわり




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