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「本所七不思議」がなぜ本所なのか?」


今回の考察は、両国のシアターXで行われた
「ろびぃ寄席 『本所七不思議』について 『落語』」から、インスパイアされて記しています。
ろびぃ寄席は、シアターXで年に一度定期的に行われています。
興味のある方は、是非、両国のシアターXまで。


『「本所七不思議」がなぜ本所だけだったのか?』

置いてけ堀、足洗い屋敷、片葉の葦などで知られる本所七不思議。

江戸時代に伝えられた都市伝説の一つだ。

だが、私はこの七不思議がなぜ「本所」七不思議なのか、気になっていた。
麻布、千住、番町などにも七不思議はあったらしいのだが、
江戸庶民に最も親しまれ、有名なのは「本所」である。

本所は、明暦の大火(1657年)の後、
焼け出されたり、住居地再建にともなう都市計画のあおりを受けた武家や
町人が転居してきた場所である。

あの吉良上野介も本所に転居を命じられている。

急激に街としての開発が進んだいわゆる「新参者の土地」であるので、
本所に住む侍は、当時の江戸っ子から一段格下に見られていたという。

一説によると七不思議は、
「世界の七不思議」のような観光ガイド的な側面を持ったものではなく
「百物語」のような怪談会で語られたものでもなかったらしい。

「本所なんて新しい土地に住む武士は大した奴らじゃねぇ。
こんな子供だましみたいな不思議にも驚いてビビッてやがるに違いないぜ」
といった感じで、威勢の良い江戸っ子が
本所の侍たちを揶揄するために語られたものであったと伝えられているそうだ。

確かに七不思議には、
・暇な侍が釣りに行って「置いてけ」と言われる(置いてけ堀)
・大きな屋敷の天井を巨大な足が突き破って「足を洗え」と言う。(足洗屋敷)
・ある藩の上屋敷にある椎の木は落葉しない(落ち葉なき椎)
など、武家や武士にかかわるものも多い。
そして、皿屋敷や四谷怪談などに比べると、あまり怖くない。


日頃偉そうにしている武士たちを揶揄するために怪談話をしたということであろう。

そう考えると、
以前「本所八番目の不思議」として書いた下記の原稿(「笑う満月」)も、
少し修正をしなければならないだろう。

https://note.com/gyokudou2020/n/n04b7299fb047?magazine_key=m72b9b7667c59

こちらにも再録いたします。


怪談「笑う満月」          作・ 夢乃玉堂

まだ東京が江戸と呼ばれていた頃。
現代とは違いまして
まだまだ妖怪や幽霊の存在が
身近にあった時代でございますね。

有名なところでは、本所七不思議ですが、
この七不思議、全部言える人は意外に少ない。
置いてけ堀。足洗い屋敷。片葉のアシ。

この辺までは、誰でも言えますが、
その先は、ちょっと不確かになりますね。
それにはちゃんと理由があります。
お判りになりますか?
理由は簡単・・・怖くないんです。

送り提灯、送り拍子木、あかり無しの蕎麦屋。
狸囃子、そりゃポンポコポン。
一体どこが不思議で怖いのか、
さっぱり分からないですよね。

そんな、あやかしと人間の世界が
おだやかな地続きであった時代の、
ち~とも怖くない怪談に
しばらくの間、お付き合いを願います。


勘定方の、伊和谷鉄心(いわや てっしん)は
深酒を後悔しながら
小塚原から本所の本宅に向かっておりました。

この日は同僚の昇進祝いで、ついつい酒が進み、
気が付けば亥の刻過ぎ。

「今宵は満月。
足元の影を道連れに、ゆるゆると帰りますゆえ」

と、心づくしの提灯も断って、
しゃれこんだのは良いのですが
夜の大川端は行き交う人も無く、
川面を渡る風は酔い覚ましを通り越して
背筋を凍えさせるのでございました。

「ううう~(寒い)夜になると冷えるな。
やはり提灯を借りた方が良かったかな」

そんな風に一人ゴチたところで、
どこからか、奇妙な女の歌声が聞こえてまいりました。

♪ ひとつとせ、岩より重い 生き文鎮。
朝から晩まで 紙押さえ。

「むむ? なにやら怪しげな歌声、
どこから聞こえてくるものか・・・」

鉄心、周りを見渡しますが、
人っこ一人見当たりません。
空耳か、と気を取り直して歩き始めると
又歌声が聞こえてきます。

♪ ふたつとせ、振り切り帰る 生き文鎮。
酒より恋しい 女房かな。ほほほ

「どうやら拙者を愚弄しているようだ。
何者だ。堂々と出て参れ」

鉄心は左手を刀の鞘にかけて、
前後左右に目を凝らしますが、やはり何もない。
念のためにと見上げてみても、
そこには、明るい満月が光っているだけ!。

「さて、いずこに隠れておるのか・・・」

酔いも忘れて身構える鉄心を
あざ笑うように、みたび歌声が聞こえて参ります。

♪ みっつとせ、どこ見てござる 生き文鎮。
つ~きもく~びも わかりゃせん。ほほほほ~

言われて鉄心、再度天を仰ぎ見れば、
夜空に浮かんでいるものは、満月にあらず・・・。

そこにあったのは、
ぼおっと光を発して飛び回る女の生首。
首から下には胴体ではなく
ふさふさとした獣の尻尾が生えておりました。
しかも満月と見間違えるほどの丸顔。
人の良さそうな笑顔を浮かべているのが
なおさら不気味に思えます。

『う~む。奇怪なり。
狐狸妖怪の類なれば、その正体をば見極めてやろう』

意を決するやいなや、鉄心は勢いをつけて飛び上がり、
「でいや!」
と腰の大刀を抜いて生首に切りかかりました。

しかし生首は、
垂らした尻尾を器用に動かして切っ先をかわし、
刀は虚しく宙を切りました。

「ほ~ほほほほ」

と生首は笑い声をあげて、さらに高く跳ね上がり、
黒塀の向こうに飛んで行ってしまいました。

「むむ! 屋敷に逃げ込みおったか」

そこは鉄心の本宅でありました。
さすがの鉄心も心穏やかではおられません。

急ぎ刀を収めると、下げ緒を緩め
鞘ごと腰から抜いて塀に立てかけました。

続いて塀の瓦に手を伸ばしたかと思うと、
トトントンと、(刀の)ツバに足をかけて
一気に塀を乗り越えたのでございます。

中庭に着地すると同時に下げ緒を引き、
刀を手繰り寄せるのももどかしく
鉄心は母屋に駆け寄り、雨戸を叩きました。

(ドンドンドン)
「みつ、みつは居(お)るか」

鉄心の声にこたえるように
ガタガタと屋敷の中で音がしたかと思うと、
すすす~っと雨戸が開き
中から女房のおみつが現れました・・・それも、二人。

「やや。おみつが二人!」

寝屋(ネヤ)から漏れる行灯の光の中で
そっくりな二人の女房が、
睨みっているではありませんか。

「ああ。旦那様。良くお帰りなさいました。
今すぐこの曲者を追い出してくださいませ」

右側に立っているおみつが喋ると、
全く同じ声で左側のおみつも訴えます。

「いいえ。この女こそ曲者。
私(わたくし)に化けて
旦那様をたぶらかそうとしているのです」

鉄心は、二人の女房を前に当惑いたしました。
色白面長の顔は瓜二つ。
髪型、着物もそっくり同じ。

今朝うっかり味噌汁をこぼして
やけどをした右手の包帯まで
両方にございますから、
さすがの鉄心も見分けがつきません。

「おお。何としたことか、
おみつが二人おるように見える。
これは少々飲み過ぎたようじゃ」

二人の姿を見比べると鉄心は
急に腰を砕いて、独り言を語り始めました。

「ああ近頃、蘭方医の間では、
飲み過ぎには、
『女子の背中の、汗の香りが効く』
と、評判になっているらしい。
みつ。すまんが背中をこちらに向けてはくれんか」

「はい。旦那様。お安い御用で」

と、それを聞いた右側のおみつは
すぐにくるりと背中を向けました。
その尻には、タヌキの尻尾はありませんでした。

一方、左側のおみつは、ぐっと唇をかみしめ
背中を向けるどころか、
少しも動こうとはしなかったのでございます。

その様子を見て背中を向けたおみつは、

「ほら。旦那様の言うことがきけないなんて
やはり偽物はあちらですよ」

「うむ。分かった」

そう言うと鉄心は一歩踏み出し、
すらりと腰の大刀を引き抜くと、
刀の峰を口元に近づけ、
たっぷりと己のツバキを含ませました。

そして、一段腰を下げて構えると、
振り向きざまに
「でいやー!」と刀を水平に回し、
背中を向けている右側のおみつの胴体を
一気になぎ払ったのでございます。

その途端、体は煙と共に消え失せ、
白い生首だけが残って宙に浮かんでおりました。

「ほほほほ。いわや鉄心。よくぞ見抜いたな」

鉄心は、左側に立つ
本物のおみつをかばうように構え直します。

「武士(もののふ)は、いかなる場合でも
敵に背を向けてはならぬもの。
我が妻なら、
武士の心得を忘れるはずがない。
ただの道理じゃ。不思議でも何でもない!」

それを聞くとおみつの顔をした生首は、
悔しそうに、ぷ~っと頬を膨らませて
元の満月のような顔つきになり、
夜空の闇の中に消えていったのでございます。
その後には、
ただ笑い声だけが響いておりました。

あやかしが天空に消えるのを見届けたところで
鉄心はようやくおみつに声をかけました。

「怪我は無いか、おみつ」

「はい。旦那様」

緊張が解けたのか、
おみつは体を預けるように鉄心にすがりつき、
鉄心も優しくおみつの肩を抱いたのでございます。

この出来事は、本所八番目の不思議と呼ばれ、
またたくまに、江戸中に知れ渡っていった、
と伝えられております

その後、鉄心を呼ぶ
『生き文鎮』というあだ名は
物の怪に逢っても動じない
侍夫婦の矜持を示す言葉として
勘定方の間でも高く評価されることと
なったのでございます。

                            おわり

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