見出し画像

「ヨクボーバス」・・・不思議な話。遅刻寸前、バスで眠ってしまった女子高生は。


『ヨクボーバス』


「あちゃ~。寝過ごした」

目を覚ますと、バスは見知らぬ停留所を出たところだった。

「朝トラブルると、その一日は調子が悪いな」

今朝、ママと交わしたバトルが原因だ。きっとそうだ。
寝起きの娘には、もう少し優しくするべきなんだ。

「紗代! あなた最近、寝すぎるわよ。朝も遅いし、かと言って夜も早く寝てるでしょ。学校から帰ってきてもすぐソファーで寝てるし」

「陸上部がハードなのよ。それに眠れなくてノイローゼになるよりマシでしょ」

「いくらクラブ活動が忙しくても、あんたより三つも歳下のミコは、
毎日晩御飯作るの手伝ってくれるわよ」

「ちぇえ。また妹と比較するか。でもママ。よ~く考えてみてください。
人間には、三大欲求本能というモノがあって、
その本能には、いかなる方法をもってしても、逆らう事は出来ないからして。それに逆らって眠りもせずにお手伝いをするミコの方がよっぽど非人間的。この私の生き様のなんと人間的でありましょうか。うんうん」

「そんな屁理屈言ってると、又バスに乗り遅れるわよ」

「分かってるわよ。何か言いだしたのはママじゃない」

とまあ、そんなこんなで、急いで準備して家を出たから、
乗り遅れはしなかったけど乗り過ごしちゃった。
やっぱり今日はついてない。
バスの中も変な人だらけだったしね。

隣の席のおばさんは胸に抱えたリュックの中から、大きなオニギリやら
パンやらを出しては、バクバク、バクバク食べ続けるし。
それで気になって見てると。

「あげないわよ!」

すごい顔して怒鳴られるし・・・誰が欲しがるかってんだ!

プンっと目をそらして反対側を見たら、今度は大学生くらいのカップルが
朝だというのにイチャイチャ、ベタベタ。
しっかり抱き合ったりして、純情な女子高生には刺激が強すぎるってぇの。

それで仕方なく下を向いてたら、寝足りない私の脳みそは、
熟睡を選んでしまったと、いう訳だ。
トニカク困った。ここどの辺りだろう。
窓の外は全然見覚えのない景色が流れてるし。
こりゃかなり遠くまで来ちゃったかな。

どの辺りか聞こうにも、バスの中は、
食べ続けるおばさんと、色ボケのカップルだけだ~。
本能に忠実な方々には、何となく聞き辛いや。
とりあえず次で降りて、戻りのバスに乗ろう。

座席の前にある降車ボタンを押すと、
ポンっと聞きなれた音を立ててランプが着いたが、
同時に流れた自動音声は、いつもと違っていた。

「次、停まりません」

え? 今なんて言った? 停まりません?

降車ボタンの点灯している表示を見た。

「次、停まりません」

になってる。

壁の停車ボタンも、

「次、停まりません」

天井も手すりも、運転席の上の大きな表示も、

「次、停まりません」

どうなってんのこれ? 全く意味が分かんない。
誰かの手の込んだ悪戯? それともまだ夢の中なの?

バスはどんどんスピードを上げてる。
それに連れて、隣のおばさんはおにぎりを食べる速度を速てるし、
大学生のカップルは服を脱いで、事に及ぼうとしている。
何これ、助けて! タスケ・・・

あれえ。眠い。
気持ちは混乱して焦っているのに、なぜか物凄く眠い。
耐えられない、どうしてこんな時に眠くなるの。
そりゃあ、私は眠るのが好きで、時間さえあれば寝てるけど、
今は時間が無いでしょう。

本当に残り時間は無かったのだ。
走るバスの中に、運転手のアナウンスが流れた。

「本日もヨクボーバスをご利用いただきましてありがとうございます。
このバスは、欲望を加速させ本能のおもむくまま生きる方々を
成れの果てまでお送りいたします」

待って。成れの果てって何? 私はただ眠りたかっただけなのよ・・・それなのにどうして?

もう目の前が真っ暗だ。考えるのも面倒くさくなってきた。
バスの走る音が突然途切れた。そして、私は二度と目を覚まさなかった。

数日後、バス事故で運転手を含め5人が亡くなったと新聞が伝えた。


                  おわり


*小学校の同級生に、長距離の高速バスをずっと
「加速バス」だと語る男の子がいました。

何もない専用道路を目的地までどんどん加速していって、最後は物凄いスピードで目的地まで連れていってくれる。
そんな未来の乗り物だというのです。

当時は誰も高速バスなんて乗ったことも無かったので、みんなも納得していたのですが、その数年後、「加速」の本当の意味を授業で聞いて、その同級生を皆で問い詰めました。でも彼はすっかりその時の事を忘れていて、「何言ってんの?」と大笑いしたのです。
私たちは豪快に笑う彼の姿を見て、まあいいか、と妙な悟りの境地至ったのでした。
本当に忘れたのか、誤魔化したのか、その後の彼の成れの果てと一緒に、
いつか確かめてみたいものです。


画像1

#高速バス #本能 #三大欲望 #女子高生 #停留所 #朝 #加速 #次停まります #降車ボタン #不思議 #怪談 #小説 #ショート #謎 #成れの果て


ありがとうございます。はげみになります。そしてサポートして頂いたお金は、新作の取材のサポートなどに使わせていただきます。新作をお楽しみにしていてください。よろしくお願いします。