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「20XX年のおもてなし」・・・あなたの見ている者は、本物ですか?


18日火曜日に放送された朗読の台本を一部加筆したものです。 


『20XX年のおもてなし』    作・ 夢乃玉堂 

季節外れの嵐が去り、朝からすっきりと
晴れ渡った五月晴れの午後。
鳥越ユーゴは、古風な和風喫茶で恋人の到着を待っていた。

カラカラカラ。

引き戸が軽い音を立てて開くと、
人から逃れるようにして城田満里奈が入って来た。

「本当に違いますから。すみません」

その声を聞いて入り口に目をやった店内の客たちも
満里奈を目で追った。
美人という訳ではないが
愛嬌のある顔つきの満里奈はよく人の目を惹く、
しかし今日は少し違うようだ。

「昨日のあの娘だよね・・・」
「似てるよね」
などと何かを確かめ合う声が聞こえてくる。

ユーゴを見つけた満里奈が一直線に駆け寄った。

「遅くなってゴメンね。変な人に捕まっちゃって」

向かいの席に座ると、まだ息も整わない内に、
二つ隣の席にいた女子高生たちが近寄って来た。

「あの。トライ・デカスロンの新城セリさんですよね。
昨日の試合、かっこ良かったです」

「え。いえ違います。私、その人じゃないです・・・」

納得できないでいる女子高生に説明し続ける満里奈に
ユーゴは心の中で謝った。

『すまない。全部俺のせいだ』

× × ×

2週間前。新格闘技、トライ・デカスロンの
大会責任者によるリモート会議が行われ、
ユーゴも本社のパソコンから参加した。

トライ・デカスロンは、
男女30人が陸上競技場でボールを奪い合って格闘する、
ラグビーとプロレスのバトルロワイヤルを合わせたような
新しい格闘スポーツである。

中東発祥で、日本での知名度は低いが
世界の競技人口は10億を超えている。

そのトライ・デカスロンのエキジビションマッチが
初めて日本で行われる・・・はずだったのだが。

「中東の選手団とは、どうしても連絡つきません。
どうも政情の混乱で、どこか第三国に亡命したのは
事実のようです」

「どうするんだ。今さら中止だなんて
スポンサー企業から損害賠償を請求されるぞ」

16分割されて表示されているリモート会議には
国内の格闘技関係者、各スポーツ協会の会長、
テレビ局や広告代理店の担当者などが参加していたが、
誰もが責任を押し付け合い、会議は紛糾した。

本来ならすぐに中止になるところだが
かき集めた大会のスポンサー料を
招致活動でほとんど使ってしまっていた為、
形だけでも開催しなければならない状況に
大会の実行委員会は追い込まれていたのだった。

状況が変わったのは、オブザーバーとして参加していた
IT企業の女性担当者、城田満里奈の一言からだった。

「出場者が来られないなら、
無観客・無選手でやるのはどうですか」

モニターの中の全員が、ぽかーんと口を開けた。

「無観客と無選手で、どうやって試合をするんだ。
ふざけたことを言うんじゃない!」

国技のスポーツ協会の代表が食って掛かったが、
満里奈は静かに答えた。

「いえ。ふざけている訳ではありません」

満里奈が画面の外で何か操作すると
彼女の画面からバスケットの試合風景が飛び出し、
モニターいっぱいに拡大した。

「ご覧いただいているのは、昨日放送された
バスケットの関東大学リーグの映像です。
例えばこれに、歌舞伎の役者の顔を合成します」

満里奈が言うと、モニターの中で、バスケット選手の顔が
隈取をした歌舞伎役者の顔に変わり、見事にダンクシュートを決めた。

「これは、AI技術で顔の写っている写真や動画を解析し、
別の映像の顔に合成するRDフェイクテクノロジーです。

これまでの試合映像を使って選手の3Dデータを作り、
そのフェイク映像を、新国立競技場の画面に合成すれば、
あたかも実際に試合が行われているような映像が作り出せます」

歌舞伎役者のバスケット映像が消え、再びモニターはリモート会議に戻った。

又、国技の代表が食って掛かった。

「そんなCGなんか、すぐにばれるだろう。
それに、フェイク技術では、一人の顔は変えられても
チーム全員の顔を変えるのは無理だと聞いているぞ」

「わが社の技術なら、フェイクは何人でもリアルタイムで合成出来ます」

リモート会議のモニターに驚きの声が上がった。
参加者全員の顔が、満里奈に変わったのだ。

「・・・いかがですか?
ご自分お顔が女性に変わった感想は?」

モニターの参加者たちは皆、
若い女性になった自分の顔を触ったり、つねったりして確かめていた。
16個の満里奈の顔は、何の違和感もなくその動きに連動して変化し、
別々の表情を見せていた。

しばらくしてクリックする音がすると
左隅の満里奈の映像が若い男性に変わった。

「・・・初めまして。ITフェイク社の鳥越ユーゴです。
これが本当の私の顔です。
今まで説明をしていたのは、AIによるフェイク技術で作った顔です」

「ま、まさか最初から?」

「はい。ずっと会議に参加していました。
皆さんは、私の顔に合成した
私のこ・・・いや、私の友人の女性の顔が話すのを
ご覧になっていたんです。
どうです、お気づきにならなかったでしょ」


その後は簡単だった。
一度方針が決まると決して振り返らず
多少の問題は無視して突き進むのは日本人の特性である。

「無観客で行えば、試合はテレビか動画サイトで見るしかない。
実際に行われているかどうか、視聴者には確かめようがない」

「バイトもボランティアも要らないから会場運営が楽だ」

「相手国の政変が原因なんだから問題ないだろう」

と決定に対する言い訳づくりまで提案され、
フェイク放送は、全員一致で採択された。

ユーゴは、余りに上手くいきすぎる会議の様子を見ていて、逆に不安になった。

「本当に、これで良かったんだろうか、
誰かがこのやり方に疑問を持ってくれることで、
フェイク技術のガイドラインについても議論出来ると思っていたのに。
技術的な疑問が解決したら、誰も倫理を振り返らないなんて・・・」

他の人が言わないなら自分で疑問を提示するべきなのか、
それとも提案者が疑問を呈するのはマッチポンプ過ぎるか。

ユーゴが躊躇しているところに、
広告代理店の担当者が、ひとつの提案をしてきた。

「ビーチバレーの浅尾美和選手のように、
新しいスポーツには新しいスターが必要です。
可能なら先ほどの女性の顔のデータを使って
愛されるスター選手を人工的に作りたいのですが」

倫理的な問題点を気にしていたユーゴだったが、
架空の選手をフェイクで作り出せるかもしれない、という技術的好奇心に勝てず、疑問を胸の奥にしまって了承した。

この瞬間、世界的なスポーツイベントは無観客・無選手で開催され、
満里奈の顔をした新たなスポーツヒロインが
誕生することになったのだ。

     ×  ×  ×

「人違いだから、サインなんか出来ません・・・」

和風喫茶の女子高生たちは、しつこく満里奈に絡んでいた。

困り果てた恋人を救うため、ユーゴは間に割って入った。

「新城セリ選手じゃないよ。
ほら。ここにほくろが無いでしょ。他人の空似だよ」

ユーゴは、満里奈の右の目じりを指さした。
ようやく女子高生たちは諦めて自分たちの席に戻り、
店内の喧騒は収まった。

「ありがとう。
そのスポーツ選手って私に似てるらしいのね。
ここへ来るまでにも三人くらいに話しかけられたのよ」

「そう・・・」

ユーゴは気のない返事をして自分の席に座った。

「何よ。少しは心配したって良いじゃない。
はは~ん。何か仕事で失敗しちゃったんでしょ。
あれやっておけばよかった、とか気にしてるのね」

「いや。どちらかと言うと、やっちゃったから後悔してるんだ」

「ふ~ん。そうなの。でも人間って、
出来るかもって思うと、それを試してみたくなるんだって、
だから、何かをやってしまうのは、人間の裏側にある性(さが)なのよ。
そんな裏ばかり気にしてたって仕方ないわよ。
あ。今のは、浮気も公認するって意味じゃないですからね」

満里奈が拗ねて見せたところに
柏餅を三個乗せた皿と抹茶が運ばれて来た。

「お待たせしました。季節のおもてなしセットでございます」

店員が去るとすぐに、満里奈は餅を一個摘まみ上げて笑った。

「ふふふ。何だか可笑しい」

「何が?」

「だって、裏ばかり気にする話をしていたら、おもてなしセットでしょ。
裏ばかりで、お・も・て・な・し。ふふふ」

パクっと美味しそうに食べる満里奈に誘われ
ユーゴも餅を一つ摘まんだ。

緑の柏葉をペリペリと剥がすと爽やかな香りが漂い、
柔らかな餅の触感が伝わってくる。
一口かじると、餡子の軽い甘味が、
この上ないリアルな幸福感を与えてくれる。

『五感すべてを使って、美味しいと感じられることこそが
柏餅の醍醐味だよな』

口の中に広がった幸せに惹かれて
ユーゴは皿の上に残っていた柏餅を摘まみ上げた。

「あ。ズルい! 
普通、最後の一個は女の子に残すもんでしょう!」

満里奈が子供のような声を上げた。

「ゴメン。出来るかもって思って摘まんじゃった。
これはほら、人間の性(さが)だよ」

ユーゴは笑いながら手にした柏餅を半分に割って満里奈に渡した。
嬉しそうに頬張る恋人を見ながらユーゴは考えた。

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