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「交差点の二人」から「交差点の歴女」へ。

火曜日にラヂオつくばで放送された作品を特別公開します。

放送台本に一部加筆しています。

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「交差点の歴女(交差点の二人)」 作 夢乃玉堂

夏の予定を楽しそうに語りながら歩く人達が、ひどく憎らしく思えた。
聞こえてくる何気ない会話からも、担任の辛らつな言葉を連想させる。

「夏だからって遊んでると大変なことになるぞ。
日本史と国語だけじゃあ、共通テストは突破できないからな」

反論の余地がない。夏場の頑張りが勝負を決めると言われて、
家族旅行も、好きな歌手のコンサートも諦めたのに、
まったく成績は伸びてくれない。

みんな、どうやって勉強してるんだろう。
休憩時間も楽しそうにペチャクチャ喋っていても
トップ取るほど成績優秀な奴の頭の中見てみたいよ。

そんな事を考えながら雑踏を歩いていると、
甲高い能天気な声が呼びかけて来た。

「トンコ殿!」

私をそう呼ぶのは、一人しかいない。
この娘(こ)はいつも最悪の気分の時に話しかけて来る。
無視したいが、交差点の信号が変わって
足を止めたところだから、そうもいかない。

「ああ。梨里花・・・もう具合は良いの?」

「心配ご無用。夏真っ盛り、いつまでも臥せっておられんでござるよ。
今年は古式泳法を極める所存での。
湘南のサーファーたちの前で古式泳法を披露するとモテるでな。ふぉほほ」

私はこの幼馴染みが苦手だった。
日常でも侍言葉で話す、いわゆる『歴史系不思議ちゃん』のくせに
色が白くて目が大きく、見た目は人形みたいに可愛いい。

成績もよくて、物おじしないで話すので
クラスでも浮くことは無く、男子にも女子にも人気がある。

暗くて地味で何の取り柄もなく、クラスでも目立たぬように生きている
私から見ると、同じ人類でも全く別の生き物だ。

学力も美貌も何でも持っている彼女には、せめて侍言葉は止めてほしい。
そこは、高校生活の大部分を、ひそかに歴史に費やしている
私のような『隠れ歴女』の行く場所なのだから。

そんな思いを知る由もなく、彼女は気に障ることを言ってきた。

「拙者、梨里花は、これから水着を買いに行くところでござるが
トンコ殿も御一緒にいかがでござるか?」

あ~止めて。
自分をきらきらネームで呼びながら、
ござる、や、候(そうろう)で締められると虫唾が走る。

付け焼刃の知識だけで、『明智光秀は、実は天海上人』とか、
『源義経は大陸に渡ってジンギスカンになった』とか、
怪しい仮説ばかりが歴史だと思っている薄っぺらなニセ歴女め。
そのうち、歴史の深さを語り尽くして徹底的に遣り込めてやるからな!

「それがし、いや私、この後用事あるから、それに水着は持ってるし」

「なぬ? あの小学生みたいなダッサいのでござるか。
あのようなものは卒業して、ビキニはいかがでござるかな。
JKビキニ、今年のデザイン超カワイイよ」

『超カワイイよ』なんて言う侍はいないだろう。

ニセ歴女は本心を言う時、言葉が素に戻る。
底の浅い中途半端さが私をさらにイラつかせる。

しかし梨里花は、わざわざ私に近づいてきて追い打ちをかけた。

「トンコ殿は巨乳でござるし、くノ一のごとく男どもを
たぶらしては如何かな。ふふふ・・・も・て・る・で・ご・ざ・る・よ」

と制服の上から軽く胸を突いてきたのだ。
ああ。もう我慢できない。

「あのね。受験生は遊んでる暇なんて無いでしょ!
日本史だけじゃなくて、元素記号や方程式も覚えなくちゃならないし
英単語も端から端まで覚えなくちゃいけないのよ。
それに、歴女が流行っているからって軽い気持ちで
出鱈目な侍言葉振り回して
歴史でキャラづくりして男子を翻弄するのも最低。
今日という今日は堪忍袋の緒が切れたわ!」

人目も気にせず私は梨里花をなじってしまった。
梨里花は口元の笑みを崩さずに、じっと私を見つめていた。
そして、私が話し終わるのを待って

「男子の為なんかじゃないよ・・・」

と小さく呟いた後、すぐにまた侍言葉で話し始めた。

「いやぁさすがトンコ殿。堪忍袋の緒が切れる、なんて言葉、
さらっと言ってのけるところは、やはり筋金入りの歴女でござるな」

隠していた本心を突かれたような気がして顔が赤くなったのが分かった。

「もう良い。私は塾に行くから!」

そう言い捨てて私は、信号が青になった交差点を早足で渡ろうとした。
すると・・・

「ダメだよ」

と厳しい口調で梨里花が言った。
おチャラけた侍言葉とは違う、真剣な声のトーンに私は思わず足を止めた。

「行っちゃダメ・・・動かないで」

言葉に必死さを感じて思わず足が止まった。

その時、私のすぐ前を一台の自動車が通り抜け、
横断歩道を渡ろうとしていた通行人を次々と跳ね飛ばした。

車は、反対側の電信柱にぶつかり、交差点には、私の前にいた会社員や
子供連れの主婦がうめき声を上げて倒れていた。

もし、梨里花と話していなかったら、
間違いなく私もこの惨劇に巻き込まれていただろう。

「大変だ。梨里花・・・今の見た?梨里花? 梨里花? 梨里花!」

振り向いたとき、そこに梨里花の姿は無かった。

「まさか梨里花も事故に巻き込まれたの?」

周りを見渡しても倒れている人たちの中に制服を着た女の子は無い。
梨里花は目の前で事故が起こって怖くなって
どこかに逃げ出したのかもしれない。

その後私は、事故の目撃者として警察官に話を聞かれ、
ようやく家に戻ったのはもう日が暮れかける頃だった。

「お母さん。今日駅前の交差点でね・・・」

と今日あった事を話そうとしたら、
母が悲しそうな顔をして私を抱きしめた。

「え。何?」

「あのね。落ち着いて聞いてね。
梨里花ちゃんが、梨里花ちゃんがね・・・」

母は、涙をこらえながら、とぎれとぎれに話した。

「梨里花ちゃん。ひと月前から病気で入院してたでしょ。
お医者さんにも順調に回復してるって言われてたんだけど、
昨日の深夜2時ごろに容体が急変して、
そのまま亡くなってしまったんですって。
ベッドで言った最後の言葉が、
『トンコ殿、ありがとう』だったんですって」


梨里花は、入院してからずっと
『学校で私と歴史の事を話せたのが楽しかった』と言っていたらしい。

違う。違うよ、梨里花。
薄っぺらなニセ歴女に、私はまだ歴史の深さを語り尽くしてない。
徹底的に遣り込めてもいない。
これからなのよ。これからもっと私たちは話すはずだったのに。
話さなきゃいけなかったのに。

私は、こらえきれず、その場に泣き崩れた。

『トンコ殿。さらばでござる』

優しく語り掛ける声が聞こえたような気がした。


              おわり



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