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「財布と腕」・・・怪談。悪人が落ち込んだ怪異。


夏が近くなってきました。久々に怪談です。


「財布と腕」

元禄の末期。
江戸本所に、宗助という男がいました。

この男、自分では大工だと言っていますが
家を実際に立てたことも無ければ、図面すら引いたことも無い。

それでも6尺を越える体格の良さと、
太々しい口の利き方で、「アニイ」と呼ぶ輩もいて、
そんな連中を集めては、遊ぶ金欲しさに、
普請に入った母屋のものを勝手に売ってしまったり、
娘をだまして廓に売ったりしていたのでした。

六月の寒い雨が降った夜、宗助は、縞の財布にたんまりと金を入れて
賭場に向かっていました。

この金は、旅の瞽女(ごぜ)をだまして、
その娘を遊郭に売り飛ばして手に入れた金だったのです。

「すみませんが、宗助様でございましょうか」

とっぷりと日が暮れた松並木の影から、
宗助に話しかけて来る声が。

「誰でえ」

「アタシでございますよ。瞽女のおきんでございます」

「なんだ。おきんか、こんなところで何してやがる」

「あなた様をお待ちしておりました」

「俺を?何の用だ」

宗助にはおおよそ、おきんの用とやらは分かっていたが、
しらばっくれて聞いていました。

「アタシが仮の住まいにしております地蔵寺の本堂に、娘のお米がもう三日も帰って参りません。お米はどちらに居りますでしょう」

「お米? おめえの娘の事なんか、俺が知ってるわけねえだろう。
どこか男としけこんでるんじゃねえのか」

「お米はまだ十二でございますよ。
それに、黒塀の近くであなた様と一緒に居られると
教えてくれた方が下りましてな。宗助様。
お米は、お米をどちらにやったのでございますか」

「何言いやがる。誰が言ったか知らねえが、そんな世迷言を
気にすんじゃんねえ。俺は急ぐからよ」

宗助は、おきんを置いて歩き出そうとしますが、
そこは旅の瞽女、これと睨んだら逃しません。

動き出した大男の腰にすがりつき、懐から縞の財布を掴み出したのです。

「おい!何しやがる!財布を返せ」

「いいえ。お米の居場所をお教えいただくまで、
お返しするわけにはまいりません」

「何だと、知らんと言っているじゃねえか。しつけえぞ」

元々短気で乱暴な宗助、おきんの曲がった腰を抱えて放り投げ、
財布を取り返そうとします。

しかし、おきんは決して財布を離しません。

「お米をお米を返して頂くまでは」

「だから知ったこっちゃねえって言ってるだろう」

男の力よりも、母親の愛は強いのでしょうか。
叩き、蹴とばし、指を剝がそうとしても
固く閉じた左手は財布を握ったまま。

「これ以上もたもたしてたら、誰が通りかからねえとも限らねえ」

宗助は懐の匕首(あいくち)を取り出し、おきんの背中にずぶりと一刺し。
これでようやくと思ったのも束の間、
事切れたおきんの左手は、より一層固く閉じたまま動きません。

「ええい。仕方ねえ」

業を煮やした宗助は、匕首でおきんの左腕を肘から斬り落とし、
その体を大川に蹴り落としたのです。

どぼ~ん。

大きな水音を聞くと、落ちていた腕を持って走り去ったのでした。

「へへ。悪く思うなよ。いつまでも、しつけえのがいけねえんだ。
それにしてもよ。しつけえババアだぜ。
とにかく賭場へ着くまでに財布からこの腕を外さねえとな」

そんな事を思いながら走っていた宗助ですが、
不思議な事に気が付きました。

さっきまで重かった腕が軽くなって来たのです。
可笑しいなと思った宗助は、
おきんの腕を握っていたはずの左手を見てみました。

すると、そこにおきんの腕は無く、
自分の手が縞の財布を握っているのです。

「なんだ。おきんの腕はどこへ行ったんでえ」

月明かりの中で周りを見渡しますが、腕のようなものは落ちていません。

「へ。いつの間にか落ちちまったのか、財布だけ残って手間が省けたぜ」

宗助は左手の財布を月明かりにかざして確かめました。
その腕は、右手に比べて妙に細いのです。
そして、筋張っていて、ところどころシミが浮かんでます。
まるでお年寄りの腕のようです。

「な、なんだこりゃあ!」

そう叫んだ途端、宗助の肘に激痛が沸き起こりました。
焼け火箸を当てられたような痛みは、肘から二の腕肩にまで登ってきます。

「痛てえ、痛てえよ~」

宗助は、もう立っていられませんでした。
地面を転がり苦痛にのたうち回っているうちにも
どんどん痛みは全身に回ってきます。
その痛みがついに心の蔵にまで届いた時、
クウッと一言唸ったと思うと、宗助は動かなくなってしまいました。

翌日、発見された宗助の遺体は、どこにも傷跡が無く
変死体として処理されました。

それから数日後の大川の河原に、おきんの遺体が流れ着きました。

やせ細った遺体でただ一つ、左腕だけが太く若々しかったのです。
しかもその左手には、縞の財布がしっかりと握られていたのでした。

        おわり



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