「忘れない」・・・人はどんな時にでも自らの立ち位置を考えずにはいられない。

別れの時。人は思いがけず強がりを言う。だがそれに気づく人は少ない。お互いに納得して別れることになった男女のかわした言葉とは・・・

あっという間に読める、超ショートショート。でも、じっくりとその言葉の向こうを考えると、じわっと何かが迫ってくる。

『忘れない』　　by　夢乃玉堂

「今までありがとう」

その言葉を聞いて、
女は眉尻を少し浮かせて言った。

「ズルいわね。別れの時に『ありがとう』なんて言ったら、
女は男を忘れられなくなるとか・・・誰かに教わってきたんでしょ」

言われて男は後悔した。
『ありがとう』は、恋の終わりには使ってはいけない残酷な言葉なのだ。
憎しみあって別れる方が、未練が無くて良い。

そして、慌てて取り繕うように言葉をつづけた。

「いや。本当に君のことは決して忘れないよ」

「ふふふ」

女は、少し顔を伏せて微笑んだ。

「本当にあなたって、坊やね」

そして、再び目線を男に向けると、無表情に言葉を並べていった。

「私もね・・・いつまでも、私を忘れられないでいる男がいることを
・・・決して忘れないわ」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おわり

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