色が出た両者の"質"【プレミアリーグ第1節】クリスタルパレスvsアーセナル
プレミアリーグの新シーズンがスタート。開幕戦のカードはクリスタルパレスvsアーセナル。
昨シーズン、クリスタルパレスはヴィエラ監督の下で、組織的な守備とハードワークからの前線の強力な個を武器とした速攻で充実したシーズンを過ごした。
一方のアーセナルは開幕3連敗からのスタートながらチームは持ち直し、5位フィニッシュ。僅かにCL圏には届かなかったが確実な上積みが今シーズンは期待感がある。
そんな両チームの対戦が開幕戦ということで実に興味深いカードだった。日本人としては冨安が見たかったが残念ながら怪我の影響でベンチ外。
"The アーセナル"
試合開始から約10分間はアーセナルの独壇場。試合開始からボールを握ると心地良いパスがいくつも繋がる。ビルドアップは各選手の持ち味の良さが表現されていた。新戦力のジェズスはお得意の偽9番の動きで縦パスを引き出し起点になると、すぐに中盤へボールを捌き前へと駆け上がる。またジンチェンコは内側へ絞り、中盤のサポートに入りながらも、マルティネッリとのラインを繋ぐ。右サイドでは昨シーズンからお馴染みのサカとウーデゴールの阿吽の呼吸でのコンビーネーションで局面を打開した。
この試合の立ち上がりの10分はまさに"The アーセナル"と言えるような、狭いスペースの中で動きながらの細かいパス交換で局面を打開してクリスタルパレスのプレスを無力化した。
立ち上がりだけで2、3回決定機があったが逃したアーセナルはデザインされたCKからマルティネッリが得点し、リードを奪う。あのCKはボールを左右に揺さぶったことでクリスタルパレスの選手たちをボールウォッチャーにさせる『してやったりのゴール』だった。
適応したクリスタルパレス
クリスタルパレスも徐々にアーセナルのサッカーに適応していった。ビルドアップの配球役であるパーティーをエドゥアールとエゼで消しながらアーセナルのCBに圧力をかけていき、徐々にアーセナルのビルドアップが上手くいかなくなっていく。ダブルボランチにはボールハントに優れたドゥクレとシュラップが中央のスペースを埋め、CBも積極的にジェズスを捕まえ始めたことで、アーセナルは中央への縦パスを入れられない状況になっていった。ガブリエウやラムズデールの所で出しどころがなくボールを引っ掛けたり、蹴らされる場面が増えたことがクリスタルパレスのプレスが上手くいき始めた証拠だった。
アーセナルの課題
アーセナルはビルドアップが今シーズンの課題になるかもしれない。ジンチェンコやジェズスが入ったことでプレス回避の手段は増えたが、時間が経つにつれて『プレイの質』が落ちていき、5m〜10mのダイレクトパスが繋がらなくなったことはこの試合を難しくした原因だろう。逆に言えば試合開始からの10分間のようなパフォーマンスが90分を通してできればCL圏は容易に見えてくる。
また、この試合ではホワイトがRSBで起用されたが、サカやウーデゴールのサポートがないと苦しそうではあった。ただ、この試合ではRSBは攻撃面よりも守備面で求められた役割が大きく、ザハとのマッチアップをこなすにはホワイトが適任だっただろう。
クリスタルパレスの巻き返し
アーセナルが先制パンチに成功したのは、ハイプレスが上手くいったことが一つの要因だろう。マルティネッリがクラインを消しながら、アンデルセンへ圧力をかける外切りのプレスで、逆サイドへ追い出しにかかる。グエイやミッチェルのところでハメることに成功した場面はいくつかこの試合で見られた。また、ここぞと言う場面でのパーティーのボールハント力は見事で、ショートカウンターからチャンスを作ったシーンもあった。
ザハの存在
しかし、時間が経つにつれてアーセナルもエネルギーを消耗していき、クリスタルパレスがボールを握り始める。アンデルセンからのザハへの正確なロングフィードはアーセナルの悩みの種であり、クリスタルパレスの大きな武器であった。ザハにボールが入ると時間を作れるので全体を押し上げることができるので、アーセナルは撤退を余儀なくされる。
また、この試合でサカがマルティネッリのようにCBへプレスをかける回数が少なかったのはホワイトをザハとマッチアップさせるためだろう。サカがCBまでプレスをかけた場合、ホワイトがミッチェルまで縦にスライドする必要があり、ザハの対応はサリバやパーティーがすることになる。対人に強いホワイトを当てることはアーセナルの戦略であり、逆にクリスタルパレスはザハの存在がサカへの抑止力になっていたとも言える。
主導権を握った先に、、
1点リードのアーセナルは後半は苦しい試合展開だった。クリスタルパレスはアーセナルが先程のようにハイプレスにくるならロングボールでひっくり返し、セカンドボールを運動量豊富な中盤の3人で回収することができた。また、前線のアイェウ、ザハ、途中出場のマテタのところでロングフィードのターゲットにすることができたので、後半はクリスタルパレスが主導権を握った。
そうなるとアーセナルのプレスの鋭さは徐々に失われ、クリスタルパレスはビルドアップしながらエゼにボールを集めることができ始めた。前半はザハしか前線の起点ができなかったが、後半はクリスタルパレスのCBがボールを持つ余裕ができて、エゼが神出鬼没にボールを引き出しては攻撃にリズムを加えた。アーセナルは前線のプレスで出し手への圧力をかけれず、良い状態でボール配球をさせてしまい、エゼにも良いボールが入るようになった。
プレスに行っているのに剥がされるアーセナルは撤退守備でCFのジェズスまでが低い位置まで下がってきてコンパクトな陣形を作らざる負えない。しかし、これでは自陣でボールを奪っても前に起点が作れないので押し込まれ続ける苦しい展開だった。
アーセナルはプレスを剥がされて撤退は苦しいので、マルティネッリの外切りプレスを止めて、ジェズスとウーデーゴールの2人で2CBs+ドゥクレを対応する形に変更。ウーデーゴールは守備での貢献度が高く、この試合もクリスタルパレスのボランチからCBまで飛び出して長い距離を懸命にプレスかけていた。
試合展開に合わせてアーセナルはプレスのかけ方を変化させることができるのは、チームとしての戦術理解度の高さかもしれない。このプレスに変化させたことで隙を見せる回数が減り、試合展開をクローズに持っていくことができた。
クリスタルパレスは武器である前線のフィジカルの強さと中盤の強度の高さで、試合の主導権をアーセナルから奪ったことは上手くいったように思える。しかし、アーセナルのコンパクトなローブロックを前に1点が遠かった。そして、85分にカウンターを食らって痛恨の2失点目を許した。
クリスタルパレスの課題は人数をかけて守られた時にどうやってフィニッシュまで持っていくかになっていくだろうか。セットプレイでは惜しい場面があったのでCKを積極的に取ることも1つの手ではあるが、オープンプレイではザハのクオリティに依存しがちなので、組織としての攻撃は今後の改善点になるだろう。
最後に
両チームともにチームカラーが良く出ていた良い試合だった。アーセナルは近い距離感でボールを動かしながら、2人目、3人目と関わりを持って前進していく流れは美しい。ゴール前でも即興性が強いが選手たちのアイデアと阿吽の呼吸でブロックの中へ割って入っていくのは見ていて面白い。まだまだ90分通しての安定したプレイの強度とクオリティには課題があるが、今後に期待感を抱かせる内容でもあった。
クリスタルパレスは全員のハードワークは徹底されていて、前線には強力なクオリティを持った選手たちが並ぶ。ただ、昨シーズンはギャラガーがという攻撃に変化を加えたり、チームに火をつけられるような選手がいないことは間違いなく影響している。10番のエゼがどれだけ決定的な仕事ができるのかが今後の試合に大きく影響するような思えた試合だった。また、どれだけスタンダードを上げられるかというところも気になる点だ。当然、ビッグ6なんかと比べると補強に使える予算も違うので、各選手の間に能力のバラツキが出ることは仕方ない。ヴィエラ監督の手腕が問われるシーズンとなるだろう。