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旅先の東北で、キセルがばれ、真冬の見知らぬ駅で降ろされる話。後編
とりあえずは車掌から逃れられた。
しかし、まだ出発したばかりだ。
福島まではまだ15駅ほどある、時間も2時間近くかかる。
絶望感に包まれた。
それからは眼をあけることもできず、
車両の連結ドアが開く気配だけを探りつづける。
山形を出発して1駅目、列車が発車し、
しばらくすると連結ドアの開く気配がする。
車掌だ、真っ直ぐにこちらに歩いてくる。
大きな荷物を持った、いかにも旅行者の若者、
絶対に切符を確認しないといけない。
当たり前だろう。
渾身の寝たふりを続ける僕。
車掌の呼びかけも、聞こえないふりをする。
ところが、車掌は完全に怪しいとにらんだのだろう。
僕の肩に手をかけて、起こしにかかる。
これには僕も無視を続けられず、いかにも今、眼が起きたという体で眼をあけた。
「切符を拝見いたします」
とうとう、最悪の展開がやってきた。
あとは少しでも時間を稼ぐしかない。
ポケットを探し、財布をひっくり返し、かばんの中を調べ、あらゆる所を探すふりをする。
時間をかけて、慌てた雰囲気を出しながら探す。
車掌は付き合いきれないと思ったのか、
「では探しておいて下さい。あとでもう一度来ます」
と言い残して立ち去った。
完全に眼をつけられた。
次からは最優先で検札にくる。
どれだけ探そうが、最低料金の切符しか持っていない。
そして2駅目を出発すると、すぐに車掌はやってきた。
「どうでしたか?切符は見つかりましたか?」
あらゆる所を探したが、どうしても見つからない旨を答える。
ひと目でわかるほど、挙動不審だったはずだ。
僕は尋ねられてもいないのに、必死でまくし立てる。
福島まで向かうこと、
所持金はほぼないこと、
切符を失くしてとても困っていること、
僕にできることは哀願することだけだった。
しばらく考えこんだ車掌は、
「では、次の駅でおりてもらいます」
「ここまでの運賃は払えとは言いません。しかし切符が無い以上、ここから先、乗車していただけません」
と僕に宣告をした。
そしてきっちり改札から外に出された。
その駅には人気がなく、雪がふりしきっていた。
知り合いもいない、土地勘も全く無いところで、無一文。
絶望感が身体中をかけめぐる。
大きな荷物をかかえ、あてどなく街をさまよう。
考えられるのは、もう一度キセル作戦で福島を目指すこと。
しかし、今回の車掌の対応を考えると、次もすぐに見つかってしまう。
ここから2駅か3駅、先に行けるだけだ。
15駅は絶望的に遠い。
どう考えても、解決策はみつからず、思考は堂々めぐりする。
その時目に入ったのは、交番だった。
追い込まれた僕は、警察官に助けを求める。
山形から福島を目指し列車に乗っていたところ、
切符を失くしてしまい、非情にも列車から降ろされてしまったこと、
見知らぬ土地で、所持金もなく途方にくれていることを警官に説明した。
対応した警官も、対応にとても困っただろう。
僕は福島までの電車賃を、なんとか借りられないかと考えていた。
見ず知らずの警官に、同情を得ようと必死だった。
僕の必死さが通じたのか、その警官はお金を貸してくれた。
返すために僕の連作先を伝えようとすると、
「自分が個人的に、君に同情して、このお金をあげるつもりで渡すんだ。」
「だから別に返してもらわなくても良い」
と答えられた。
すごく良心的で、大人の対応だ。
素性も知れぬ、旅の途中の若者への対応としては考えられない。
よほど、人の良い警察のかたに出会ったのだと思う。
僕はお礼を言い、交番をあとにした。
残念ながら、この警察のかたの行為の素晴らしさを、完全には理解できていない。
本来なら土下座でもして、感謝しなければならないが、
僕の頭は、貸してもらった金額のことで一杯だった。
出されてお金は千円札1枚だった。
これでは福島にはたどり着けない。
これで選択肢は一つしかなくなった。
山形に帰って、友人に借りるしかないのだ。
山形駅で、所持金が足りないと気づいたとき、素直に頭を下げればよかった。
つまらない見栄と、見通しの甘さから、安易な考えで行動した。
その結果、真冬の雪が降る、見知らぬ土地で途方に暮れることなる。
全ては、素直に頭をさげられなかったバカさから、起こったのだ。
そして最終的に、頭を下げに行かねばならなくなった。
振り出し以下だ。
こうして、僕は再び列車に乗り、出発点に戻る。
気がつけば、友人と感動の別れをしてから2時間近く経っている。
あとは友人の家まで行って、お金を借りるだけなのだが、
ここで僕のつまらない見栄が邪魔をする。
友人宅は駅から少し離れている。
車で10分ほどと、さほど遠くはないのだが、歩くと別だ。
駅に向かうときはいつも友人の車だった。
単純に山形の駅から友人に電話して、駅までお金を持ってきてもらえば良いだけだった。
それができなかった。
かっこ悪いとか、申し訳ないとか、今更すぎる感情が湧きおこる。
それで友人の家まで歩いて向かうことにする。
車で10分ほどなので、歩くと30分以上かかるはずだ。
いつも運転を友人に任せて、道順などろくに確認していなかった。
淡い記憶と、勘だけを頼りに歩き始めた。
このときの絶望感が、いまでもはっきりと記憶に残っている。
夕方近くなり、街は少しずつ暗さを増す。
音もなく雪が降りしきる中、大きな荷物をひきずるように歩く。
この道は果たして正解なのか。
ただただ不安感に包まれたまま、歩き続ける。
つまらない見栄だが、本人にとっては何よりも大切なもののために。
意外とすんなりと、友人宅にたどり着き、呼び鈴を鳴らす。
3時間前に別れたばっかりの男が、自分の家に帰ってきたのだ、
出てきた友人は、心から驚いていた。
簡単にこれまでの出来事を説明し、
お金を貸して欲しいと頼む。
もちろん、二つ返事で友人はお金を貸してくれる。
たったこれだけの話しだ。
こんな簡単なことが出来ず、
見ず知らずの駅で降ろされ、警察のかたにお金を借りる羽目になった。
たったこれだけの、友人に頭を下げることがイヤだったのだ。
その代わりに、別の人たちに大変な迷惑をかけることになる。
くだらない見栄とプライド、
ただ、それが一番大切なものだった。
何ももたない、何者でもなかった僕の唯一の拠り所だったかもしれない。
若かったのだ。
遠い遠い昔の話だ。
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