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私とオーストラリアとランニング①


4年ぶりにオーストラリアの地に戻ってきた。大きな目的は知り合いの練習を訪ねること、U18の陸上競技の全国大会を見に行くことだ。慣れ親しんだ文化を離れ異なる文化に触れることで凝り固まった考えを少しでもほぐすことができればと思う。
まずはシドニーに滞在し、その後に大会に向けてブリスベンへ移動する。
この時期にオーストラリアを訪れるのは初めてで、ちょうど夏が終わって秋へと変わる頃だ。相変わらず日差しは強いが、気温は東京都と変わらないくらいでかなり過ごしやすいと思う。
空港に降り立つとシドニー特有の匂いを感じ、かつて過ごした日々の懐かしさが蘇ってくる。ここ最近失いかけていた冒険前の心踊る状態に喜びも感じる。

今回の滞在中はクーパー家にお世話になる。クーパー家の3女のフラーは2019年に東京農大女子駅伝部の練習にも参加してくれた。
フラーは去年も東京を訪れた際にこちらでコンディショニングのセッションを受けてくれたり、一緒にJogもして走ることは非常に楽しんでいるようだ。
そんなフラーもブリスベンでは800m、1500mに出場する。

家に到着するとリビングでくつろぐフラーと友達のベッキー。1つの業界というのか、シドニーのランニングの世界も狭いものでベッキーの兄のジョーとは以前にご飯にも行ったことのある。
初めて会うランナーでも知り合いから誰かしらの名前を出せば「知ってる」となるのが面白い。
先月のシドニートラッククラシックでは2人とも田中希実選手と写真を撮ってもらったと嬉しそうだった。「あんなに小さいのに速いところが凄い」とやや憧れを抱いているという。ハーフということもあり日本への親近感もあるのだろうか。

到着して少しくつろぐと移動で鈍った身体を動かしにJogへ出かける。練習というよりも走って地域を見て回るのが楽しみの一つでもある。
1kmほど急な坂を下ると両サイドに大きな公園が見えてくる。大きな芝生の広場の周りを舗装路が囲み、特別有名な公園というわけでもないが、1周回ると優に1kmは超える距離になる。
芝生の広場ではクラブなのか仲間内なのかフリスビーやタッチラグビーを行う子どもたちの姿が。
これもまたオーストラリアならではの光景なのかもしれない。日本でこんなに大きな芝生の広場(こんなにと言っても現地の人からすると普通の広場なのだろうが)を見つけるのは難しいと思う。
少し芝生は深めで走ると足がとられペースを維持するのが大変になる。
疲れるので舗装路を走ることに。



次第に目的のビーチ沿いが見えてきた。
マンリー(Manly)と呼ばれるシドニーの観光名所の一つでもある。気温的に海に入るには寒いと思うのだが結構大勢の人がビーチに訪れていた。
ビーチ沿いにも舗装路があり、綺麗な海の景色を見ながら走るの気持ちがいい。しかし多くの人で賑わうため周りの警戒を怠ると今にもぶつかってしまいそうで、やや神経を使い、景色を楽しむどころではなくなってきたので引き返すことに。この日はイースターホリデーということもあったのだろう。

ビーチ沿いにも、公園にも水飲み場があり、暑い日のランニングでは手ぶらで出かけても給水に困らないので助かる。

1時間ほどの観光ランを終えて帰宅。
日が暮れてくるとやや肌寒さを感じるようになってくる。移動疲れなどもあり今夜はぐっすり眠れそうだ。

ナラビーン湖とロングラン

翌日窓から差し込む日の光で眼が覚める。一瞬自分が今どこにいるのか分からなくなっていた。
半分に締めたシャッターを全開にすると朝日がちょうど昇り始めていた。海の彼方から登るオレンジ色の朝日が一日の始まりを告げてくれる。


ベーグルとコーヒーの軽い朝食を済ませると、フラーとお父さんのグレッグと共にロングランへ出かける。この日はナラビーンレイクと呼ばれる湖の周りを1周(8.5km)する。
フラーのコーチからは1km5分を絶対に切らないようにゆっくり走ることを強調されているようだ。
この時点で話を聞く限り、ペースが速くなりすぎないことを大切にしているコーチのように感じる。
グレッグを先頭に続いてフラー、最後尾に私がついていく順番で走る。砂利道の道幅は人が3人通れるか程度で反対側から、また後方からの歩行者や自転車も通るので一列で走ることが望ましい。
コースの多くは木々に囲まれており、時折湖が大きく姿を現す。起伏はほとんどなく、場所によって風向きも変わるため強い向かい風を受けたり、追い風が後押ししてくれたりと走ってて気持ちがいいコースだ。
40分のロングランを終えるとまだ湖1周には足りていない。グレッグは残りを歩いて戻り、私はフラーの20秒×4本のストライドに参加。日本でいう全力ではないがリラックスした状態でペースを上げて走ることを流しという。英語ではStrideと呼ぶ。
「速すぎない程度に。だいたい100mくらいになるかな」とフラーの説明。
フラーの後についてスタート。軽やかな足取りでスムーズに進みフラーのランニングフォームは以前見た時よりもキレがましている。

お母さんのひとみさん、お姉ちゃんのチェルシーも私たちがランニング中に湖周りを散歩。こうやって家族ぐるみで運動に出かけるのを見ると羨ましさを感じる。
振り返ると小中学生、高校生の時には両親がいろんなところに連れて行ってくれたのを思い出す。
小学生の時には田舎の農道で1kmのタイムトライアルをするために父が軽トラックで後ろからついてきてくれた。
組織的な体系で行うトレーニングは刺激し合える仲間、サポートのスタッフ、コーチがいて、それはそれで貴重なことだ。
ただ時にはこんな家族の場にランニングがあることが気持ちをほっこりさせてくれる。

帰宅後にはテラスの席でランチ。ランニング後で気分もよく、綺麗な景色を見るとさらに気持ちも和んでくる。

再会

この日の午後はあの男との再会。
家の前に着くと、「エド」と叫ぶ。(エの部分にアクセントを持ってきてエッドのような発音)キッチンの窓から顔を出し「hey、come on in」と返事が返ってきた。
金髪にロン毛でショーツ一枚の格好は相変わらずだ。

陽気で誰とでも打ち解けるフレンドリーな男で、2019年には東海大学駅伝部の練習にも参加。また日体大記録会にも出場している。

レース後に他の走り終えた選手とコーチがややピリついた空気で話をしているところにお構いなしに声をかけにいく。私が「ばか、今行くなよ」とあたふたしてしまったのもいい思い出だ。
あの時よりも力をつけて、現在はマラソンにも取り込むアシックス契約のプロランナーだ。

コーチはメルボルンに在住のためオンラインでコミュニケーションをとっているようだ。メニューも基本を自分で組み立てそこにコーチの助言がやや入るそうだが、聞いているとほとんどセルフコーチングに近い。練習も基本は1人でJogなどは友達とやっているという。
火、木、土曜日の週3回のポイント練習の流れは多くのオーストラリア選手が取り組む1週間のサイクルだ。(一般のランニングクラブも火、木、土、そして日曜のロングランが多い)
今日は日曜日ですでに午前中に30km程度のロングランを行ったようだ。



家の中に散りばめられたアシックスのシューズ。最新のプロトタイプ(試作品)もあり、履いた後はアシックスにフィードバックを送るのだと。
プロになる前からシューズコレクターばりにシューズを持っていたが、それよりもさらにシューズの数は多くなっていて、屋根裏部屋にまで積まれている。


雑談を終えて帰ろうかと思うと「車で送っていくよ。その前に海に行っていい?」
いつもの流れだ。
1.5kmほど離れたビーチに向かう。そこへエドの友達のアレックスも合流。
この時の気温は15度近くになっていてとても海に入るような気温ではない。
「本当に入らなくていいの?」
2人が問いかけてくるがもちろん答えはノーだ。
あたかもこちらがおかしいように質問するのはやめてほしい。もちろんこの時2人以外に海へ入っている人はいない。
アレックスが連れてきた犬と共に2人が海へ飛び込む様子を見守る。


震えながら上がってくる2人。このエネルギーはどこから湧いてくるのか分からない。平常の体温が違うのかと疑問に思ってしまう。

こんな感じで久々のエドとの再会の終了。火曜日のポイントでまた待ち合わせの約束をして別れる。

田舎と都会

クーパー家に戻るとお父さんのグレッグの友人一家が訪ねてきており、大勢での夕食となった。
メルボルンの外れの田舎からイースターホリデー中に訪ねてきてるらしい。
広大な国の田舎となれば隣の家にたどり着くまでもだいぶ遠いようだ。
「田舎との違いはどう?」
子供達に質問がいくと
「家と家の距離が近くてびっくり」
そんな答えを聞いた時に自分の基準がズレていることに気がつく。
私自身も佐賀の田舎出身なのだが東京に住んでいる期間が長くなるとオーストラリア一の大都市シドニーを訪れているのにあたかも自然豊かな田舎を訪れいる気分になっていた。
それぞれの人の田舎と都会の基準が住んでいるところによって変わる。
田舎や都会だけでなく、ほとんどは自分の基準との比較によって判断されているのだなと感じた瞬間でもあった。
ランニングの練習であっても練習量の多い、少ないは自分の基準との比較になることが多い。自分の基準といっても自分の練習量だけでなく身近で見聞きすることも影響する。
常に同じ環境にいて同じような人達と関わっているとあたかもそれが世界の当たり前かのように感じてしまうことがあるが、一歩自分の慣れ親しんだゾーンを離れるとそうでないことがすぐに分かる。基準の違いを気づくのにわざわざ海外まで来なくともいいのだが、定期的に自分の凝り固まった基準をほぐすのは大事なことだ。
コンディショニングのセッションでモビリティと呼ばれる関節の可動域を広げることを大事にしている。慣れた動きしかしない、または全く運動をしないことが続くとモビリティの低下を招き、身体の機能を一見関係のないような動作に対しても間接的に脆くしてしまうのだ。
それと同じように考えにもモビリティが存在し、定期的のいろんな考えに触れておかないとすごく乏しい考え方しか持てないようになってしまうのではないだろうか。
普通に考えると家族ぐるみの中で集まる食事中で、ふと私はどんな関係の人間なのか不思議に思えてくる。クーパー家の両親はひとまわり年齢が上で、子供達はひとまわり下だ。友達とは言えない関係だが、ランニングを通して知り合い、このような会食の場にいる。(まして図々しく泊まっている)。私の今までの基準では考えられないことだが、ここの人達からするとなんてことない日常のようだ。
個人の基準もあれば、家族の基準、国の文化の基準など色んな違いが感じられる。
些細なことが色んな気づきを得て、また教訓となる一日だった。

トレイルランニング

朝目が覚めると今日は近所を散歩に出かける。まだホリデー中ということもあり、7時くらいになっても通りは静かだ。
家に戻るとグレッグが起きて、フォームローラーで身体をほぐしている。
「今日も走るのか?」
と聞かれ「うん」と答える。
「You?」
と聞き返すとマンリーダムの周りのブッシュウォークと呼ばれる、いわばトレイルコースみたいなところを走りに行くのだと。
「一緒に行くか?」と聞かれ
「Sure」
と即答する。

ベーグルを食べて早速スタートだ。

家から1kmほど走るとトレイルの入り口に辿り着く。マウンテンバイクや歩行者もいるから気をつけるように指示を受けてコースに入り込む。
少しゴツゴツした石が転がり、足元はやや不安定の中、まずは下り坂基調で進んでいく。
時折、急な岩山の下り坂が現れ慣れない私はややおぼつかない。体力的には私が上だが地の利とでもいうか、慣れとは強い武器でグレッグにどんどん引き離されいく。
平坦な部分がくるとペースを上げて追いつくの繰り返しだ。



ダムまで降るとしばらくは平坦が続く。ボートを漕ぐ人もいて静かでいい所だ。
先日に雨が続いたらしく所々にぬかるみがあり、気を張り続ける必要がある。
当然下り基調でここまできたため、帰りは上り坂が待ち受ける。
「My least favorite part」
そうグレッグが語りかけてきた視線の先には大きな石や岩が転がる急な斜面。
横に飛んだりしながら走り進めなければならず、普段のランニングではない動作が必要になってくる。幸いにもコンディショニングのセッションで3面方向への動きは鍛えておいたことで、グレッグが言うほどの苦は感じなかったが、自分の身体に意識を向ける上ではいい経験になった。

約10kmのランニングを1時間ほどで終えて帰宅。
軽いランチを済ませてグレッグが経営する「The Athlete’s Foot」のボンダイジャンクション店まで一緒に行き見学させてもらうことに。
フランチャイズの店でボンダイジャンクションにある。
「東京でのアンバサダー活動用に」とグレッグからお店のTシャツを頂いた。

車で店に向かう途中にフラーがランニングを始めたきっかけ、オーストラリアのクロスカントリー大会、クラブのことなどの話を聞かせてもらった。

自由でのびのびとスポーツを行うオーストラリア人のイメージを抱いてしまいやすいが(もちろんそのような人は大勢いるだろう)が、その裏でオーストラリア、ニュージーランドを含めスポーツへの参入率は低下傾向にあるという。
プレッシャーから精神的に問題を起こす生徒も少なくはない。日本ではモンスターペアレンツと呼ばれるのだろうが、英語圏ではヘリコプターペアレンツ(子供の周りを徘徊するという意味)と呼ばれる親の行き過ぎた介入もなきにしもあらずと聞く。
1人の親の極端な介入の影響はクラブに所属する他の子供達に影響が出たり、コーチと選手、保護者とのトラブルにも繋がりかねないようだ。親同士がライバルになるケースもあり、子供がスポーツに対し目標を抱くのは大切な一方、結果への極端な執着は心身への健康の害となりえる。

日本の部活制度と違い、一般のクラブへ所属するのがオーストラリアの文化だ。自由にコーチ、チームを選択できるメリットの反面、両親の協力がなければ足を運ぶのが難しく物理的にクラブへの参入が難しい子もいると聞く。
その点日本の部活動は学校が運営してくれるため何かに打ち込む上では始めやすいと思う。ただ部の雰囲気に合わなかったりすれば、辞めるか我慢して続けるかの極端な選択肢に至ってしまいやすのかもしれない。

現在はオーストラリアでも「On」の人気が上昇してきているという。先日までグレッグはスイスの本社に招かれて製品のことなど説明を受けてきたのだという。
意外にもナイキ、アディダスの製品はなく、ブルックスやアシックスが人気なのだとか。

店に着くと忙しそうでグレッグもすぐに仕事モードに入るため、遠くから様子を眺め店を後にする。人が通常のモードから仕事モードに切り替わるこの瞬間を見るとなんだか不思議な気分でもあり、おそらく誰もがこのように色んな側面を持っているのだと思う。

世界的にも有名なボンダイビーチへ足を運び、この日はまったりとした一日を過ごした。
夕食はデザートを作ってくれるようなので、フラーもそのお手伝いに。お母さんの指示に従って材料を加えていく。
夕食の時間になりみんながテーブルに集まり出す。完成したであろうアップルパイが取り出されると
「おやっ」
外はしっかり焼けているが中がドロドロのままだ。何かレシピの量を間違ったのかもしれない。
そのことをフラーに伝えると「Ok」の一言。
「いつもこんな感じであっけらかんとしてるんです」とお母さん。
もう少し焼いてみてどうか試してみるも、うまく固まりきれない。
うーん。仕方ないので表面の焼けた部位とりんごの部分だけ食べることに。みんなの反応はなんとも言えず。
また一つフラーの何気ない、ちょっと呑気な側面の一部が見られ、なんだかんだほっこりした。
クーパー家の子供達はトランプが好きなようで兄妹4人、ババ抜きで盛り上がる。
フラーの口から「ババ抜き」という言葉がでて、「あれっ、ババ抜きは英語でもババ抜きというのか」今まで調べたこともなかったので気になって聞いてしまった。
少し日本語の分かる次女のルービィが「No, it’s Old Maid」
と答えてくれた。
ハワイで過ごした時も醤油のことをみんな「Syoyu」と呼ぶので醤油は英語でも醤油なんだなとしばらく勘違いしていた日々を思い出す。

さて明日からは本格的な練習の見学に行けるので少しワクワクしてきた。


日常からの学び、ランニング情報を伝えていきたいと思います。次の活動を広げるためにいいなと思った方サポートいただけるとありがたいです。。