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現代の古典『昨日までの世界』ジャレド・ダイアモンド著


<概要>

ニューギニア、アマゾン、イヌイット、アフリカのハザ、北アメリカインディアン等の「昨日までの世界」と現代社会を比較しながら、人間社会の事象の本質を明確にしていく現代の古典ともいうべき名著。

<コメント>

個人的には10年前に読み終わってからこの間、ずっと私自身のメートル原器の一つともなっていた著。

25年前に著者ジャレド・アイアモンドの『銃・病原菌・社会(1997年)』で感銘を受けた私は、19年前に次著『文明崩壊(2004年)』で若干の失望を感じ、更に『昨日までの世界(2013年)』でまた大いに感動したのです。

今回なぜ取り上げたかというと、日経ビジネス今週号で進化人類学者、長谷川真理子が「賢人の警鐘」を読んで。

人類の体と脳は20万年前のまま。急速な進歩に耐えきれていない。

日経ビジネス2206号118頁

20万年前に誕生した原始狩猟社会の人類と、今に生きる私たちの遺伝子とは、ほとんど変らない。一方で現代生活は原始狩猟生活と大いに異なるので、そのギャップが今の精神疾患生活習慣病などの歪みを生んでいる、と紹介していたから。

本記事を読んで大いに納得する一方、「ちょっと違うんじゃないの」という違和感もあって、改めて『昨日までの世界』を手に取ってみたのです。

⒈ 人類とホモ・サピエンスの違い

ダイアモンドのいう『昨日までの世界』は、600万年前(700万年前という説もある)に人類の祖先とチンパンジーの祖先が袂をわかってから1万年前までの原始世界を指しています。

一方で、ダイアモンドのいう金属・文字・機械・飛行機・警察や政府、太りすぎた人の存在、そして見知らぬ他人に出会っても恐怖を感じないなどの現代社会は、 1万年前の一部の地域でようやく現れ始めた社会(=文明社会)。

つまり、私たちの社会は、人類がチンパンジーと別れて以降、600万年の歴史のなかの最後の最後の1万年だけの社会なのです。

ただ長谷川の場合は人類(600万年前)から遡るのではなく、現生人類(ホモ・サピエンス=人間)が誕生したといわれる20万年前(30万年前という説もある)から遡って現代人と比較しています。

生物種としての私たち人間は、ネアンデルタール人など、数ある人類(ヒト属)の種の中で最後に生き残った唯一の人類で、むしろ人間が誕生した20万年前から19万年前の世界を「昨日までの世界」とした方が、より説得的である、と長谷川は考えたのでしょう。

⒉なぜ「昨日までの世界」がメートル原器なのか?

ダイアモンドは、ニューギニアを長年フィールドワークしてきた中、ニューギニア人とその原始狩猟社会こそが、600万年に及ぶ人類がこれまで生活していた世界=昨日までの世界に近いのではないか、と想定。

他の原始狩猟生活を営む世界中の原始狩猟社会(イヌイット、ピダハン、ヤノマミ、ハザ、アチェ、ヌエルなど多数)の調査研究成果に関する論文等も収集。

そして、彼ら彼女らに共通する社会・文化・慣習の特徴を整理し、その世界を「昨日までの世界」として、紹介したのが本書なのです。

つまり20万年前までの世界に近い現代に生きる原始狩猟社会は、きっと私たち人間が19万年以上経験してきた社会に近い社会と思われ、私たちの遺伝子も、19万年の世界(昨日までの世界)に適応しているはず、と考えたのです。

したがって「昨日までの世界=人間のデフォルト」こそが、私たちのメートル原器なのです。

⒊文明社会以降、私たちの遺伝子はどれだけ変化したのか

ところが、最近ではこの1万年間、ほとんど私たちの遺伝子は変わっていない、という説に関して、「そうでもないよ」という説もたくさん出てきています。

*昨日までの世界では、人間の大人は乳が飲めなかった

人間の赤ん坊は、ラクターゼという酵素を使って母乳に含まれるラクトースを分解し栄養摂取。ところが人間は成長するにつれ、この能力を失ってしまうのです。なぜなら乳離れすると、この能力は不要になってしまうから。

現代人は今でも全体の65%ほどは、成人するころにはラクターゼ酵素を失っているといいます(以下参照)。

ところが文明社会誕生以降、9000年前〜3000年前にかけて、アフリカ・ヨーロッパ・中央アジアの一部で個別にLCT遺伝子(ラクターゼをコードする遺伝子)が突然変異によって大人になってもラクターゼ酵素を失わない人々が数多く誕生。

これは主に牧畜民の社会に多く誕生したことから、大人になっても乳が飲める大人が適応的に増大したということ。

*ホモ・サピエンス以降の進化

1万年前ではないですが、ホモ・サピエンスになってからの進化の事例としては、お酒を飲めない人は進化の結果。

実は人類に一番近い種であるチンパンジー・ボノボ、ゴリラはアルコールを摂取できません。なぜならアルコールを分解するために不可欠な酵素を作り出す遺伝子(ALDH2活性型)を持っていないからです。

ところが、当初の人間はこの遺伝子を保有しているため全員、アルコール摂取が可能でした。現代人と違い、お酒を飲めない人間は、いなかったのです。

これはいったい何を意味するかというと、当初の人間は、他の類人猿と違い、食べ物が不足がちな時代に森の地面に落ちて発酵した果実(=アルコール含む)を食べて生き延びてきたからです。

ところが、人間がアフリカから12〜13万年前に世界に拡散するまで、人間は発酵した果実を食べなくてもいい環境に長期間置かれたためか、一部の人は突然変異的に遺伝子が変異し、ALDH2不活性化型、つまりお酒が飲めない(または弱い)体質に。 

ALDH2不活性型の割合
日本人   :44%
中国人   :41%
フィリピン人:13%
タイ人   :10%

国税庁https://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/sake/seminar/h22/221203.htm

上記のように、東アジアから東南アジアにかけてお酒に弱い人が多く、白人・黒人にはお酒を飲めない人はいません。北アメリカインディアンでさえもお酒を飲めない人は0〜4%と極少(以下も参照)。

とはいえ、脳科学者デイヴィッド・J・リンデンによる過食症の仕組みなど、

長谷川の論含め、原始社会のDNAと私たちのDNAは対して変わらない、というのはおおよそその通りと思われ、同じ主張をしている古人類学者ダニエル・リーバーマンの指摘も大変興味深かった。

今後も、この領域についてはしっかり深掘りしたいと思います。




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